後悔と抱擁
「……ここまで来れば、あの魔力嵐の影響も受けなくて済むみたいね」
石製の階段を駆け下り、鉄製の渡り廊下に出たあたりで一息つく。
周囲を見渡してみれば、渡り廊下──というか橋──以外に、鉄製の支柱やら蒸気機関の機械の一部、などが、広い空間の中に縦横無尽と広がっていて、アリアの耳にはごうごうとファンの回転する音や、水の流れる音が届いていた。
おそらく、ここはグランドストーン駅の動力部分の管理施設へ続く場所なのだろう。
街の地下に広がるスルト地下大水道に直結して、その水を使って発電しているのだ。
アリアはフラッペンの体を抱えていた。
まだ茫然自失としているのか、身体強化の魔法抜きではとても抱えていられないくらいに重い。
場合が場合でなければ、その肩にのしかかる様に触れるその巨乳について眉を顰めて二言三言なり文句を言っていたに違いない。
そんな彼女の脇から奥に繋がる吊り橋の方へと視線を移せば、少し離れたところに例のロリ巨乳の姿も見えた。
「さて、話してもらおうかしら」
徐にLAG-91の銃口を少女に向けながら、口を開いた。
「貴女、いったい何者なのかしら?
目的は?何のためにこんな事をしたのかしら?」
アリアの質問に、首を傾げる。
「なんでって、言う必要あるのか?
お前、ブガイシャだろ?」
「そう、飽くまで黙秘するつもりなのね」
軽くため息をついて、LAG-91のレコードを天井に向ける。
「どうした、撃たないのか?」
対して、一瞬驚いた様な顔を見せつつも、しかし煽る様に返す。
「えぇ、場所が場所だし、何より──彼女を抱えながらじゃ、何もない貴女を拘束するなんて無理よ」
そもそも、素直に答えてくれるとは、アリア自身も思っていなかった。
それに、この事についてはいずれ騎士団の方に報告が行くだろう。
彼女たちが捕まるのは時間の問題で、今ここで意識を失っているフラッペンを巻き込むのは躊躇われた。
「そっかそっかー、なるほどなー。
んじゃ、お言葉に甘えまして」
そんなアリアの考えが分かったのかどうなのか。
ロリ巨乳の少女はしたり顔でうなづくと、足元から太いタコの触手を召喚して自分の体を持ち上げながら、吊り橋の欄干に濃い茶褐色のロリィタパンプスを乗せて、ニヒルな笑みを浮かべた。
「まぁ、最後になったけどポリシーだから一応名乗っとくぜ。
…… ワタシの名前はツェペシ!
魔王軍幹部にして第三師団団長とはワタシのことさ!
以後、お見知り置きをー〜ッ」
そんな風に名乗りを上げると、欄干の下の方へとドップラーしながら消え去っていった。
「……」
この時、アリアは目を見開きながら驚いた様相でフリーズしていた。
彼女の正体が、何故か魔王軍の幹部だったからではない。
別に名乗る必要性も、いや、名乗ったところで損益しかない筈なのに、わざわざこうして名乗ってからこの場を後にして消え去っていった事が、彼女にとって一番の驚き、そして呆れを覚えさせたのだ。
「……アホの子、というのかしらね……」
額に手を当てながら、どっと押し寄せてくる疲れに耐える。
ここで倒れてしまえば、大事に抱えている大切な友人が入らない怪我をしてしまいかねなかったから。
「……上の魔力嵐が収まるまで暫くかかりそうだし」
でもずっとこの様にして彼女を抱えたままというのも難しい。
そう判断した彼女は、また別の呆れにため息をついて階段の上に腰を下ろし、自分の膝の上に彼女の頭を乗せた。
さらに、お尻が汚れない様にと取り出したハンカチを下に敷いてあげたりもして。
「まったく、エレガントじゃないわね」
誰に聞かれるともなく、彼女のぼやきは架空の騒音に掻き消えるのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
あれから俺は、3日ほど昏睡状態に陥っていたらしかった。
おかげでかなり騒がれたらしく、フルベルトの心霊科病院に搬送された時には、あの時俺を担当してくれた白髪オールバックのメガネの医師は『封印を緩めに施術した事は大きな間違いだった』と相当病んだらしい。
同病院のベッドで目が覚めた時、まっすぐこちらに向かって謝罪された。
……この時初めて知ったのだが、この国における土下座は、両膝を床について両手の指を胸の間で組んで頭を下げる形になるらしい。
ちょっとしたカルチャーショックだった。
カニスはといえば、俺が起きた時はベッドの隣で眠っていたが、目が覚めるなり泣きながら顔中をベロベロ舐め回──そうとしたところで思いとどまって、不自然にハグをされた。
犬らしくない仕草だと思ったが、なまじ人の言葉で対話していたので、まだこちらの方が気持ち悪く思えずに済んだ。
「そうだ、ウィニスさんたちは──」
見舞いに来てくれた母マリアに尋ねた。
「それなら、もう退院したわ。
明日見舞いに来るそうだけれど」
ドクターの話によれば、俺は現在、イメージを魔力に投射する演算回路に大きなダメージが残っているらしく、それが回復するまでは、体を無意識に守っている魔力の膜の様なもの(エナというらしい)が回復せず、身体能力にも僅かながら制限が出てしまうらしい。
具体的にどんなといえば、筋力の低下や平衡感覚の低下、つまづきやすくなったり、病気にかかりやすくなったりするらしい。
冒険者は、魔物などを倒すことでこのエナの能力を底上げできるので、ちょっとやそっと傷ついた程度ではなんともないらしいのだが、俺の場合はレベルなんて0に等しいため、少し時間がかかるようだ。
……ていうか、この世界にレベルなんて概念あったんだな……。
いや、現地の言葉を俺がわかりやすくそう翻訳してるだけで、実際には水準って意味の言葉を使ってるんだけど。
レベルも日本語に直せば水準になるし、間違っちゃいないよな?
「……ねぇ、私の可愛い子」
不意に、改まった様子でマリアが話しかけた。
自分のことで手一杯で、これからどうするかとかを考え始めていた俺には、彼女のその、どこか我慢した様な、くしゃりと歪んだ表情に、その時初めて気がついた。
蒼穹の様な瞳が、僅かに涙で潤んでいるのがわかった。
「お願いだから、もう二度と危険なことはしないで頂戴」
それまで気丈に振る舞っていたのが耐えられなくなったのか、震える声に、俺はハッと目を見開いた。
──俺は、この体に転生したとき、一つ信条のようなものを決めていた。
親のスネをかじって独立しないような、そんな親不孝には絶対にならないという、自分に課した戒律だ。
しかし今思えば、この素晴らしい両親よりも先に死んでしまうことも、何よりの親不孝と呼べるのではないか。
あのとき、目が覚めたときドクターは土下座をしていた。
俺はそれに対して軽いカルチャーショックを受けただけにとどまったわけだが、もし俺があのDI魔法を再施術していなければ死んでいたかもしれなかったのだ。
そして死んで、もし生き返れなければ──。
その先を想像して、俺のこの行動が、どれほど軽率なものだったのかを思い知った。
半ば不可抗力な点があったとはいえ、もっと別の、安全な策があったのではないかと今になって考えるのだ。
そう思うと、涙腺が緩んで、俺の顔までくしゃりと歪んでしまった。
「……ごめん、なさい……ッ」
自分のこの軽率な点は、もう少し自重しなければならないな。
そんなことを思いながら、俺はマリアを抱きしめた。
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