思いと想い・分かれ道
翌日、エリスとトゼルは一足先に出発する事となった。目的地は鋼魔領、獣魔領へ向かうヌエとは真反対の方向になる。
「姉者、やはり拙者も御一緒した方が・・・」
「それは昨日言ったじゃないですか」
未だに後ろ髪を引かれる思いのヌエがか細い声で言うが、エリスは「しょうがないですね」といいたげな溜息でその言葉を流した。
「お姉様の事は私に任せておいて」
自信満々に自分の胸を叩きウインクをするトゼル。
「・・・それが一番心配なのだが」
「な、なによ、もぅ」
今度はヌエが溜息をつき、トゼルが落胆したように少しだけ肩を落とした。
そんな締まらない別れにエリスはクスクスと笑い、それを見た二人もつられて小さく笑い出す。
「これで最後のお別れって訳じゃないんですから、・・・そうですね」
エリスは少し悩んだ後、肩に乗るキュウをゆっくりと掴み、ヌエの肩に移す。
その間、キュウは驚き半分、関心半分という雰囲気で一言だけ、
「・・・ほぅ」
と漏らした。
「姉者?何を・・・?」
「私もヌエが心配なので、キュウさんにヌエの事を任せます」
「し、しかし・・・!?」
驚いたヌエは、慌ててキュウを戻そうとするが、その手をキュウが押しとめる。
言葉が伝わらずとも、その行動の意味はヌエにも理解できた。父であるヤトオウドとの修行で幾度となく経験した雰囲気に似た師弟の絆の様なものを感じたのだ。
「キュウさん、ヌエの事。よろしくお願いします」
「いいだろう、これがお前の選んだ事ならば、俺は何も言わない」
いつもは顔を見ずに話しているからか、ヌエの肩に乗りキュウの顔を見上げながら話すその行為に、少しだけ違和感を感じる。
「経験を積んだ今のお前なら、大丈夫だろう。気負わずしかし慎重に、やってこい」
キュウによる手放しの激昂。その言葉を聞いたエリスの心は宙に浮いてしまうのではないかというほど軽く、喜びにあふれていた。
大丈夫と言う名の太鼓判を押され、なによりもキュウの信頼が嬉しかった。
だからエリスは、元気よく、
「はい、行ってきます!」
そう言って、トゼルと共に歩きだして行った。
その後ろ姿を見送ったヌエは、どことなく寂しい雰囲気を醸し出しながら、会話のできないキュウに独り言のように語りかける。
「姉者、行ってしまわれましたな」
キュウは何も言わず、ヌエの肩に鎮座するのみ。その気になれば話もできるが、滅多な事が無い限りは在り得ない事だろう。
ヌエもそれを理解しているのか、返事が無い事を当然のように受け止めた。そして自らもまた、進むべき道へ歩き出す。
「お姉様、嬉しそうね」
トゼルがエリスの顔を覗き込みながらニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。
言われて自分の顔を手で押さえると、口角がつりあがっている自分の顔が恥ずかしかったのか、少し赤くなって俯いてしまう。
「キュウさんに何か言われたの?」
キュウとエリスの関係を知っているトゼルは、エリスの反応を楽しみながらも、ちゃんと二人を理解している。
「はい、お前なら大丈夫だろう。って、それで、うれしくて」
頬を手で押さえながら微笑むエリスの顔は、まるで恋に恋する乙女のようだった。そんなエリスを見ながら、トゼルは少し考える。
「いつも肩に乗ってるから過保護なのかと思ったけど、いい師匠じゃない」
キュウという存在は、ちょっと考えた位では計り知れない存在である。人魔よりも魔法に精通し、エリスに戦術という力を与えた小さな魔物。
「キュウさんは、凄い方なんです」
「ホントにね、神様だって言われてもアタシは信じるわね」
「あはは、それは言い過ぎな気もしますけど」
自分で言った言葉に自分で感心しながらウンウンと首を縦に振るトゼル。そんな彼女の言動を、エリスは冗談としか受け取っていない。
野営地から少し離れた場所に、テレア達の一団が待っていた。エリスとトゼルの二人を逸早く見つけたのはエクスデト。
「ようやく来たようだな、・・・出発するぞ」
短くそれだけを言うと、先頭に向かって歩き出して行った。
「なによアイツ、気に入らないわね」
そんなぶっきら棒な態度を見ながら、トゼルが腕を組んで苛立ちを見せた。それではなくとも、前日のヴァイス発言でトゼルとヌエからは相当嫌われているのだ。
「まぁまぁ、エク兄はあれでも反省してるんだ、許してやってくれよ」
「えっと、ダブ・・・」
そう言って馬車の陰から現れたのは、エクスデトの弟であるダブルブ。彼の顔が若干赤く染まっているのは、手に持った壺が原因だろう。
「ダブルブだ、俺の事は気軽にダブって呼んでくれてかまわないんよ」
「あ、はい、ダブさん。エリスです、少しの間よろしくお願いします」
「トゼルプリト、私もトゼルでいいわよ・・・と。それよりも」
彼の持っている物に逸早く気付いたトゼルの瞳が怪しく光る。
「あなたの兄の事、許してあげてもいいのだけれど・・・。誠意って必要じゃない?」
「おっと、こりゃまいったね。どうすればいいんだろうか」
「そうねぇ、たとえばその手に持っている物をくれるとか」
会話をしていても壺から一切目を放さないトゼル。舌なめずりをして今にも涎が零れそうな勢いだ。
「ん?どぶろくの事かな?まぁ、一つくらいなら・・・」
「背に腹は代えられないわね・・・、今回は一つで我慢してあげるわ」
そう言いながらどぶろくを受け取ったトゼルは蓋を開け、臭いをかいで幸せそうな顔をする。もちろん、中に入っているのはお酒だ。
エリスもなんとなくの察しは付けていたが、事お酒に関しての洞察力だけは勝てる気がしなかった。
「トゼル・・・、ほどほどにね」
「はぁい、お姉様」
軽口で返事をしつつ豪快に酒を煽るトゼルの姿がそこにはあった。エリスは溜息を吐きつつ、暫くは安全な旅が続くから大丈夫だろうと自分に言い聞かせるのだった。
「あ!エリスちゃん!待ってたよ」
「こんにちは」
馬車が進み始めると、エリス達を見つけたテェレアが駆け寄って来た。その顔はいつも通り、さわやかな青年の顔だ。
「エリスちゃんと旅が出来るなんて嬉しいな、色々話したい事もあるし。あっと、その前に馬車に案内するね」
まくしたてるように話しかけてくるテェレアにたじろぎながら、案内されるままにその背中についていく。無意識のうちにいつもキュウの乗っている肩を撫でて落ち着きを取り戻すエリス。
重みの無い肩に少し物悲しさを覚えつつ、彼のペースに乗せられないように思考を巡らせる。
「ちょっと狭いけど、ここが二人の馬車だよ。因みに僕は二つ前の馬車、それで話なんだけど・・・」
立て続けに話そうとするテェレアを無視してエリスは口を挟んだ。
「話しの前に、今回の戦いの戦略を考えたいので情報を貰えますか?」
「あーうん。そうだね、まずはそっちが大切だもんね」
見るからに残念そうなテェレアだったが、自分の目的を無視する訳にもいかず、エリスの言う事にただ頷くのだった。
少なからずキュウの感情に引っ張られているエリスは、彼と一定の距離を保ちつつ、今回の戦いに備える為の準備を始めるのだった。
「ではお前達、馬車を頼んだぞ」
「了解です、ヌエイラト様もお気をつけて」
ヌエは自分達の馬車を八叉道場の者に任せ、獣魔領への行軍に混ざる事となっていた。
因みに、八叉道場の者達は魔術を使えず、同じ理由で馬車を使う事ができない。力だけで引いて帰れる事になるが、良い特訓になると引きうけてくれたのだった。
ヌエはキュウを肩に乗せ、ファラの元へと向かう。
「ファラ殿はいらっしゃるか?」
「俺はここだ、・・・お前は確か」
行軍の始まっていた獣魔領の一団の中に、ファラは混ざっていた。ヌエの呼びかけに反応し、彼の方から近づいてきてくれる。
「ヌエイラトと申します。実は、急遽姉者達と別行動になってしまいまして」
「そうか、それで。ヌエイラトはどうするつもりだ?」
「拙者だけはこのまま同行させて頂きたいと思うのですが」
「わかった。徒歩での行軍になるが、我慢してくれ」
人数の多い獣魔は全員が馬車移動できる筈もなく、物資以外はほぼ全員が徒歩での移動となる。唯一の例外は魔物が出た時に対処する者達だけだ。
「分かり申した。好きに付いて行かせてもらいます」
だが、これはヌエにとっては好都合だった。
全員が徒歩と言う事は、捕えられたカガシジも同じく徒歩と言う事になる。自分が彼をどうしたいのか、それを見つけるには十分な環境と時間があるのだ。
早速目的を果たすべく、ヌエはカガシジが歩く列へと加わった。
カガシジもヌエの存在に気付いたようだったが、一度目を合わせただけで、それ以上は何もなく、ただ静かに歩くだけ。ヌエも同じく、彼に対してなんと話しかけて良いか分からず、暫くはただ近くで歩くだけ。
そんな何もない時間だけが流れていたが、ヌエがふと脇道にそれ、花を摘んできた。
桃色の円錐型で、指先ほどの小ぶりな花。その花を見ながら、ヌエの顔が綻んでいた。
「奴の子でも、やはり娘なのだな」
カガシジの知るヤトオウドは花など見向きもせず、ただ強さだけを求めていた。けれど、その娘であるヌエは少し違うのだと感じていた。
「どういう意味ですかな?」
その言葉を不思議に思ったヌエがカガシジの方を見ると、彼は自分の口を抑えて少しむっとした表情になった。
どうやら、彼は思った事がそのまま口に出てしまうタイプのようだ。日頃は気を付けているが、ふとした拍子に癖が出てしまう。
「いや、お前が花を持っていたから」
つい喋ってしまった事を後悔しつつ、言い訳のように繋げた言葉だったが、ヌエの答えはカガシジの思いとは全く違っていた。
「これですかな?花は良く分かりませんが、こいつは噛むと甘い蜜の味がするのですよ」
そう言いながら、ヌエは花の一つを口に入る。これにはカガシジだけでなく、近くに居た獣魔でさえ驚いた顔をしていた。
そんなヌエの姿と、過去の思い出が重なったのか、カガシジは声を殺しながら笑い始める。彼が笑った事に驚きながら、なぜ笑ったのか理解できないヌエは愚直に質問をした。
「何か可笑しかったですかな?」
「フッ、そこに気付かないとは、やはりあの男の娘か。しかし、花を食うとは、フフッ、あの人にもよく似ている」
「あの人・・・?」
それからカガシジが語り出したのは、忘れられなかった思い出。宿敵とも言うべき男と、恋をしてしまった女性の話。
宿敵は武道の名門の跡継ぎ、誰もが認める男だった。
対して女性は道場の手伝いをしていた村娘、優しく芯の強い、すこし抜けた女性だった。
宿敵を打倒したならば、例えヴァイスと笑われようと、女性を守るだけの力を手にできる。その時こそ・・・。そう思い、果たせなかった夢の話。
「まさか、その女性とは・・・」
「間違いないな、目元が良く似ている。何年経とうが忘れるものか」
そう言ったカガシジの目がヌエの目を見返す。初めて目と目を合わせて話しをしたが、白王などと呼ばれていた男の怒気は無く、ただ温かい眼差しだけがそこにあった。
まるで、本で読んだ恋愛物語の悲劇の結末のようなお話。父と母とカガシジの物語。
そこにヌエの存在は無い。今を生きる彼女に、過去をどうする事も出来ない。
「拙者にも、どうしても守りたい御方がいます」
けれど、ヌエはそんな彼の思いと、自分が大切に想う存在が重なって見えた。
「その方を守るためには、力が必要なのです。今の拙者では、足手纏いでしかない」
今回の戦いでも、今までの旅の中でも、助けられる事の方が多かったヌエは、言いだせない罪悪感が溜まっていた。
「拙者も、何者に笑われようと守り通す力が欲しいのです」
恩人であり、認めた強者であり、家族である。自らが慕う姉の存在。エリスを想うヌエの気持ちが、今を動かす全てだった。
「・・・俺では力になれんぞ」
カガシジはヤトオウドよりも弱い、それは間違えようのない事実。
「いえ、父上は言いました。終ぞ奴の技には敵わなかった、と」
「・・・奴が?」
その言葉に驚いたのか、寂しいような、嬉しいような、そんな複雑な面持ちでヌエの言葉を聞いていた。
「拙者の持つ力と、カガシジ殿の技、二つがあれば、拙者は父上を倒す事が出来る」
「そう、かもしれんが。お前は奴を倒してどうすると言うのだ?」
エリスを守る事と、ヤトオウドを倒す事、その二つ重なる事の無い手段と目的だ。
「今はまだ、拙者の頭では姉者のように先まで見る事はできません」
自虐的に、自分の頭を押さえる。けれどこの考えは、丸一日以上必死に考えて出したヌエなりの答えだ。
「しかし、父上の持つ最強の名。それがあれば、きっと姉者に見合うだけの力を手にできる。そう考えております」
「・・・ふむ」
ヌエの強い想いを受けてカガシジは考える。宿敵の子が己の技で親を討つ。なんとも皮肉な話だが、こんなに面白い話は無い。なにより、もっとも勝率が高い。
今更、己の夢を果たそうなどとは考えていなかったが、爬魔最強と言われるまでになった男が、過去の宿敵の技で娘に倒される所を、死後の川から眺めるのも悪くない。
「いいだろう、俺が死ぬまでにお前に全ての技を教える」
「恩に、・・・いえ、ありがとうございます」
こうしてヌエは、爬魔領でカガシジが処刑されるまでの間、彼から技を学ぶ事となった。
感想、お待ちしております。




