間章~永遠の誓い~
エリスの夢から始まりキュウが叶えた旅は、二人の家族を増やし、とても賑やかなものとなっていた。
森で魔物に襲われた時、山道で山賊に出くわした時、壊れた橋を直す手伝いをした時。
三人は力を合わせ、時に励まし合い、時に助け合いながら、暫くの旅を楽しんでいた。
魚人族の村を出てから一週間、爬魔領に入り更に一週間が経った昼の事。
一行は見晴らしの良い場所に躍り出た。
「綺麗な場所ですね、ヌエここは?」
桜色の木々がすり鉢状の盆地に向かって傾き生えている不思議な光景。
派手な色合いではない木々は、静かにその場に佇んでいるようだ。
「永遠の盆地ですな。これはザクラの木、皆は千年桜と呼んでいます」
「いいわねぇ、こういう所でお酒を飲みたいわぁ」
賑やかな三人を横目に、キュウは神妙な顔付きで黙り込んでいた。
この地は遥か昔、キュウの生み出した最強の魔物によって破壊された土地であり、自身の傲慢さを律する為に、あえて元に戻さなかった場所だ。
自然魔力の枯渇が原因で死んだ土地となるはずだったが、魔力の循環を良くする為に生み出した桜によく似た木を生みだし、この土地に植える事で魔力の消失を食い止めた。
盆地を中心に植えられた円形の桜並木は、一年を通して花を咲かせ、散り続ける。
エリスの肩から飛び降りると、盆地の中心に向かって歩き出した。
「あっ、ちょっと!キュウさん?」
「姉者、キュウ殿はどうなされたのですかな?」
「分かんないですけど、あんな顔は初めて見ました。とても真直ぐで、とても悲しそうな顔」
「とりあえず追いましょうよ、この先に何かあるかもしれないし」
「この先には石碑があるだけですな」
黒猫の後を追う三人、盆地の中心には粗削りの石が一つ佇んでいるだけ。
その石碑には、「永遠に想え」と書かれていた。
これは石碑なんて大層な物ではない、ただの墓石だ。
元々この辺り一帯は様々な草木が生い茂る草原だった。
アルファを連れだした時、この辺りに住む魔物が怯え暴れ出し、魔物の恐怖が感染した彼女がクレーターを生みだした。その時失われた魔物の数は十や二十ではない。
全ての魔物の頂点に君臨する彼女に対して魔物がどのような行動を起こすのか、理解はしていた。
けれど、自分が生み出した物ならば止める事ができると慢心していたその時の彼は、またも過ちを犯してしまった。
人間とは不思議な物で、無理だと分かっていてもミスを犯す。間違っていると知っていて平気で間違い続ける。
彼が望む人の姿であり、彼の知る人間という生き物。
そして彼もまた、ただの人でしかない。
反省はしても後悔はしない。そう決めたはずなのに、ふと思い出したあの時の惨状に後悔の念を抱いてしまった。
「何百年、何千年と生きたとしても。俺の本質は変わってくれないな」
石碑の文字をを指でなぞりながら、エリスはその言葉の意味を考えた。
これは誰に向けた言葉なのだろう、何の為の言葉なのだろうか。
「この石碑の文字こそが、この盆地に付けられた名前の元ですな」
「永遠の盆地ねぇ、永遠なんて存在しないのに、不思議な由来よねぇ」
「存在しない物を想い続ける為の場所。ですか」
トゼルは感がいい、なんとなく言った言葉は確かに的を得ていた。
目に見えない物を想い続ける事は難しい。さらに言えば、永遠なんて物は在り得ないのだから、そんな物を想うと言うのは不可能に近い。
「トゼルにしてはいい事を言ったな」
「ちょっと、アタシにしてはってどういう意味よ」
「これは爬魔の武門に伝わる話なのですが」
「お姉、無視は無いでしょ!」
ヌエはその叫びを無視して話を進める。出会った時から変わっていないように見えるが、二人は互いの力を認め合い信頼し合っている。
少し分かりづらいが、ヌエの冗談のようなものだ。
「有体に言えば、己にとっての一番を大切に。という意味らしいですな」
爬魔の武門は魔国でも随一と呼ばれる。自らを律する強い精神、極限まで精練された武術、鍛錬を積んだ肉体。心技体を極める事は武門の最終目標とも言える。
しかし、武を極める事は手段であり、目的足り得ない。
「だからこそ拙者のような爬魔の者は、「永遠に想う」べき目標を探すのですな。その目標の先にこそ、極めるべき武が存在するのですから」
その言葉をエリスは深く考えていた。
自分にとっての手段は旅であり、目標はまだない。
永遠に想うべき目標、それはキュウが以前言っていた旅の先にある物なのではないか。
この旅に出てから、短い間にいろんな事があった。
ヌエに出会い、人の命を奪い。トゼルに出会い、魔物と戦い。そしてまた旅を続けて。
「今こそ、立ち止まる時なのかもしれないな」
そう言って石碑の上に飛び上るキュウは、空を仰ぎ、流れる雲を見ていた。
三人も同じように考えたのか、顔を見合わせた。
「少し、一人になって考えてみたくなりましたね」
「拙者も同じですな」
「アタシは決まってるんだけどね、邪魔はしないわよ」
桜の花弁の舞う盆地の中心から、三者三様の想いを抱き、その場に背を向けて歩き出した。
自分にとっての永遠を考えながら、南の方へ歩いて来たエリス。
「そういえば、一人になるのって本当に久々かも」
ここ数年はいつも側にキュウが居た、白と黒、二人で一緒に居る事でヴァイスという嫌悪の目と、黒の魔物を信仰する目の二つが合わさって、以前ほど周りの目が気にならなくなった。
視線を集めてしまうのは仕方ない事だが、キュウという存在のおかげで、無意味な悪意に晒される事は無くなった。
だからと言ってエリスに対する悪意が無くなった訳ではない。
いつの間にかキュウは、エリスの身体の一部ともいえる存在になっていた。
重みの無い左肩を擦りながら、一本のザクラの木を見上げる。
薄いピンク色の花は、魔力光を薄く反射させながら舞い落ち、地面に触れると同時に自然魔力となって大地へと消えて行く。
因みに、千年桜の花弁は不安定な固有魔力で形成されており、他の固有魔力と接触する事で簡単に消えてしまう。
周囲に霧散した魔力は千年桜へと吸収され、花弁となって具現される。
永遠と繰り返される吸収と放出の魔力流。
「花言葉は人の夢。永遠の想い。だったかな」
「っ!?誰ですか」
曲刀を縛るショルダーベルトのロックに手をかけながら振り返る。
花弁の舞い散る木々の間から現れたのは、光に輝く黒金のような髪の色の男、歳はエリスと大差ないように思える。
整った顔立ちは幼さと勇ましさを備えた青年。黒く深い瞳に映るのは優しげな色。
「ごめん、驚かせたかな?」
青年は両手を上げて敵意が無い事を示した。
警戒はしたまま彼の様子を窺う。現在の距離ならば逃げる事も可能だ。
「何か御用ですか?」
「特に用は無いんだけど、綺麗な後ろ姿だったから」
「・・・えっ?」
唐突な褒め言葉に呆気にとられるエリス。今まで直接的に褒められる事など無かったせいで慌ててしまう。
「顔を見てて確信したよ、君ほど綺麗な女性は初めて見たよ」
「なっ、なななにを!」
顔を真っ赤にして尻尾を振るエリス。今まで経験した事は無かったし、知識としても知らない突然の褒め殺しに、呆気なくノックアウトされたのだ。
「名前を教えてもらってもいいかい?」
「え、えっ?」
「僕の方から名乗った方がいいかな?僕はテェレア・ティウ・ブラック、仲の良い仲間からはテレアって呼ばれてるよ」
「いや、そうじゃなくてですね」
「君の名前も教えてほしいな」
「えっ、あうぅ」
戸惑いを隠せないまま慌て続けるエリスは、どうしたらいいのか自分でも分かっていない。
彼は人魔族、黒色信仰が最も普及している領地の筈だ。なのに、彼はヴァイスで在るはずのエリスを綺麗だと言った。
それに、黒い姿とのんびりした態度、人の話を聞かずに一方的に話を進めてくるところは、どことなくキュウに似ている。
「エリス・フェン・ドウジ、です。」
「エリスか、いい名前だね」
歯の浮くようなセリフを次々に出してくる相手に対してどんな反応をしたらいいのか分からず、羞恥を我慢できなくなったエリスは顔を逸らして近くに座りこんだ。
これ以上向かい合っていたらつい氷漬けにしてしまうかもしれない。
そんなエリスの心情を分かっているのかいないのか、テェレアはエリスの近くに来ると、
「隣、いいかな?」
などと言いながら座るのだった。
「良いなんて言ってないですよ」
「残念、もう座っちゃったよ」
曇りの無い笑顔を向けてくる彼の顔は、無邪気な子供の様で、怒りよりも先に呆れが来るのだった。
キュウに似ていると思ったのは初めだけ、髪の色もキュウの黒とはまた違う種類の物で、性格も全然違う。
どうして似ているなんて思ってしまったのだろうか。
「エリスはここで何をしていたんだ?」
唐突に話を振って来るテェレア、ようやく落ち着きを取り戻したエリスは普通に答える事ができた。
「わたし達は旅の途中で、少しここに立ち寄っただけです」
「達?ってことは仲間が居るのかい?」
「どちらかと言えば、家族みたいなものです」
「へぇ!面白そうだね」
その後も次々に質問をされ、答えていく。
その武器は?出身は?歳は?
「好きな男性のタイプは?」
「えっ!?そんな事考えた事も、って。さすがにしつこいですよ」
「この質問で最後だから!ねっ?」
「・・・頭が良くて、なんでも知っていて、どんな時でも助けてくれる。もふもふした・・・人が好きです」
エリスが想い浮かべたのは間違いなく人では無いのだが、そんな事を知る由もないテェレアは思い悩む。
「結構理想が高いんだね・・・。大丈夫かな?」
「だいじょうぶ?」
「いや、なんでもないさ。ハハハ・・・」
誤魔化すように乾いた笑いを浮かべる彼を不審に思いながらも、特に興味の無かったエリスは気にしていなかった。
それよりも、初対面の人と理由もなく話せている自分に驚きつつ。不思議な彼に一つの質問をしてみたくなった。
「永遠に想うって、どういう事だと思いますか?」
「ん、どうしたんだい急に?」
「今まで答えたんですから、わたしからも質問させてください」
「そうだね、分かったよ。永遠に想う・・・か」
わざとらしく顎に手を置いてうんうんと唸る。
暫くは彼の唸り声と、ザクラを散らす風の音だけがその場に響いていた。
「僕にとっては、希望かな」
「希望・・・ですか?」
追う為の希望と叶える為の希望、自分の為の希望と人々の為の希望。
その希望を見つける為に、彼もまた旅をしているらしい。
その言い回しがどことなくキュウを連想させる。
だからだろうか、夢を語るような彼の横顔を見つめていたのは。
「おや、もしかして惚れちゃった?」
「えっ!?ありえないです!タイプじゃないです!」
驚いたエリスは、身体を震わせてそっぽを向き、耳を塞ぐように頭を押さえた。
その姿の可愛さがつぼに入ったのか、彼もまた口元を押さえて目をそらした。
暫くその状態が続いたが、不意に聴こえた人の声にテェレアが反応する。エリスは耳を塞いでいて聞こえていなかったが、肩を叩かれて片耳だけを開いた。
「呼ばれたみたいだから・・・、それじゃ僕はもう行くよ」
「あ、うん。さよならです」
「さよなら、か。また会いそうな気がするから僕は言わないでおくよ」
恥ずかしげもなくそんな事を言う彼の顔は、さわやかな笑顔だったが、耳が赤く染まっていたのをエリスは見逃さなかった。
立ち上がり背を向けて歩き出した彼は、一度だけ振り返ると、
「エリスにとって永遠に想う人は、もう居るんじゃないかな?」
それだけを言い残し、その場から走り去って行った。
「いったい、なんなんですか、あの人は・・・」
空を見上げると、星の位置がかなり動いている事に気付く。
思ったよりも彼と話していた時間は長かったようだ。
急いで石碑の場所に戻ろうと立ち上がり、早足でその場から歩き出した。
「遅いぞエリス、昼寝でもしてたのか?」
「おぉ、姉者!心配しましたぞ」
「待ちくたびれちゃったわよ、お腹もすいたし」
「ごめんなさい、ちょっと・・・色々あって」
その場に待っていた家族の姿を見て、エリスの想いは確信へと変わる。
彼が言っていたからではない。知っていたのに、近すぎて分からなかっただけなのだ。
「答えは見つかったのか?」
キュウの問い掛けに頷くと、全員の顔を見渡し、真剣な顔で微笑む。
「わたしは、わたしの為に、家族を想い続ける。わたしを想ってくれる人の為に、わたしが想う人の為に。永遠に」
それがエリスの出した答え。彼女にとって家族とは、友人であり、仲間であり、大切な人。
「それでこそ姉者ですな。拙者の想いはただ一つ、姉者に付き従い共に生きる事です」
ヌエは心底エリスに惚れ込んでいる。この先もその心が変わる事は無いだろう。
「アタシも一緒よ?こんなに楽しい家族を止められるわけないじゃない」
旅の始まりは成り行きだったかもしれない。一緒に旅をする内に、トゼルにとっても二人と一匹は無くてはならない存在になりつつあった。
「数奇な運命。だが立派な姉妹だ」
キュウはそう言うと、エリスに一つの提案を持ちかける。
この姉妹が家族として永遠に在り続ける為の、誓いの言葉。
キュウから持ちかけられたその案は三姉妹全員に受け入れられた。
ザクラの花弁が舞い散る永遠の盆地の中心で、三人はそれぞれの武器を掲げる。
曲刀が閃き、銀糸の影響を受けた花弁が盆地の中心で舞い踊る。
「わたし達三人は、生まれた日、時は違っても、姉妹の誓いを結んだからには、」
連接棍が突き出され、踊る花弁は天高く舞い上がる。
「共に助け合い、どんな困難をも乗り越えようぞ、」
錨大鎌が瞬き、上がった花弁は空の中で舞い散る。
「できるなら、同じ日、同じ時に、同じ場所で死にたいわね」
三人の笑みが重なり合い、永遠の誓いは果たされた。
黒猫が噛み砕いた魔力の結晶は、石碑を伝い地面へと零れ落ち、誰も知らない名もなき石碑の隣には、新たな命が芽吹いていた。
またも遅れて不甲斐ない!
ここから物語が大きく変わっていくので、後の展開を考えているうちに時間が・・・。(言い訳
三姉妹の誓い、元ネタは有名な三国志の逸話ですね。
成り行きとかはオリジナルですが、誓いの言葉はほぼそのまま引用してます。
「俺のエリスちゃんがナンパ男と良い雰囲気とか許せない」
しかしこの男、一体何者なんだ・・・
感想お待ちしております。




