倒し競え、思わぬ収穫
トゼルの狼狽する姿を見て確信した。この剽軽者に一泡吹かせてやる為にはどうすればよいのか。
「見たところただの武器みたいですが、無一文のトゼルさんから貰えるモノと言ったらこれくらいしかないですし」
「そ、それは。そうだ!まだ少しお酒があるし、そっちを渡すから!」
必死になって武器を守ろうとするトゼル。その姿にエリスは不可解な想いを感じる。
何故こんなにも必死になって守ろうとする物を、借金の形に預けるような事をしたのか。
そこに何らかの意味があるのではないか?
「お酒ですか。・・・すみません、どのくらいの量があるんです?」
強面のおじいさんに投げかけた言葉。何も言わずに向けられた指の先には、大きな樽が一つ。
ヌエが隠れてしまう程大きな樽、どう考えても持ち運べるものではない。
「ね?あれだけあれば・・・」
「わたし達は旅をしているんです、あれを持って行くなんて無理です」
「でも、だけど、・・・ね?」
何かを考えながら身体をくねらせ、目を泳がせる。
トゼルの瞳が揺らぐように一瞬だけ明かりを灯すと、身体に巻かれた連接棍が緩み、ヌエの身体が地面に沈む。
「ぬぅ!?こやつ魔術を!姉者!」
同時に動き出すトゼル、自らの武器を手中に収めようと手を伸ばす。
だが遅い、ヌエの異変に気付いた瞬間、エリスはショルダーベルトのロックを外した。
落ちる曲刀の刃先が地面と触れるより早く柄を握り、逆手持ちで突き出す。一瞬の攻防。
「なんで、効いてないのかな?」
「それ以上前に出ると、斬れますよ?」
トゼルの手は武器まで後数センチという所で止まっている。首の前には曲刀が置かれ、それ以上の進行を拒む。
沼のような地面から抜け出したヌエがトゼルの首根っこを掴み、必死の抵抗はあっけなく終わりを告げた。
「もう、魔莢も切れたわ、こうなったら勝負ね、勝負!」
「えっ、あの・・・何言ってるんです?」
「往生際の悪い奴め」
突然騒ぎ出すトゼル、二転三転する彼女の行動に、若干疲れてきたエリス。周りも似たようなものだろう、その様子を見守っていた村の人々は半数以上がその場から立ち去って行く。
「ってことで、呑みましょうか、ね?」
「ね?っじゃないです」
「なぁあんた達、腕は確かみたいだな」
押し問答の同道巡りの続く会話を切るように、強面のおじいさんが話しかけてくる。
彼はこの村一番の酒蔵主であり、トゼルが酒を買った店の店主でもある。
「なにかご用ですか?」
突然の事で少し驚いたが、このまま膠着状態を続ける訳にもいかず、とりあえず話だけでも聞いてみる事にした。
「最近、水蝗の被害が増えてな、村の連中が困ってるんだ」
水蝗というのは水中に生息する魔物で、水草などを食べる昆虫魔物の一種。村より遥か遠くの高い山に生息しいているはずが、最近になってその活動圏が村に移ってきたらしい。
強い魔物ではないし、水中に適正のある魚人族であれば退治することも可能なのだが、四六時中すべての作物を見張ることなど不可能。
これ以上の被害を出さないためにも、原因の究明と対処を担ってほしいということだった。
「村に来た商人の話だと、川の源泉にカワズが湧いているのが原因じゃないかと言っていたんだが」
店主の発言に訝しげな顔をするトゼル。
「ちょっとまって、カワズって爬魔の高知にしか居ない筈でしょうよ?」
「カワズ、とは何です?」
「姉者は知らないのですな」
補足説明として、ヌエがカワズについて話してくれる。
爬魔領と妖魔領の境付近に存在するラセン山、魔石の産出地でもあるその山は、一年を通して湿気の多い場所である。
そこに生息する魔物は湿気を好む物ばかりで、カワズもその一つ。
別名「代わらず」とも呼ばれ、集団の主が代替わりしないのが特徴。
双眼と呼ばれる2つの核を持つ固有形状型液体生物。
「ほぉ、俺の知らないスライムか。興味あるな」
「キュウさんにも知らないことがあるんですね」
興味津々、と言ったようにキュウがヌエの話を聞いていた。
キュウから「知らない」という単語が聞けるとは思っていなかったエリスも驚いた。
「先程の動きを見ればワシでも分かる。あんた達は強いだろう?」
「姉者は拙者が認めた御方。強いのは当然ですな」
「ちょっ、ヌエ。恥ずかしいから・・・」
店主の発言を自分の事の様に喜ぶヌエだったが、褒められ慣れていないエリスは戸惑うばかり。
「見た所おじょうちゃんは魔術が使えるみたいだけど、大丈夫なの?カワズに打撃は効かないわよ」
トゼルは挑発するように言葉を投げつける。その視線の先にはヌエ。
スライム種の殆どは物理攻撃の効かない液体生物、魔術の使えない爬魔族にとっては天敵とも呼べる存在だ。
「ぬぅ、痛い所を突きおって・・・」
ヌエの手に力が込められる。と同時にトゼルの首も絞まるわけで、彼女の顔はだんだんと血の気を失っていく。
自業自得だからエリスも見て見ぬ振りをしていたが。
「魔術ですか、だったら丁度いいですね。トゼルさんにも手伝って貰いましょう」
「姉者?このような者をですか?」
ヌエはあからさまに嫌そうな顔をする。余程トゼルと合わないらしい。
手に持っていたトゼルをエリスの方へ投げ渡す。
顔から地面に落ちたトゼルは痛みから開放されると同時に加わった新たな痛みに悶絶する。
「ちょっとぉ!綺麗な顔に傷でもついたらどうしてくれるのよ!」
「そんなことより、一緒に来てもらいますよ?」
「どうせ拒否権は無いんでしょうね。そのかわり武器は返して貰うからね」
いろいろと諦めたトゼルは了承し、三人と一匹の冒険が始まるのだった。
村から請け負った仕事は二つ。
水蝗のできる限りの殲滅と、カワズの討伐。報酬は村人全員から集めた十万エン。
報酬としてはかなり多いが、村の生命線である水穂の事だ、彼等にとっては安くない金額でもある。
「ね、どうせだったら勝負しない?」
「何を唐突に、不可抗力とはいえこれは仕事であるぞ」
「まぁまぁ、それで何をするのです?」
川沿いに歩く一行はトゼルの発言から会話が始まった。
「いいわね、おじょうちゃん分かってるぅ!勝負の内容は・・・」
その内容は至って簡単な物、倒した魔物の数を競う、ただそれだけだった。
「勝敗の報酬は、敗者は勝者の言うことをなんでも一つ聞くってのはどう?」
「賭け事はあまり好まないが、貴様に負けるとは思えんな。拙者は乗っても良い」
「えっと、ヌエがやるならわたしも良いかな?」
「決まりね!」
言うが早いか、手に持った武器を川の中へ投げ入れる。
錨大鎌の持ち手に巻かれた布がほどけながら水の中を突き進んでいく。
布が最大まで伸びると同時にトゼルが魔術式を発動させた。
すると、錨大鎌は自らが意思を持ったように回り始め、布を巻きつけながらトゼルの手に戻ってくる。
引き上げられた刃には二匹の昆虫魔物が捕らえられていた。
「これで二匹。アタシの先制ね」
「ぬぅ、ただの阿呆かと思ったが、意外にやりおる」
「これが、水蝗。さすがに食べられませんね」
硬い外殻のみで構成された魔物はそのままでは食べることはできない。
その場に捨て置かれた水蝗を魔術で土に埋め、両手を合わせるエリスとヌエ。
その行動の意味が分からず、トゼルは一人困惑していた。
「お二人さん?何やってんのよ?」
「魔物とは言え、命を奪うのですから、礼は尽くさなければならないのです」
「これも義である」
そんな二人を見てトゼルも同じように、その場で両手を合わせた。
「めんどうね。でも、そういうの嫌いじゃないわよ」
二人はその姿を見て驚いた。
これはエリスの自己満足であり、人に強要する物ではない。それはヌエも承知のことで、自分なりに思っての行動だった。
旅の途中で捨て置かれた魔物は同じようにしてきた。自分達が倒したものではなくとも。
自分達と同じように命の重きを知る者は少ない、魔国という世界がそう在るのだから、一端では仕方の無いことだ。
けれど、こうして命に礼をする者も居る。それはエリス達にとって感傷深いものだった。
「やはりそうか、この者もまた・・・」
そんな中で一人、歓喜に打ち震える者が居た。
自らの想像を超える存在、その片鱗を魅る事ができたのだ。キュウにとってそれは自分が最も望む想像。
世界は創造主が望むより、遥かに想像を超えた物になっていた。
「しっかし多いわね、・・・よっと。これでアタシは八匹ね」
トゼルの手には水蝗の死骸を刺した武器が握られている。
「まだ甘いな、拙者はこれで九匹。いや、十匹であるな」
ヌエの棍には二匹の水蝗が貫かれている。
「二人ともやりすぎです、わたしの出番は無いかな・・・」
二人の一進一退を見守るエリスは未だ倒していないが、見かけた魔物すべてを倒す二人の後始末で精一杯だった。
その後、日が暮れるまで続けた勝負はトゼルとヌエが二十匹づつ。エリスはゼロという結果で終わった。
魔術道具、固定地。充填した魔力を波のように放出し続けることによって、魔物を寄せ付けない結界を張る道具。この世界で野宿をするには絶対に必要な物である。
普通に使ってはすぐに魔力不足になってしまうが、もう一つの魔術道具、焚火を使う事によってその効果を安定させることができる。
自然魔力の収集量を上げる魔道具で、疲労回復にも使われる物だ。
この二つを組み合わせれば、一晩の安眠は稼げるだろう。
ただし、強い魔物に効果は薄いため、一人は見張りをつけなければならない。
この日の夜は討伐数ゼロのエリスが先に見張りを任される事となった。
もちろんヌエは反対したのだが、無駄に体力を消耗するわけにもいかず、エリスの一喝で渋々了承したのだった。
「気ままな旅だと思ったけど、いつの間にか人が増えましたね」
膝の上に座るキュウを撫でながら、小声で話をするエリス。その声に不満は無く、むしろ喜びで一杯という感じだ。
「気ままなのは代わっていないだろう、それに。俺は言ったはずだ、夢の先を見つけるのはお前だ、と」
いつもは撫でられるのを嫌うキュウだったが、数週間ぶりの頼みだった事もあり、今日だけは大目に見ていた。
「夢の先、ですか。・・・まだわかんないです」
「今はまだ、それでいい」
「そう、ですね」
「なんの話?」
背後からかけられた声に驚くいたエリス。背後には寝ていたはずのトゼルが立っていた。
「隣いい?」
無言でうなずくと、ゆっくりと隣に腰を下ろした。
「寝てたんじゃなかったんですか?」
「誰かと一緒に、なんて久々で。寝付けないのよ」
「嘘ですね」
「あ、ばれた?」
解り易い嘘はキュウで慣れているエリスはその言葉をすぐに見抜いた。
道端で大いびきをかいて寝るような人が、誰かと一緒で寝付けないなど、普通に考えれば可笑しい話だ。
「それで、本当はどうしたんですか?」
「んー特には。それよりさ、その魔物?話してたみたいだけど、どういう関係?」
今まで特に気にしていなかった様子だったが、話しているところを見られて弁解の余地は無い。
どうしようか悩んでいるエリスだったが、
「こいつなら大丈夫だろう、前と同じように聞かせてやれ」
というキュウの言葉に少し驚いた。
「えっ、いいんですか?」
「なになに?また何かあるの?」
以前ヌエにしたようにエリスの魔力をトゼルに送る。
エリスにだけキュウの声が聞こえるというのは、固有魔力の影響によるものだ。
解り易く言えば周波数のようなものだと思えばいい。
復活した時、近くに居たエリスの固有魔力を吸収した事によって、エリスに言葉を伝えることができる。
同じように、エリスの固有魔力を他者に送ることによって、限定的にキュウの言葉を聞かせることができるわけだ。
「これで聞こえるはずだ」
「わぉ、ほんとに喋ってたのね」
「えと、改めて紹介しますね。キュウさん、わたしの師匠です」
「とりあえず、よろしくな」
エリスの魔力量は多いほうだが、それでも魔力を流し続けるのは骨が折れる。時間にして30分が限度だろう。
だから、キュウは簡潔に言いたいことだけを一方的に伝えることにした。
「トゼルは妖魔なのに魔術の扱いに長けているんだな」
「わぉ、キュウさん?キュウちゃん?いったい何者?」
その言葉だけで伝わったようで、驚いたようにキュウの顔を見つめる。
「言いたいのはそれだけだ、エリスもういいぞ」
「えっ、いいんですか?」
「ちょっとちょっと!答えてくれないの!?」
それ以上何も言うつもりは無いという様に、エリスの膝の上で丸まったキュウ。
エリスは早々に諦めてトゼルから手を離した。
「・・・エリスちゃん、キュウちゃんってなんなの?」
「さぁ?自分の事はあまり話してくれないので」
名前呼びに変わったが、特に気にするでもなく会話を続ける。
トゼルの中でエリスに対する評価が少し変わったのかもしれない。
「キュウちゃんが喋れる事って、他には誰か知ってるの?」
「わたしとヌエ、トゼルさんだけですよ」
「そっか。あまり人には知られないほうがいいかもね」
「あはは、気を付けてはいるんですけどね」
街中や人の多い場所でキュウが話すことは少ない。たまに独り言を呟く時はあるが、エリスもなるべく反応しないように気をつけている。
キュウ自身の声は周りに聞こえないので自由に振舞っているが、エリスは気をつけなければならない。
すこし窮屈ではあるが、その分助けられることも多いのでなんとも言えない。
「姉者、そろそろ交代を・・・、なぜ貴様が?」
「ありゃ、うるさいのが来ちゃった」
「そんなこと言っちゃだめです。それじゃ、わたしも寝ますね」
キュウを抱え寝袋へ向かうエリスと、欠伸をするトゼル。
「そうそう、私のことはトゼルでいいから。ヌエも、いつまでも貴様って言われるの嫌なのよね」
「わかりました。わたしの事は、好きに呼んでください」
「次からはそう呼ぼう」
こうして、一行の夜は更けていくのであった。
あちゃー、調子に乗って書いてたらついに1話5千文字に・・・。
こんなペースで書いてるから更新遅くなったりするんですよね・・・。
けれど。遠慮はするが自重はしないってことで。
感想。おまちしてます。




