語れ落せ、呑まれた酔狂
清々しい朝が一転、ヌエの猛省が始まっていた。
「姉者!申し訳もござらん、かく成るうえは拙者の全霊を持って奴を探し出しますので!」
「だから、わたしも不注意でしたし、そこまで謝らなくても」
目が覚めると、ヌエの腰に下げていたポーチが無くなっている事に気づき、その事態に気づいた。
居なくなったトゼル、なくなったエン。導き出される答えは一つ。
世間に疎いエリスと、力でしか人を計れないヌエでは、トゼルの本心を見抜くことはできなかった。
「キュウさんは何か・・・、知るわけないですよね」
他人の事など我関せず、のキュウが現状を打開してくれるとも思えず、諦めていたエリスだったが、
「そうだな、知っているぞ」
「ですよね、やっぱり・・・、ってええ!?知ってるんですか!?」
思っていた答えとは違うものに困惑してしまう。
急に出した大きな声に一番驚いたのはヌエだった。
「姉者!?どうなされた?」
「キュウさんが、それより。知っているなら教えてくださいよ!」
「聞かれなかったからな」
在り来たりな答えだが、この黒猫は解っていてやっているから手に負えない。
さらに反撃の言葉を出そうと構えたが、今はそれよりも重要なことがある。
「それで、キュウさんはナニを知っているんですか?」
キュウのことはエリスがよく知っている。この黒猫が知っているだけで終わる筈は無いのだ。
けれど素直に教えてくれるはずも無く。
「奴は何らかの魔術でお前たちを眠らせ、その隙にエンを持って逃げた。という事かな?」
そんな事は解りきった事実であり、いまさら言われるまでも無い。知りたいのはその先。
「それで、キュウさんはナニをやっていたんですか?」
「ほほぅ、そこまで解ってくれるか。師匠冥利につきるな」
キュウはその質問に満足したのか、答えを出してくれる。
咥えられているのは、エリスもよく知るケンブンだった。
ケンブンを手に取ると、今まで自分が知っている物と少し変わっていることに気づいた。
今まで鉄板の表には光沢があり、そこに文字が出るのは知っていたし、今もその機能は失われていない。
問題は裏面。ケンブンである証の術式は書き換えられ、新たに一つの式が加えられていた。
「キュウさんこれは?」
「今のお前なら使えるはずだ、読み取ってみろ」
術式の読み取りなど、本来であれば高等技術なのだが、キュウの指導を受けたエリスにとっては当たり前の技術。
断続的な魔力反応を与えることで切り替わる、点滅式。その先に繋がるのは探索の術式が複雑に絡み合ったような不可解なもの。
ケンブンを二度叩きながら魔力を流すと、鉄板上の右上に「的」という小さな文字が浮かび上がる。
「これは・・・、この文字の場所にトゼルさんが居るんですね?」
「なんと!これほど精巧に位置がわかる魔道具があったのですか?」
「本来はもう少し別の目的で造ったんだが、まぁいい」
言い終えるが早いか、キュウは目的を果たしたとばかりに馬車の上に戻り、小さく丸まってしまう。
最後の言葉が気になったが、今は目の前の問題が先。
「ヌエ、早く追いかけましょう。このあたりの立地はわかりますか?」
「相分かった。この位置、方角から言えば。この先に小さな村があったはずですな」
少し寄り道になるが仕方ない。
こうしてまたも無一文に戻った一行は、盗人トゼルを追いかけるのだった。
いつもより三割り増しの速度で駆ける馬車。
盗人を追いかける、という目的はあるものの、その心持は三者三様だ。
キュウは元々エンに関して興味は無い。飲まず食わずでも、寝るところが無くても問題ない。
けれどこの二人とあのトゼルという女性が出会ったのは面白くもあり、当然の運命とも思っていた。
エリスはエンに執着があるわけではない、無くては困るが、ありすぎて困るものではない。その程度だ。
ただこの状況が面白かった。理由や目的はさて置き、何かに向かってみんなで進むというこの状況が。
ヌエただ一人激怒していた。盗まれたことによる怒りではない、不甲斐ない自分への怒り、一食を共にした者への礼儀の無さへの怒り。
盗みが良い事だとは思っていないが、それはされる方にも問題がある。そんなズレた考えもヌエという人柄なのだ。
様々な思いを乗せて駆ける馬車は半日ほどで目的の村についた。
中央に川が流れ、堤の広がる小さな村。妖魔魚人族。
魚人と言っても、顔が魚だったり、人魚のような下半身を持っているわけではない。
耳の変わりに聴鰭が生えており、水中でも音を聞くことができる。身体全体に異法をかけることで、水中でも陸上と変わらない活動ができる種族。
水の中でのみ生息する水穂という植物を栽培し、生計を立てている。
米に似ているが、内包する水分量が段違いで、炊くときに水を入れないという大きな違いがある。
もう一つの違いは、火を入れずに密閉し保存することで上質な酒ができるという点だ。
セイシュと呼ばれ、この国での人気は高く、その分値段も高い。
上流セイシュと呼ばれる物は一瓶で一万エンは下らない。もっとも流通の多い下流セイシュで百エンなのだから、その値段は一目瞭然だろう。
水場の多い綺麗な村並みを見て回りたいのは山々だったが、それよりも先にやらなければならないことがある。
「すみません、このあたりで純魔族を見かけませんでした?」
村で見かけた農夫に声をかけると、その答えはすぐに出てきた。
「なんだ嬢ちゃん、あいつと知り合いか?」
「えぇ、そんなところです」
「困ったもんだよなぁ、キリの旦那も迷惑したみたいでよ」
トゼルはこの村で何かをやらかしたらしい、それは反応を見ればなんとなく察しはついた。
「それで、今どこにいるか分かりますか?このあたりに居るとは思うんですが」
その言葉に驚く農夫。ありえないとでも言いたい様だ。
「あいつが戻ってきたってのかい!?こりゃ大変だ!急いで旦那に知らせねぇと!」
「えっ?ちょっと待ってください!」
農具を投げ出し走り去っていく。想像していたよりもよほど大変なことらしい。
走っていく先には白い壁で覆われた家々の立ち並ぶ場所、そこまで行けば何か分かるかもしれない。
「ヌエ、とりあえず向こうまで行ってみましょう」
「相分かった!しかしトゼルと言う者、一体何をやらかしたのか」
農夫の後を追い、目的に近づくべく駆け出した。
家々の一角に人だかりができている。酒の香り漂う家の前に置かれたテーブルと椅子。そこに目的の魔族は座っていた。
「やっぱセイシュは最高だねぇ!このほのかな甘味が後を引くのよ」
「金を払うなら文句はいわねぇが、程々にしとけよねえちゃん?」
「何言ってんの、酒は飲まれなきゃ楽しくないでしょう?」
「それが人の金で買った酒であってもか?」
「当然!・・・ではないよねぇ」
トゼルが振り返った先には凄まじい形相のヌエが仁王立ちしていた。
桜色の肌が一転、青白く染まっていく。
一目散に逃げようと立ち上がるが、酔いの回った身体が言う事を聞くはずも無く、足をもつれさせて倒れる。
その後、ヌエの武器で身体を縛られたトゼルは観念したように大人しくなった。
「まさかこんなに早く見つかるなんて、もしかしておじょうちゃんすごい嗅覚?」
獣魔と爬魔の二人が高等魔術を使えるとは思ってもいないトゼルは笑いながら茶化す。
しかし、本当に居場所を見つけたのはエリスの左肩にぶら下がる黒猫だとは、露程も思えないだろう。
「では、返してもらいますよ?」
「・・・何を?」
「この期に及んでまだ白を切るか?」
とぼけてみせるトゼルだったが、その言葉の本当の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。
エリスは先ほどまでトゼルの座っていたテーブルに目をやると、そこには空になった一升瓶が数本。
その先には強面老齢の男が一人。
「あの、もしかして・・・」
「借金と新しく買った酒、裏にタルが置いてあるが、あんたたちが持っていくか?」
エリスの想像通り、エンはすべて酒に変わっていた。
「買い戻して頂くことは」
「すまないが、数時間前に新しい酒の材料と交換したばかりだ。今から追いかければ間に合うかもしれないが、あの商人がどこに行ったかまでは、な」
八方塞である。トゼルを追う為に使ったケンブンの機能はある一定の条件でしか使えない。
見ず知らずの商人を探すなど、不可能に近かった。
「そういうわけなのよ、ごめんねぇ」
「姉者、いかがしましょう?」
ヌエの額に青筋が浮かんでいる。その気になればトゼルを一瞬で塵にする事もできるだろう。
いまさらトゼルを咎めた所でエンが帰ってくるわけではない。エリスはどうすることもできず頭を抱えていると、
「ほぉ、これは面白い」
肩から飛び降りたキュウが何かに興味を持った。そこにあったのは二枚の湾曲した刃が付けられた武器。
錨のような形をした鎌。刃の部分は可変式になっており、自在にその姿を変えることができる。
「なにその魔物?アタシの武器に何か?」
どうやらこれはトゼルの持ち物らしい、その真偽を確かめる為に、エリスは強面のおじいさんに視線を投げる。
「借金の形に預かっていたものだ、間違いなくそいつの物だよ」
その言葉を聞いてエリスの目が光る。
「では、これはわたし達が頂いていきますね」
「なっ!?なんでよ!」
その言葉こそが反撃の狼煙となった。
気付いた方も居たかも知れませんが、章を追加しました。
作れる事に今更気付いたのかと思われたかもしれませんね・・・。
これはもう想像力の欠如どころではないですね。
と言う事で、今後は章を入れつつお話を作っていきます。
珍しく働いたキュウ。
気まぐれってやつですね。
感想。お待ちしてます。




