飲み唄え、更なる出会い
美しい木々、吹き抜ける風の音、魔力光の反射で輝く空の色。
一台の馬車は轍を作りながら道を行く。
その上に揺られる獣魔の白いエリスは、風の流れをその頬に感じながら、駒を動かしていた。
「姉者、お疲れではないですか?」
馬車の後ろから顔を出したのは、爬魔の浅黒い巨体を持つヌエイラト。
エリス気に掛け、1時間に一回は声をかけるほど過保護だ。
「もう、今日で6回目です。それよりも魔物の気配の無いうちに休んでおいて、戦闘になったらヌエが頼りなんだから」
「それはもちろん!拙者にお任せあれ!」
左腕の武器を鳴らし、男らしい笑顔を向けるヌエ。
そんな二人の頭上、馬車の屋根の上には一枚の座布団と、黒猫のキュウが丸まって寝ている姿があった。
立ち寄った街で思わぬ大金を得た一行は、その資金で十分すぎる程の旅支度を整える事ができた。
小さいながらも立派な馬車を購入し、食料や魔術道具などを街に立ち寄っていた商人から馬車に詰めるだけ詰め込んだ。
けれど、普通に考えて馬車や魔術道具は簡単に買える物ではない。
中には貴重な物もあり、総じてそれは高価な物だ。
出処の分からない金、どこの魔物の骨かも分からないような者に売るにはリスクが高すぎる。
そこで情報だ、先の街で出会ったウエイトレスはその実かなりのやり手で、半日でその全てを揃えてしまった。
その手腕に感心しつつ、あれよあれよという間に揃った旅支度。
そのおかげもあって、目的の爬魔領まであと数日という場所まで来ていた。
手に入れた資金の半分を旅支度へ注ぎ込み、さらにキュウの無駄使いによってさらに二割は無くなったが、まだまだ懐に余裕はある。
魔力光が弱まり、辺りが薄暗くなりつつある時間、そこで思わぬ客人と出会う事となる。
「あれは・・・、魔族?」
「姉者?どうかされましたか」
そろそろ野営の準備でもしようかと二人で話していた時、少し先の道に倒れている影のようなものを見つけた。
近づくにつれて、その輪郭ははっきりとその姿を映し出す。
青紫のようなセミロングの髪はウエーブがかり、頭には鋭い剣を思わせる細長い角。背中には竜種を思わせるが、弱々しい小さな黒い羽。尻尾は長く細くつるりとして毛が無い。
その姿は妖艶、という言葉がぴったりな女性だった。エリスが今までに見た事の無い魔族。
それが一升瓶を抱え道端で鼾をかいていた。近くに寄ると、その原因はすぐに分かる事となる。
「うわっ、お酒臭い・・・」
「酒ですか、なんとも無様な」
「ぐがっ、がぁー。すぴぃー」
エリスは獣魔独特の嗅覚の強さで相当参っているようだ。それにしても、いつ魔物が出るかも分からない道端で爆睡するなど、自殺行為である。
普通の旅人ならばここで見捨てるべきと判断するのだが、一風変わった魔族が気になったエリスは、その魔族を起こす事にした。
「あのー、ここで寝てると危ないですよ」
「ぐぅーすか」
近くで見るとその女性の顔もよく見えた、かなりの美人。そしてなによりエリスが注目したのは、抱えた一升瓶が半分も見えなくなるほどのアレの存在。
「助けるの止めようかな・・・」
「アホな事言ってないで、水でもぶっかけてやれ」
「ちょっ、キュウさん!?起きてたんですか」
キュウは寝てもないし起きてもないという中途半端な状態だったのだが、その辺りはめんどくさいから説明しない。
見ず知らずの他人に水をかける、と言う行為に少し戸惑ったエリスだったが。
「ちょうど先日の川水があります、酔いどれにはこれが一番ですな」
「ヌエ!?ちょっ、」
制止の声は遅くヌエを見た時、すでにバケツの水を振りかぶっている姿だった。
怪力から放たれた鉄砲水、およそ水とは思えない破裂音と共に、魔族へ襲いかかる。
「ぶびょふぇ!?ななっ、なにすんのよぅ!」
勢いよく起き上がった魔族は驚き、抱えていた一升瓶を落とす。運悪くその口が開き、残っていた少しの酒は地面へと吸い込まれていった。
「ってぇ!?アタシのお酒がぁー!!」
「え、えと。ごめんなさいです」
「自業自得であろう」
「どこの世界も酒飲みは碌な奴じゃないな」
その場に響いた無情な叫びは、頭上から迫る夜の闇に吸い込まれていくだけだった。
この世界の馬車はよく考えられている。ただの木箱に車輪を付け、馬に引かせるような適当な物ではない。
機械構造のような車体には様々な機能が取りつけられている。そのうちの一つが野営車態。
傘のような骨組を取り出し、そこに撥水の高い布をかぶせる事で、立派なテントになるのだ。
冬には暖炉の魔道具、夏には風車の魔道具を使えば、かなり快適な空間になる。
そんな野営者の中で、三人と一匹は夕食を食べていた。
「うんー、これ美味しいねぇ。おじょうちゃんアタシの御嫁に来てよ」
「ど、どうもです」
「図々しいぞ、たかが一口の酒で一食一宿を着せられるとは」
最後の酒を失ったこの女性は、二人に食ってかかり、その代償として一晩宿代わりになれと言いだしたのだった。
こちらに非が無い訳でもないし、色々と話を聞いてみたくなったエリスは軽くその話を了承し、今に至ると言う訳だ。
「たかが酒、されどお酒。私にとっては命そのモノなのよ?」
「安い命であるな」
「ヌエ、一応お客さんなんだから」
その言葉を聞き、渋々と言ったように口を閉じる。
「申し訳ない、姉者」
「ところでさぁ?二人の関係って何?姉妹、には見えないんだけど」
その反応はもっともであるが、説明するのにはかなり骨が折れる。エリスは要約して、
「色々あって、義姉妹って事になってます」
とだけ説明するのだった。
「へぇ、面白いねぇ。酒の肴になりそうね」
食事も終わり、一段落した三人は改めて事項紹介から始める事となった。
「エリス・フェン・ドウジと言います」
正確に伝わるように、文字を地面に描いていく。お手本のような綺麗な字。
「ヌエイラト・ヨル・オロチと申す」
文字の所々が大げさなほどに跳ねたり飛んだりしている、雑だが躍動のある文字。
「トゼル、そう呼ばれているわ」
流し書きのような破天荒、けれど、文字そのものはしっかりと読めた。
けれど、全ては名乗っていない。この世界においてフルネームというのはかなり重要な物だ。
「フルネームでお願いします。信用が無いのなら今すぐ力づくで・・・」
スッっとヌエが立ち上がる。
名乗らないと言うのは信用が置けないと言う事。そんな者と同じ野営者で眠る訳にはいかない。
「分かったわよぅ、トゼル・プリ・トーよ」
あっけらかんと言ってのけるが、どうにも怪しい。エリスは少しカマをかけてみる。
「トゼルさん、わたし鼻が利くんですよ。特に嘘の臭いには・・・」
「姉者に嘘とは、これはもう捨て置けぬな」
溜息交じりに、少し暗い雰囲気をかもし出す。ヌエは指を鳴らし、左腕の武器がガシャガシャと不穏に鳴り響く。
「わかった!わかったわよぅ!トゼルプリト・ヘル・た、タマモノよ」
最後に詰まった名前、そこが彼女の気にしている部分なのだろう。
「ぬ?タマモノと言えば獣魔の・・・」
「あーうん。その説明が面倒だから名乗るのは嫌なのよ」
「そうですか、では聞きません。ヌエもそれでいい?」
「相分かった。姉者がそう言うのであれば」
「へっ?そんだけ?・・・本当に?」
なんとも拍子抜け、と言ったような顔をするトゼル。もともとエリスは世界に疎いし、彼女の名前が意味するところなど知る訳もないが、嫌がる事をするのは好きではない。
それはヌエも同じ、何かしら言いたくない事など、人には沢山あるのだから。
「アタシ、あんた達の事気に入りそうよ」
「それは嬉しいです」
それからエリスは、トゼルについて話を聞いた。
彼女は妖魔純魔族という種族で、魔学を学んでいると言う事。
今は一人旅の途中で、大好きなお酒に酔って寝ていたと言う事。
そんな事を話しているうちに夜も深くなり、エリスとヌエは落ちるように眠りに付いた。
「さっきから気になってたけど、やっぱりこれって、エンよねぇ」
トゼルはヌエのベルトポーチを盗み取り、その中に入っているエンを確かめた。
そこには数十枚の一万エンが入っており、トゼルは生唾をごくりと飲み込んだ。
「これだけあれば、・・・ごめんね。お二人さん」
その言葉にどんな意味があるのか、それを知る事はできない。
野営車から出ようとした時、自分の角に違和感を覚える。どこかに引っかけたのか、そこには鉄の輪のような物がはまっていた。
「ちょっと?なにこれ・・・とれない!?」
見事にハマった鉄の輪、そこに刻まれた魔術式。屋根の上には黒い猫が一匹。
愉快な盗人は自分がハメたつもりが、填められているとも知らず。真夜中の道を走りぬけて行くのだった。
更なる出会いの物語。
色気漂うお姉さんキャラの登場です。
エリス・ヌエイラト・トゼルプリト。
種族も姿も性格も違う三人です。
感想。お待ちしてます。




