弟子、即ち妹
物言わぬ肉と化したカシラから曲刀を引きぬき、地面に突き刺す。
血の滴る曲刀は、酷く恐ろしいものに思えた。
「エリス殿、・・・人を斬るのは初めてであったか?」
「・・・はい。魔物は何度も経験してたんです」
「拙者も初めての時はそうであった。今は、泣いてもいいのですよ」
エリスの瞳から、一つの涙が零れ落ちる。
人を殺すと言う事。魔物とは圧倒的に違う、意志の奔流。
生きたいと願う意思、憎いと思う意志、悲しいと憂う意志。その全てが魔力となって流れ出し、消えていく。
目に見えぬ小さな気泡が叫び声を上げ、次々に弾けていくような感情の連鎖。
その感情を知ることはできないが、感じる事はできる。
それが、魔力と言う力を与えられた者の宿命。
「うあぁぁぁ!こんなの、嫌ですよぉぉぉ!」
「・・・そうですな」
エリスはヌエの身体に顔を埋め、泣き叫ぶ。少し武骨な手がエリスの頭を優しく撫でつづける。
その中でただ一匹キュウは、骸に触れて何かを考えていた。
「やはり、蘇生は不可能か。先程感じた意志の泡のようなものが関係しているのか」
彼はこの者の死に悼み入るなどという事はしない。
たとえ自分が生み出した者達の子孫であろうと、そこに自分の望む何かが無い限りは見向きもしない。
来る者拒まず、去る物追わず。組する者には想を、敵する者には無を。
家族、友人、恋人、嫌いな者、好きな者、例え如何な者でも。
其れが彼の生き方であり、心条でもある。
大層な御高説のように聞こえるが、その実。「そのほうがめんどくさくなくていい」という単純な物から来ているのだが、この世界でそれを知る事になる者は居ないだろう。
しばらくして落ち着きを取り戻したエリスは、赤くなった目元を擦りながら、気丈に笑っていた。
「えへへ、みっともないとこ見せてしまったです」
「そんな事はありません、誰しもが通る道であります」
「そう言えば、さっきも・・・」
「エリス、先にやる事があるだろう」
突然かけられた声に驚き振り向くと、骸の前にキュウが座っていた。その表情は少し険しいように見えた。
「えっ、と?」
「はぁ・・・、教えただろう?自分の殺した者に礼を忘れるなと」
「えっ、えぇー!?まさか食べろって言うんじゃ!?」
盛大に勘違いをしているエリスに二度目の溜息を吐く。
一方でヌエは食べると言う単語に驚いたようで、引き攣った顔でエリスを見ていた。
「エ、エリス殿?まさかとは思うが・・・」
もちろん、彼女にヌエの声は聞こえていない。慌てて弁解するエリス。
「ちっ、違います!キュウさんが、その」
「キュウさん?やはりこの魔物は人を食らうのですか!?」
「そうじゃなくて!だから・・・、そのですね」
勘違いが勘違いを呼ぶ、同道巡りに苛立ちを覚えたキュウがエリスの肩に飛び乗り、命令する。
「ぬぅ!やはり魔物か!エリス殿、その魔物から離れてくだされ!」
「だ、だから!違うんですって!」
戦闘態勢に移ったヌエを必死に止めようとするエリス、その声はあまり効果が無いようだ。
「煩い、こいつの額に魔力を流せ、真中から両耳に流れるようなイメージでな」
「魔物め!覚悟!」
「え、えぇ!?ヌエさんごめんなさい!」
エリスの身体が閃き、素早くヌエの額に触れる。魔術道具を扱うように、一定の法則を持った魔力を送る。
「止まれ、愚か者」
魔力の流れがヌエの耳に届くと同時に、知らない者の声を聞かせた。
「なっ、エリス殿?これは?」
「えっ、もしかして聞こえたんです?」
「想像通りだな、これで会話できるという訳だ」
先程まで鬼気迫ると言ったヌエの顔が、今度は驚愕の色に染まっていく。
「まさか、声の主は!?」
「あ、改めて紹介します。キュウさん、私の・・・、師匠です」
「とりあえず、よろしくな?」
呆気にとられて声も出ない、目が点になる、魂が抜けている。そんな言葉が当てはまりそうなヌエの顔は、なかなかに愉快な物になっていた。
一先ず静かになったヌエを置いて、キュウはエリスに大切な事を思い出させる。
「礼節の一つだ、殺した者には礼を尽くせ。相手が魔物ならば食って糧としろ。相手が魔族ならば、出来る範囲で弔ってやれ」
「あ、・・・はい。解りました」
死して屍はただ地に帰るのみ。
人の魔力が天の流れに還るのならば、その肉体は大地へと帰る。
その仕組みは概ねキュウの知る物と大差ない。
死んだ者に与えてやれるものなど何もないけれど、一度の礼を尽くす事はできる。
それが、食う事も覚えておく事も出来ない、ただの屍に送る手向け。
キュウが地面に魔術式を刻み、エリスが起動させる。
地面が波のように揺らめき、屍を飲み込む。その場には、血の汚れすらない元通りの大地が広がるだけとなった。
「・・・頂きました」
両手を合わせ、目を閉じる。
これが、エリスの背負った初めての意志となるのだった。
「死者への礼儀とは、どこまでも義に厚い御方ですな」
「いえ、わたしはただ。キュウさんに教えられて、正しいと思った事をしているだけです」
「そう!その魔物、いや。キュウ殿でしたな、その方は一体?」
思い出したようにキュウを見つめるヌエ、すでに喋った後で他の事を隠す訳もなく、堂々と魔術式まで目の前で書いたのだ、すでに不思議の領域を超えている。
「えと、キュウさん?の事は私もよくわかんないです」
「・・・何故?師匠なのでは?」
「色々教えてはくれるんですが、キュウさんは自分の事をあまり話さないので」
「謎の多き御方ですな」
キュウは自分の存在をエリスにも教えていない、例え教えたところで、魔国と魔族を創造した本人などだれが信じるだろうか?
それに、「謎は謎だからこそ面白い」。と言うのが彼の考えだった。
「エリス、心配ないとは思うが一応口止めはしておけよ」
「あ、はい」
「ぬ?もしやキュウ殿が?」
「えと、キュウさんの事なんですが。秘密にしてもらって良いですか?」
喋れて魔術が使える魔物など、注目の的であり、最悪恐怖の対象になりかねない。そうなってしまえば旅なんて悠長な事はできないだろう。
無用の面倒事は避けて通らなければ、命が幾つあっても足りないのだ。
「秘密ですな、相分かった。拙者の命に賭けて守ると誓いましょう」
「命まで賭けなくても・・・、でも安心しました」
エリスは苦笑いしながらヌエの反応に安堵した。
当の本人であるキュウはヌエの人柄を判断して、喋った時にはこうなる事を想像していたのだが、流石に次に放たれた言葉は予想外だった。
「エリス殿、拙者も一つお願いを申してよろしいか?」
先程までとは打って変って真剣な面持ちを向けてくる。
「わたしにできる事なら、出来る範囲で」
短い間とは言え、ここまで一緒に歩んだ仲。エリスは笑顔でそう返した。
一歩後ずさり、足を肩幅に広げ、勢いよく頭を下げ、
「拙者を、エリス殿の弟子にしてくだされ!」
こう言い放った。
「えっ?・・・えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
笑顔が一転、驚きに変わる。尻尾が激しく上下に振られ、バサバサと音を立てている。慌てた時の癖で、その激しさで慌て度が分かるのだが、音を出すほど慌てるのは初めての事だった。
「ぬぅ、やはり拙者では力不足ですか」
「い、いえ!そうではなくてですね!」
相変わらず早とちりの自己完結をし始めるヌエを勢いで制し、説明を求める。
「なんで急に弟子なんて?」
「何故、と言われても。先程の妙技に感服いたし申した。より強き者に師事するのは当然の事」
「わたしもキュウさんに教わっているだけで、弟子なんてとんでもないです」
両手も使って全力で否定するエリス、今度は尻尾が左右に振れている。これは嬉しい時の癖、自分の体術を褒められて喜んでいるのだろう。
「しかし、キュウ殿の声は基本的にエリス殿にしか聞こえない。となればやはりエリス殿に師事するしか」
「え、でも、うぅ・・・、助けてキュウさーん!」
ついにどうする事も出来なくなったエリスが助けを求める。
エリスの百面相を面白可笑しそうに眺めていたキュウだったが、「可愛い愛弟子」に助けを求められては答えてやるしかない。
同じ立場で在りながら、順位がしっかりしていて、尚且つヌエが納得するとすれば。
「兄弟弟子、この場合姉妹弟子か?まぁ、そんなところで落ち着くだろう」
「わ、わかりました!ヌエさん、わたしと兄弟になりましょう!」
「・・・エリス殿?なるほど、共に学び、並び立ち、支え合う存在。そう言う事ですな!分かりました!拙者、これからはエリス殿を姉様いや、姉者と呼ばせて頂き申す!」
「・・・このバカ弟子が」
「うえぇ、どうしてこうなったんです?」
共に旅する仲間として、新しい義妹として、ヌエイラトという御供ができたのであった。
勘違い、言い間違い、思い違い。そんなモノから始まる絆。
シリアス後のちょっとしたコメディ回です。
セリフが多くなってしまいましたが、キャラの書き分けはできてる・・・はず
自分で書いてるとキャラ像が固まってるからなのか、できているように見えてしまうんですよね。
感想。お待ちしてます。




