殺生、即ち錘
茂みの奥から数人の魔族が現れた。
その先頭に灰色と白色の入り混じった毛並みを持つ獣魔の男、背中に曲刀を背負い、二人を睨みつける。
「拙者とした事が、油断大敵ですな」
「ここは場所が悪いです、何にせよここから離れないと」
こちらは洞窟の入り口、後ろへ逃げる事はできない。
幸い、山賊との距離はまだ少し余裕がある。今なら目くらましと共に反対方向に逃げる事も出来るだろう。
そう判断したエリスが魔術を発動させる。
「・・・息吹」
先程と同じように山賊の足を止め、その隙を見てヌエが応戦する。筈だった。
山賊のカシラの持つ曲刀に施された銀糸の装飾、それが生きているかのようにざわめく。
その気配を察知したカシラの顔付きがより険しくなる。
「テメぇ、今魔法使っただろう」
「気付かれた・・・!?」
「やはり、アレは」
エリスは驚愕した、息吹を自在に扱えるようになってから、どんな魔物にも気付かれた事の無い先手を見破られた。
自分の力を過信していた訳ではないけれど、こうもあっさり看破されてしまうとは思っていなかった。
一方で、キュウはその正体に粗方の見当を付けた。全体像が掴めていない今、それを鵜呑みにすることはできないが、おそらくは。
「エリス殿、ここは拙者が」
「あ、はい。できる限り援護しますが、気を付けてください」
前に出たヌエが武器を取り出すと、左手で糸を引き棍の状態で固定する。
「我はヌエイラト、主等の不義を正す為、ここに参った!」
「な、なんだこいつ!でけぇ」
「ヌエイラト?まさか、オロチ家の!?」
山賊の一人、爬魔族の男が驚いたような声を上げる。
その場に居た全員がその男の声に耳を傾けた。もちろんその中にエリスも含まれる。
「おい、レルバ!こいつを知ってんのか?」
「へ、へい。こいつは爬魔族の中でも四強と言われる家の者です、デカい体に目の下の逆鱗、間違いねぇですぜ」
「爬魔族の四強って言ったら、アバリスって言われてるあれか!?」
「あばりす・・・?ってなんです?」
さすがのキュウもその言葉の意味する物までは分からない。
エリスが不思議そうな顔をするが、こればっかりは答えてやれない。
文化や文明は魔族、それぞれの種族がキュウの痕跡から生み出した物なのだが、出来の悪い伝言ゲームのように各地で捻じれて伝わっているのだ。
「ほぅ、アバリスか。だったら、こいつを倒せば俺の強さはそれ以上ってことだよな」
「自らの力を誇示せんとするその意気や良し、ならば言葉は不要!」
棍を握る手が弓のように引き絞られる。突撃の一閃。
曲刀が抜かれ、白銀の刃が緩やかに輝く。
「いいぜ、来いよ」
「いざ、参る!」
駆け出したのはヌエ、その体躯からは想像できないほどのスピードで駆け抜け、カシラの胸をめがけた一突きを繰り出す。
相手は獣魔、力で劣るとも速度では負けていない。
ヌエの一閃を曲刀の腹で迎え撃つ。その時ヌエは勝ちを確信した、どんな武器であろうと腹で一閃を受ければ無事では済まない。
使い物にならなくなった曲刀を薙ぎ払い、鳩尾に一撃を入れて沈める。
それで勝敗は決する筈だった。
「ぬぅ!?馬鹿な、なぜ受けきれた!?」
「アバリスと言ってもこの程度か、やっぱ俺が強ぇってことだな!」
「それは違うな、エリス準備をしておけ」
「はい!」
キュウは確信した、カシラの使っている曲刀が自分のよく知る物だと。
白銀曲刀、魔術道具の研究過程で造った試作品の一つ。その特性は魔力の増減。
つばの背部分に付いた装飾の銀糸は、その一本一本に魔術式が組み込んであり、自然魔力の吸収、蓄積、放出を行っている。
その付随効果として、魔力による衝撃の緩和、反動の制御がある。
刀身部分には固定魔力術式が施され、耐久力はダイヤモンドと同等、重さは軽銀と同等という性能だ。
使用されている素材は現在の魔国でも簡単に手に入る物だが、施された魔術式は伝説と言われるほど。
ヌエの使っている武器は確かに面白いが、性能だけで言えば圧倒的に劣る。
武術に関しては圧倒的にヌエが勝るが、それを補って余りある性能が白銀曲刀にはある。
一進一退の攻撃を仕掛けるヌエだったが、同等の速度で反応するカシラに一撃を与える事ができず、苦戦を強いられていた。
武器で触れられただけで全ての攻撃が受け流されるのだ、実態の無い水を叩き続けているような不毛な攻撃。
このままではジリ貧になると判断したヌエが糸を緩め、鞭の形状で曲刀を絡め取る。
突然の形状変化に一瞬反応が遅れたカシラが驚くが、鞭の先が頬をかすめただけで傷にはならない。
双方の武器が絡み合い、どちらも身動きが取れなくなった一瞬の隙。
「野郎共!今だっ!」
「ヒャッハー!ここまでだぜ!」
「これで俺達も箔が付くってもんだぜ!」
遠巻きに二人の戦いを見ていた山賊の子分が一斉に飛びかかる。その数四人。
目の前に居るカシラの存在が、ヌエの判断を鈍らせた。
ただの武器であれば爬魔の肉体を持つ自分に致命傷を与える事はできない、しかし他にも予想を超える武器を持つ者が居たとしたら?
かといって現状で武器を手放すのも得策ではない、武器を失えばこのカシラを倒す事はできないだろう。
一瞬の思考は一瞬の隙を生む。
「弱点が分かりやすいってのは不便だなぁ、おい!」
カシラが素早く突きを繰り出す、狙うはヌエの目。爬魔族の身体で最も柔らかい逆鱗の部分に刃が迫る。
こうなったら片目を失ってでも、そう考えた瞬間。
「吹き飛べぇぇぇ!!」
「なっ!?」
突如現れた氷の壁に阻まれ、飛びかかった子分達は吹き飛ばされ、曲刀は紙一重で刃が届かない。
「やっぱり、止めるのが精一杯みたいです」
「いや、上出来だ。これで牽制はできただろう」
「なぜ、魔法が!?」
さぞ驚いただろう、今までどんな魔法も無効化してきた自分が、魔法によって止められる事など無かったのだから。
曲刀の吸収で自分の周りの自然魔力を希薄にし、魔術の伝達を阻害する。
刀身に蓄積された魔力を放出し、魔法を塞き止める。
この二点が魔術無効化の原因だ。
けれど、エリスの使う咆哮魔術は普通の魔術とは違い、伝達ではなく命令。
異法で魔法を使うのと同じく、無理やり魔法を発動させる魔術式だ。
完全に無視することはできずとも、ある程度の緩和は可能。
それに、エリスの固有魔力を持ってすればこの程度の相手ならば雑作もない。
「訓練通りにやればできるはずだ」
「やってみます!」
右のベルトポーチから軽銀の板を取り出す。そこにはすでに魔術式が書かれている。
咄嗟に使えるように用意した術式板、自然魔力は思い通りの形に構築される。
氷刀、訓練でいつも使っていた岩刀の氷仕様だ。
形は同じでも重さがまるで違う。ほど良く腕に馴染む重さを感じると、カシラに向かって駆け出す。
キュウに習い、自分で最も扱いやすい容を考え、完成させた刀術。
駿足でカシラに詰め寄り、逆手持ちの氷刀を右から振り抜く。
身体の中心を軸とした回転斬り、一撃は辛うじて反応したカシラによって守られたが、エリスの刀術を止める事はできない。
回転斬り、即ち撫で斬り。円を描くような力は半分は敵に、半分は移動に使われている。
曲刀に向けられた力を魔力によって受け流す事はできても、別の方向へ向けられた力までは吸収できない。
残った半分の力を使っての二撃目は、カシラの左腕を縦に斬り裂いて駆け抜けた。
抜けた先で翻り、頭の方へ一瞬で向き直る。
追撃。Vを描くように駆けると、今度は右腕を斬り裂く。
両腕を負傷したカシラは曲刀を地面に落とし、膝から崩れ落ちる。
「腕がァぁっ!俺の、うでがぁぁぁ!」
「ヒッ、カシラがやられた!」
「ば、ばけもんだ。逃げろぉぉぉ!」
子分達は倒れたカシラを見捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
その場に残されたのは、両腕を負傷し、痛みに立ち上がる事も出来ない哀れな獣魔。
曲刀を拾い上げ、カシラに付きつける。
「もう終わりです、今後大人しくすると言うのであれば・・・」
「ギヒッ、なに言ってやがんだよ、おじょうちゃん」
「・・・えっ?」
戦いで臆する事無かったエリスだったが、その時のカシラの表情を見て、初めて恐れを抱いた。
痛みから来る涙に染まる瞳は狂気を失わず、痛みを堪える口は歪に笑う。
「あんたもその色なら解るだろう?」
「それは・・・」
カシラの毛並みは灰色と白色の入り混じったツートンカラー、エリス程ではないが、間違いなく犯罪色を備えた色合い。
そんな彼が今まで歩んできた人生はどれほど過酷なものだっただろうか。
そんな事、エリスが一番よく知っている。
嗜虐、残虐、加虐、自虐。苦痛の日々。
「俺は力を手に入れた!もう誰にも虐められる事は無い!今度は俺が虐める番だ!」
「ちがう!それじゃ同じになってしまうだけです!」
「なにが悪い!同じで何が悪いって言うんだ!」
悪くは無い。エリス自身そう思っている。
武には武を、魔には魔を、無礼には無礼を。
けれど、自分とこの人では何かが違う。なにか・・・。
「それは、仁と言う物ですな」
「・・・ヌエさん?」
いつの間にか震えていた肩を優しく抑えてくれるヌエ、その表情に映し出されるのは同情か、共感か。
「もはや人の道理からも外れ、畜生と変わらぬ姿、己の醜さを悔いるがいい」
「うるせぇ!俺は、力を手に入れたんだ!返せ、俺を返せぇぇぇ!」
動かない腕の変わりに口を開き、曲刀に噛みつこうと迫る。
その時のエリスは、以前聞いたキュウの言葉を思い出していた。
「人を変えるのはいつだって力だ」
「力?魔法の事ですか?」
「正解であり、不正解だ」
「えー、なんですそれ?」
「権力、財力、知力、魔力、全て力だ。この世の全ては自分を高める力であり、自分を貶める力でもある」
「またいつもの難しい事ですか?」
「そう言う事だ、覚えておけよ」
これが人を惑わす力。力に溺れた人の末路。
今の彼に言葉は通じない、すでに魔物と大差ない存在。
それでも、一瞬の躊躇い。
身体の動きに引きずられた腕から散った紅い血が、エリスの頬に付く。
微かな温かさを感じながら、エリスは覚悟を決める。
「いただきます」
「ガッ、ぶっ・・・」
曲刀を突き出すと、刃はカシラに食い込み、大量の血液を噴き出させる。
この世界に法律は存在しない、各領地の決め事はあろうと、人の定めた罪は無い。
けれど命を奪うと言うのはそれだけで錘となる。魔物も、魔族も、同じ命なのだから。
戦闘色の濃い回となりました。
血も出ます、人も死にます。当然ですね。
人の物語は生き、思い、動き、死ぬ。と言うのが持論でして。
これからもちょくちょく死人が出ると思います。
苦手な方には受け入れられないかもしれませんが、創生編でもっと酷い事してるし、大丈夫かな?(えっ
感想。おまちしてます。




