6口め
――しばらく部屋から出てこないのでは。
そう懸念されていたロイユは周囲の予想に反して、翌朝キッチンに立っていた。
「くぅん」
「ちょっと待ってね」
ロイユの足下には お腹をすかせたネロもいる。
「「おはよう」さん」と、シロガネとキリュウが気にかければ、ロイユは頭を下げて、勝手に使おうとしたことを謝った。
「いやいや、好きに使ってくれ」
足りないなら、と言いかけて、普段使わないキッチンに材料がないことに気づいたキリュウは慌てて買い出しに。
その場に残ったシロガネは、ロイユにゆっくりと歩み寄り、顔をのぞき見る。
「眠れたか?」
「……う、ん。だいじょ、ぶ」
「本当か?」
「……」
「ロイユ」
正直、顔色はよくない。
いくら同意の上であっても無理やり連れてきたに近い、と思っているシロガネは、ロイユの意見を尊重したくて、1つの提案をする。
「ここなら、どちらの派閥にもつてがある。おまえが望むなら、キリュウに掛け合ってもらうが……」
しかし、彼女には伝わらない。
今が精一杯の、自分の出生すら飲み込めていないロイユは、それが“遠ざけられている”と、変な受け取り方をしてしまって。
小さなすれ違いが生まれようとしていた。
*
なにもまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。
シロガネはベルミリオをマモノ狩りに出かけて、だだっ広いお屋敷にロイユとネロでお留守番――――させるのも退屈だろうと、キリュウが街を案内してくれた。
お屋敷から直でヒトが営む市場へ向かう。
ヴァンパイアが1番必要としない食品を扱う、買いに来る客もヒトばかりで、検問所とは正反対な場所だった。
「目の届く範囲で買い物をしてくれたら助かる」
ヴァンパイアがうろついて、威圧感を与えるのもどうかと、キリュウはネロとベンチに腰掛けた。
「おチビちゃんも聞き分けがよくて助かるぞ。イイ匂いがしたら、噛みつきたくなるもんな」
「がるぅ」
「おいおい、おまえさんまでシロガネみたいな反応するのか」
「がう!」
「言い方が悪かった。おチビちゃんは食いたいものを食っただけかもしれんが、俺たちの社会は金を払ってからじゃないといかんのよ」
がう? と、首を傾げるネロに、キリュウは必死で弁解する――――――さまを、市場の店主は微笑ましく見ていた。
「ここの代表には見えないでしょう?」
長い栗毛が綺麗な、店主のトトは終始にこやかな表情を浮かべて、ロイユに話を振る。
「すこし抜けてるところがあるから遠慮なく言ってね、うちの人」
「……うち、の?」
「主人がお世話になってます」
「えっ」
「ヒトとヴァンパイアが一緒にいることは不思議?」
ヒトの間でも、ロイユとシロガネの関係性は噂になっていた。
「だから貴女も、お兄さんと一緒にいていいんじゃないかしら」
けれど、元気がない理由は、兄と慕ってた人がヴァンパイアだって気づいてショックだったんだろうね、だ。
街が中立の立場であっても、ヴァンパイアに好意的でないヒトも少なくはない。街の外であえば、狩る側と狩られる側に戻るのだから。
「……兄は私のこと、煩わしくなかったんですかね」
ロイユがこぼした言葉は、周囲の予想と違っていた。
「ごはん、食べなくていいのに……私、ずっと……。無理、させてたんだって……」
むしろ自分がいたことで、こそこそ血を吸わなければならなかったこと。
ヴァンパイアにとって物を食べることは苦痛だったんじゃないか、と。
「――無理して、食べてた?」
今にも泣き出してしまいそうなロイユに、トトは問う。ヴァンパイアだと知って、己の行いを責める彼女に。
「苦しそうにしてた?」
――うまいな。
ロイユは首を横に振った。
「なら、お兄さんの分も作って、帰りを待ってていたいわね」
下がり気味だった肩が上がる。
「お兄さんの好物は?」
「こ、好物っ……?」
「貴女が作ったものなら、どれも美味しいって言う人?」
「ですっ」
「ふふっ。作り甲斐のある人なのね」
トトと会話しながら食材探しに前向きになるロイユの背に、キリュウは遠くから安堵していた。




