6口半め
キリュウの部下に買い出しした物を屋敷に運んでもらい、ロイユたちは引き続き、街を散策する。
街の中心部にある広場へと足を運んだ。
大きな噴水と、それを囲うベンチや花壇、出店もちらほら。ここで反対側のエリアについて教えてもらいつつ、休憩を取ることに。
「屋敷周辺とさっきの市場が俗に言う西エリアってやつだ。あとの3つはヴァンパイアの居住区になる」
キリュウは地面に丸い図を描いて、「昨日入ってきた北口はここ。南東の端っこが1番きな臭くて……広場から3つのエリアには行かないようにな」と、注意喚起を。
「あの」
ロイユはおずおずと手を挙げて、質問をした。
「お、おまつり? のときもですか?」
――彼らも全く食べないわけじゃないの。新月が近―づくにつれて、味覚も戻ってくるんだって。
そうして訪れる新月の夜にお祭りが開催されることを、トトから教えてもらっていた。
ヴァンパイアが完全にヒトに戻る数時間。一定の量を摂取していなければ、寿命を迎える死の瀬戸際ではあるものの、血の渇きを忘れ、酒に溺れられ、愛を育むこともできる、生のひととき、なのだ。
「変わらないものと考えてくれ。ただ、西と南の境目に特設会場が作られるから、そこは大丈夫だ」
あと数日もすれば、お祭りはやってくる。
「とまあ、こんなもんか。ちょいと休憩しよう。お嬢ちゃん、アイスは好きか?」
「あいす?」
「牛の乳を固めた冷たくて甘い菓子なんだが、ちょっくら買ってこよう」
「がう!」
「分かった分かった、おチビちゃんの分もな」
あいすの出店に赴くキリュウを視界に入れつつ、ロイユはゆっくりと広場を一望する。
トトの話を聞いたから、そう見えるだけかもしれないが、ヒトとヴァンパイが肩を並べて歩いているのは珍しくないようだ。
あいす、に限らず、なにかしらの甘味をヒトが食べ、すこしだけヴァンパイアが味見をする場面がちょこちょこ。口の端についた食べかすを指摘して、そのまま自分の口に持っていったりと仲睦まじくて。
小さい頃、ご飯粒をつけてはシロガネが取ってくれていたことをふいに思い出し、懐かしさに浸る。と同時に、噴水前にいる老人が叫んだ。
「今にノア様がお目覚めになる!!」
骨と皮に真っ白なローブを巻き付けたような老人は、目を見開いたまま。
「もうすぐだ。もうすぐ世界は劫火に包まれる!!」
自身の言葉を疑わない。
「選定した男女を方舟に乗せ、我々は大いなる火種になろうぞ!!」
思わず見入ってしまったロイユの視界に、また別の人が入ってくる。
「愛ある献血にご協力ください」
ロイユの前に1枚のビラが差し出された。
何の気なしに取ると、聖母のような笑みを浮かべて、また別の人のところへビラを配りに。
『血液に余裕のあるヒトは、ぜひ献血を。余命にお悩みの方は、一度ヴァンパイア財団にご相談ください』などの文言が書かれている。
ビラを配る人の中には、小さな血液パックを配る人もいた。子どものヴァンパイアややせ細ったヴァンパイアが列を成して、「今にノア様が!!」「ご協力ください」「ノア様!!」と――――なんだかカオスだ。
「がるぐるるっ」
唸るネロの前には、血液パックを貰えなかったヴァンパイアが、威嚇にも怯まず「少しでいいから血をくれないか」とロイユに近づいてくる。
「血が必要なんだ」
またひとり。
「病弱な弟がいるんだ」
そして、またひとり。
妻が。父が。姪っ子が、隣の住人が。
みな口々に、切実さを伝えて。
「もう1週間も、なにも口にしてないんだ」
「なあ頼むよ」
「俺たちを救ってくれよ」
ベンチを取り囲まれ、ロイユは逃げ場を失う。
ネロが本気で噛みつこうと姿勢を低くした、そのときだった。
「欲しいんならお嬢ちゃんに対価を渡しな」
あいすを買ってきたキリュウが一喝する。
「この街はそういう所だろ。金を工面できないようなやつは財団の世話になりゃあいい。マグメルから出ていけ」
キリュウに楯突く者はおらず、散り散りに。
「お嬢ちゃんも二つ返事で与えないようにな」
少しそばを離れただけでこうも囲まれるのか、と同族たちに呆れつつ、絶品を前にして大人しくしていられないのも分からなくはない。
「お、美味しいっ……」
「がうぅ!」
「これ、うちで作れたりするのかなっ」
「がう!」
だが、憂いた表情以外を見せるようになったロイユを曇らせることだけは避けたく、キリュウは鍵の束を取り出した。
自宅や検問所の倉庫など一緒くたにしているそこから、薄くて細い金属で作られたブレスレットを外して、ロイユの手首に通していく。
鍵との摩擦で擦り傷だらけのブレスレットには、鈍色の石がはめ込まれており、キリュウはそこに自身の血を垂らした。
「昔、ヒトのふりしてたやつが持っていてな。どういう仕組みなのかはさっぱりだが、石の部分に垂らした血のニオイをまとわせることができる代物、らしい」
ロイユはくんくんと匂ってみるが、
「ヒトには分からんよ」
ネロはロイユの足元をくるくる。身体をこすりつけて、自分のニオイをつけているような仕草が止まらなかった。
――薄まってきたら、シロガネにでも垂らしてもらうといい。これで多少は声をかけられないはずだ。
その効果は絶大で、屋敷に戻る道中の視線が気にならなくなる。
朝とは違い、軽快な気持ちで晩ごはんを作るロイユの変化に、帰宅したシロガネとベルミリオはすぐに気づくが――――
「お帰りな「キリュウになにかされたのかっ……!!」
食い気味にロイユの身を案じて、諸悪の根源がいる執務室にシロガネは突撃していった。
扉を蹴り破る音と「誤解だ!!」と悲鳴にも似た叫びは、ブレスレットの性能を揺るぎないものにするのと同時に、シロガネが煩わしさなんて微塵も感じていないことが分かった瞬間でもあった。




