5口め
「改めまして、よろしく!」の、改めてにピンときてないネロは さておいて。
3人と1匹となった道中は実に賑やかなものだった。
「ネロって子猫……じゃないよね?」
「がう?」
「そう、それ。猫は、がうって鳴かない」
「くぅーん」
「キミは犬には見えないんだなー」
「兄さんと私の間では黒豹の子ってことになってます」
「ロイユちゃん、やっぱりお嬢様? 虎とかライオンとか飼ってる?」
「飼ってないですし、おじょおさまじゃないですっ」
「またまたー」
シロガネは少し後ろを歩き、聞き手に専念する。
自分とロイユとでは体調を気遣うくらいで、これといった会話はなし。当然ながら、ネロが話題を振ることもなく、ベルミリオは良い潤滑剤だった。
だが、彼は腐ってもヴァンパイア。
飄々としているのは上っ面で、ロイユに迫ったときが素なのだ。
虎視眈々と血にありつく機会を狙っている――――わりには、躓くロイユを支えて紳士ぶる。
「危ない危ない」
「あ、ありがとうございますっ……」
「がうがう!」
「キミは支えられないんだから、下手に前に行っちゃダメだよ」
いつものくせで隣にべったりのネロを、シロガネは抱き上げた。
「おまえが支えるのはもう少し大きくなってからだ」
「がう!」
2人に並んで歩き出すシロガネに、会話は続く。
「仙人、モルグについてなんだけど」
――仙人、イヤ?
――呼ばれ慣れてないだけだ。
なんて、変に気遣われながら、
「現地ではマグメルって呼んだほうがいいかも。モルグってのはこっち側の呼び方であんまり、ね」
ヒトもヴァンパイアも、みな平等。
共存派のように支え合うのではなく、ヒトは血を売り、ヴァンパイアはそれを金で買う。
ヴァンパイアはマモノ退治を請け負い、ヒトはそれに対価を支払う。
そうして中立地域を確立したのがモルグ改め、マグメルなのだ。
「街に入るには検問所を通らないといけないんだけどさ、僕たちヴァンパイアはそこで〈マスク〉をしないといけないんだ」
「がう?」
「キミは分かんないなぁ」
「平等……」
「完全に口をふさぐわけじゃないんだよ。猛獣につける口輪って言ったら分かるかな? あみあみしてるやつ。自分たちはヒトに手出ししませんよっていうポーズ」
ヒトにまで付けていると、食事のたびに着脱+着脱するために検問所に行かなければならないという不便さで撤廃されている。
「ヴァンパイアがヴァンパイアに噛みつけばマモノだし、ヒトがヒトの血 吸ってもヴァンパイアだし、ヴァンパイアの血をヒトが吸えば灰になるんだし。ヒトが〈マスク〉をする意味ってあんまりないのかなって」
「なる……ほど……」
「あ、意外と詳しいーなんて思ってる。これでも見た目以上に長生きしてるんだよー? 仙人だって100歳超えてるでしょ?」
「えっ!?」
「100歳超えたら、良血 目の前にしても平気でいられるのかな」
そう まじまじと見つめるベルミリオも、見つめられるシロガネも、若い男性そのもの――――
物心ついたときから、兄はずっと兄だった。
ずっと。
ずーっと。
変わらない。
変わらなかった。
*
マグメルの検問所でマスクを装着するシロガネが、本当にヴァンパイアなんだと、ロイユは実感する。
「兄さん、痛くない?」
「大丈夫だ。見てくれより軽い」
ロイユに抱っこされるネロがそれを確認しようと前脚を伸ばした。
「おまえがぶら下がりでもしたら、さすがに重いぞ」
「がうがう!」
「兄さんなら大丈夫って言ってるみたい」
勘弁してくれ。と、口角を上げる兄は、やっぱり兄だ。
これからもきっと変わらない。
そんなことを思いながら中へ入ると、村とは比べものにならないほどの雑踏だった。
大半がヴァンパイアであり、出店が並ぶ大通りは多種多様なものが売られている。お面やタペストリーなど、外側に向けて売っているものも。見て回るだけでも楽しそうだ。が、視線が痛い。
「がるぐぐるっ」
ネロも居心地の悪さに威嚇をし始めて。寝込みを襲ったベルミリオよりも鋭い視線が、いくつも刺さる。
しかし、すぐさま目をそらされた。
「……?」
首を傾げるロイユの隣にはシロガネが――――般若の顔して立っていた。続くベルミリオが思わず「怖っ!!」と叫ぶくらいに。
「良いとこのお嬢さんにしては質素ね」
「誘致でもしたのかしら」
「オルドに攻めいられて、保護を求めてきたのかも」
食い入るような視線はなくなっても、ロイユに対する好奇の目どころか、雑踏を形成する数は増えていく。
「どけ、おまえら!! 大通りに留まるなと何度言えば分かる!!」
よく通る声が、雑踏を割った。
恰幅のいい褐色肌のヴァンパイアは「散れ、散れぃ!!」と人払いを。ロイユの噂を聞きつけた、この街の代表のひとりである彼も例のごとく、ごつめな〈マスク〉を装着していた。
そんなヴァンパイアを見るや、今度はシロガネが首を傾げた。
「……キリュウ?」
「あん?」
気安く呼ばれ、不満そうに眉がぴくりと動くが。
「シロガネっ!? シロガネなのかっ!? 純血連れて厄介事を持ち込みそうなヴァンパイアが、おまえ!?」
「そう見えるか?」
「おまえじゃなかったら見えてた!!」
すまんすまん、とキリュウと呼ばれたヴァンパイアは歯を見せて笑った。
「何十年ぶりだ? すっかり丸くなってて見違えたよ」
「「まるく?」」「がう?」
「そんなに引っかかることか? っと、まあ……立ち話もなんだ」
野次馬に囲まれることの居心地の悪さに「お嬢ちゃんも連れのあんちゃんも、でっかい黒猫も、みーんな俺の屋敷に来い」と、キリュウは場所を改めた。




