4口め
獣道とまではいかない道を通って、山を下った先。
麓にある簡易宿舎で今日は休むことに。
2階立てで寝泊まりできる部屋が多数、簡素なキッチンと東西を行き来する商人が日替わりでいたりする。
「1部屋借りたい」
「何泊だい?」
「1泊だ」
「銀貨3枚だよ」
「その分、労働で支払いたい」
「間に合ってる。金にしておくれよ」
「なんでもする」
「滅多なこと言うもんじゃないよ。身体は大事にしな」
店主の老婆はしっしっと手を払った。
年老いた彼女が1人で切り盛りできるくらい、この宿は暇なのだ。労働よりも金目のものを必要としていた。
「あのさ」
今日は珍しく、もう1人宿泊者希望者が。
頑ななシロガネに後ろから声をかける。
「1泊分出すからさ、俺の手伝いしない?」
シロガネよりも若く見える青年はマモノ専門のハンターだ。
マモノの絶命時に生成される〈ブラッドコイン〉なるものを集めている。
「希少な金属片で、鉱物が手に入りにくい土地だと高く売れるんだよ」
「がう!」
「おっ、鼻の利きそうな子もやる気になってるし、よろしくね」と、足下をくるくる歩くネロの頭を皮手で撫で回した。
「ネロって言います。私はロイユ。兄のシロガネとネロのこと、よろしくお願いします」
「これはこれは、ご丁寧に。僕はベルミリオ。しばらく2人をお借りするよ」
茶髪でゆるーい癖っ毛、物言いも柔らかく、シロガネとは対照的なベルミリオだが、腰にぶら下げている、使い込まれた2本の短剣に青二才は感じられなかった。
*
3人が出かけ、宿で1人お留守番のロイユはお手伝いを申し出た。
「針仕事、ありませんか?」
力仕事はなくても、細かな作業だったら。
――年を取ると見えづらくてねぇ。
村のおばあちゃんが しかめっ面で麻袋の緒を解いていたのを思い出して。
……。
店主は少し考える素振りを見せた。
「すみません、手持ち無沙汰で……」
断られたらなにをしようかと思い悩めば、
「解れたシーツに当て布はできるかい?」
できるなら、さりげなく。
修繕したところが分からない――まではいかなくても、『修繕しました』と貧乏くさくなるのは嫌だと。
ロイユは端切れをもらい、パッチワーク風にワンポイントで仕上げてみた。
「かわいいじゃないか」
「可愛すぎ、じゃありませんかねっ」
「殺風景な部屋には良いアクセントさ、ありがとうね」
1階の店主の部屋で針仕事をしていると、ネロの鳴き声が聞こえてきた。
「がーう!」
「早いおかえりだね」
中に入ってこないネロを迎えにいくと、自分の身体と同じくらいの麻袋と横並びで待っていた。
泥だらけのネロと、その後ろには麻袋を引きずってきたであろう跡。
今晩の材料をいち早く届けてくれたようだ。
「畜生とは思えないね。汚れるのを気にしてるなんて」
「がうがう!」
「褒めたんだよ」
「がーう!」
「湯を沸かそうかね。井戸の水は洗い流すには冷たすぎるから」
店主がネロを洗ってくれている間に、ロイユは食事の支度を始めた。
麻袋の中にはまた麻袋――――土をはらった芋と、下処理が終わった鳥やウサギが。鳥の内臓に詰められた塩を使い、肉と芋がごろごろ入ったスープを作る。
ネロには食べづらくないよう、芋を潰して、ペースト状のものを。
場所が違えど、兄が狩りをして、ロイユがごはんを作る生活は変わらず。
漠然とした不安はなかった。
「一緒に食べませんか? お鍋いっぱいにできたので」
「食事くらい家族でしな」
「ベルミリオさんもいます!」
「若いもん同士でお食べよ」
「じゃ、じゃあお裾分けだけでもっ」
「意固地だね」
小さなお鍋によそって、少し押しつけた形となってしまうが、店主はやれやれと満更でもない表情を浮かべて、受け取ってくれた。
「ロイユちゃん、年上キラー?」
何度かここを利用したことあるベルミリオは、店主と打ち解けたロイユに一目を置きながら、食事を共にする。
「シロガネさんたちってモルグに行くんだよね」
「あぁ」
「商業が盛んな都市なのに、無一文?」
「マモノのことを考えれば、この付近よりマシだろう。今日は世話になった、礼を言う」
4人で相部屋だったのが、店主のご厚意で広めの部屋にベルミリオとシロガネで。ロイユはネロを連れて、1人部屋で休めることとなった。
その夜。
みなが寝静まった深夜に、動く影あり。
ネロは全く反応しなかった。
ロイユの部屋にこっそり侵入し、彼女に馬乗りに――――叫ばれる前に口元を押さえつけ、ひとまとめにした手首を頭の上にもたげれば、カーテンの隙間から漏れる月明かりに、緩い癖っ毛が照らされる。
「――っ!?」
ベルミリオだった。
「ちょっとでいいんだ、血ぃくれよ」
シロガネにもやってんだろ? と、首筋や鎖骨に舌を這わすが、噛み痕なんてあるはずもなく。
「嘘だろ、仙人かよ」
生唾を飲み込んで、八重歯をあてがおうとした。が、ベルミリオ以上に気配を消したシロガネの登場で、すべてが未遂に終わる。
「薬の盛り方が雑だ」
ロイユの手前ボコボコにはせず、縄でぐるぐる巻きにするが、ベルミリオは飄々とした態度を崩さなかった。
「こんな上物 前にして吸わないって、馬鹿なの?」
「死にたいのか?」
「いいじゃん、ちょっとくらい! 一滴っ、い・っ・て・きっ!!」
「しつこい。人目を気にするなら部屋でウサギなり吸えばいいだろ」
お互い、ニオイで同族――――だとは、最初から分かっていた。
「仙人には分からないだろうけど、俺は偏食なの。準純血以上じゃないと身体が受け付けないのっ。だから金が必要なーのっっ」
深夜なので声は張れないが、切実なのは伝わってくる。
「そこいらに ぽんぽんいないんだよ、準純血以上なんて。ロイユちゃんが特別なの! なんでヴァンパイアつれて、こんなところウロウロしてんの」
「わ、私っ?」
「……訳ありのお嬢様なら、今のうちに恩、売っとく?」
今度は自分自身に問いかけて、「俺も換金のためにモルグに行くし。もし、ちょーっとでも怪我したら、御慈悲が貰えるチャンスかもだしー!!」
ひとりで興奮して、ひとりで話を進めるベルミリオに、シロガネは大きなため息をついた。
「仙人もさ、俺がいたほうがマモノ狩りできるっしょ。軍資金あったほうがモルグでの生活も楽になるよー?」
ちゃっかりしているというか、口が上手いというか。
「ロイユちゃん守りながらマモノ狩りとか、さすがに無理よ。ってことで、交渉成立!」
よろしくお願いしまっすぅ! と、勝手に縄を解いて立ち上がった。
「あ、でもマジで信じられないよな」
シロガネがロイユの前に立つ中、ベルミリオはどこからともなく野ウサギを取り出し、勢いよく吸い上げた。
ごくん――と、大きく喉を鳴らせて、みるみる青ざめていく顔色にロイユとシロガネは慌てる。が、すぐさま準純血のパックを吸って、口直し。
「あー……あー……」と、苦しそうに肩で息をするあたり、嘘はついていないようだ。そもそも血の質も分かるヴァンパイアの前では虚偽もクソもないのだが、ロイユに分かりやすく説明するベルミリオの姿勢に、シロガネも偏食を認めるのだった。




