2口半め
次の日も、シロガネは朝方に帰ってきた。
その次の日も、またその次の、次の日も。
そのうち、昼前、昼過ぎ、と森に滞在している時間も長くなってくる。
少し寝て、少し食べて。
ロイユの前では見せないが、薬草の減りが著しく、怪我もしているようだった。
「行ってくる」
「くぅん……」
心配なのはネロもだ。シロガネが仮眠をとっている間、ずっとそばにいる。
裾を引っ張って止めようとしたこともあったが、そのたびに優しく頭を撫でるのだ。
「ロイユを頼んだぞ、ネロ」
「がうっ」
そう必ず念押して、また森へ。
*
ヒュン、ヒュン、ビュンっ!!
軽快だった音は、時折凄みを帯びるようになってきた。
矢がわりの枝を拾う、ネロの往復する距離も広がり、自分だけがなにもしていないような、もどかしさがロイユの中に渦巻いていた。
ソヴィータは畑仕事に支障が出ないよう、早めに起きて、ロイユが来る頃には弓の練習をしている。
それに比べて、自分はシロガネを心配している、だけ。
村の現状から止めるべきではないと転嫁して。
「わ、私っ、薬草採ってくるっ」
「ロイユ?」
「残り少ないの、思い出してっ」
「がぅ!」
――危険だよ!
そんな風に吠えられる。
「兄さんが森で退治してるからっ、入り口あたりはきっとっ……」
「がぅ!」
「ネロ、協力してっ。マモノが近くにいたら教えてほしいのっ」
「がぅぅっ」
「アタシも行くわ! もしマモノが現れたら、干し肉付きの矢を放つってのはどう? その隙に逃げましょ!」
「がぅ……」
「無茶はしないから、ね?」
――ロイユを頼んだぞ。
ネロはシロガネとの約束を守るため、薬草採りに賛同する。
見晴らしの良い小川沿いを歩いて、薬草を探しに。
森の入り口には、それらしきものは生えていなかった。
“どこにでも生えているものではない”
ロイユはまた1つ学ぶと共に、シロガネに頼りっきりだったことを痛感する。
そして、森が異様に静かなことも。
川のせせらぎ以外、聞こえない。
鳥の1羽も鳴いていなかった。
「意外とないものね」
「がうー」
けれど、ロイユはどんどん進んでいく。
砂利だった地面が土に、木々がどんどん空を覆い、小川はちょろちょろと流れる1本の水流になる。
ネロの耳が立った。
ロイユの裾を引き、ストップの合図と視線だけを動かした。ロイユとソヴィータもネロの目線の先を見る。
茂みの中――――を歩くシロガネの姿。
いたるところが血で汚れていて、泥臭さとはちょっと違う。
声をかけるのも躊躇ってしまうような物々しさに、普段の兄がいかに柔和であるかを知った。
そんな彼が踵を返せば、水辺近くの岩場へ腰をおろした。
そこには先客がいた。
痩せこけた親子。
彼らに野ウサギを手渡して、母親はそれを我が子の口元へ。
がぶり、と。
大きく開けた口には、異様に伸びた八重歯が光っていた。毛むくじゃらな獲物を食べているのではない。
啜っているのだ、血を。
生きるために。
必死に。
――――不思議と怖くなかった。のは、ロイユだけで、ソヴィータは叫びそうになる口を必死に押さえていた。
“想いを寄せていた人がヴァンパイアを助けている”
ソヴィータはショックだったに違いない。
村のためにマモノと戦っていたのではなく、ヴァンパイアの親子のために、寝食を削って猟をしていただなんて。見て見ぬふりはできなかった。
その晩、村長は重い腰を上げ、ロイユたちの家を訪問する。
帰宅した彼は逃げも隠れも、なんの弁解もせず、村長の物置でしばらく軟禁されることになった。
「ロイユはどうするんだい」
「あの子はなにも知らされてないみたい」
「まさかシロガネが……」
「そんなことより、森にいるヴァンパイアをどうするの」
「ソヴィータの話だと親子のヴァンパイアだって」
「2人もっ……」
「弱ってるうちに殺さなきゃ――――」
大人たちの小言はロイユにも聞こえてきた。
2人きりになった家で、ネロに問う。
「……どうして助けちゃだめなんだろう」
「がぅー?」
「あの親子は兄さんを食べなかった。兄さんが持ってくる獲物より、兄さんのほうがたくさん食べられるのに……」
利己的に動くどころか、子どもを優先して。
「ソヴィータにも言ったんだよ。でも、聞き入れてもらえなかった。動けるようになったら、村を襲うに違いないって」
八重歯以外、なんらヒトと変わらなくて。
「そんな風に見えなかったのは、私だけなのかな……」と、過剰に警戒する理由が、ロイユにはどうしても理解ができなかった。




