15口め
鬱蒼とした森の奥深くにある洞窟を抜けた先に、偏食家・ミネルヴァの集落はあった。
噂が噂なだけあって、単独でいるものとばかり。
外も中も灰まみれ。
ほの暗い、古びた館にヴァンパイアを捕らえ、食べ頃になる時まで飼い続けて…………――など、いなかった。
複数の木々が絡み合ってできた大木が凹地を覆い隠して、心地いい木漏れ日とそよ風が集落に送られる。
済んだ空気が常に循環して、澱む隙も与えない――――そんな大木の、根っこの空間と、大木を囲むように点在する円柱型のテントに、老若男女のヒトやヴァンパイアがのびのびと暮らして。
先に避難していた、グ・ゴゴたちの姿もあった。
「ミネルヴァ様が戻ったぞ!」
「おかえりー!!」
「準備はできていますので、どうぞこちらに」
白衣を来たご老人に言われるがまま、双子はシロガネを根っこの建物へ運び入れ、木の台に横たわらせる。
「ご苦労だった、盗人ども。おまえたちは隣の部屋で怪我の手当てだ」
「……いらねえ」
「喰わんと言っておろうが。手当てを受けろ、灰になりたいのか」
レインは渋々、ルキスは黙って、ミネルヴァの指示に従った。
後ろめたさよりも、怪我の深刻さが上回る。
全身ボロボロな2人の、とくに上半身が酷くて。原型を留めていないほど朽ちた衣類が傷口にべったりと張り付いて、ロイユの血でなんとかなるものでもなく。
ミネルヴァは、不敬行為のないロイユには丁寧な物言いだった。
「貴女の手も借りたい。ご助力、願えるか?」
双子には近づきたくない事情があったにせよ、シロガネやベルミリオだって避けた偏食家に八重歯はない。
噂だけが一人歩きしたんだ、と。
どんな人物か分からないまま、ロイユは石製のカミソリをミネルヴァから受け取った。
「貴女の持つブレスレットに、貴女自身の血を垂らしてほしい。そして、シロガネに触れてほしいのだ」
ほんの少しでいい、と言われるが、垂らした分だけシロガネの力になるなら惜しむ必要はない。
「抵抗がなければ、顔回りを触っておくれ。そう、生まれた光がそやつに吸収されるまで――――」
ゆっくり浸透していくが、意識は戻らなかった。
「外傷がひどいようだな。早急に湯を、もっと薬草を頼む!」
「承知いたしました」
慌ただしくなっていく中、ロイユはさらに血を垂らそうと、手のひらにもう1本、赤い線を引こうした。
ミネルヴァはその手を止めて、
「もう十分だ」
「私は大丈夫です。もっと手伝わせてくださいっ……!」
「それ以上は貴女が倒れてしまう。抜いた血はすぐ戻るものでもない」
「でもっ!!」
薬草を塗りたくり、包帯を巻く。
「深く切っている。あまり動かさないように。他の吸血鬼にはなかなかの刺激になる」
そう念を押して、今はゆっくり休むよう用意された部屋へ通された。
*
ふかふかの藁にシーツがかけられたベッドは、見た目以上に柔らかくて疲れた身体を包み込む。
けれど、守られてばかりで大きな怪我のないロイユは、自分は疲れていないと、すぐに身体を起こした。
なにかしたい。
役に立ちたい。
いてもたってもいられなくなり、ロイユが行き着いた先は、双子が治療を受けている部屋だった。
「あなたはもうひとりのほうをお願い」
そう言われて部屋を出ていく人と入れ違う。
2人がかりで包帯を巻かれていたのはルキスで、『もうひとり』は きっとレインだ。
心配そうにやってきたロイユを追い返さず、しばらく沈黙の中での手当てが続いて――――居心地悪そうにしているルキスは、オルドを脱出した時よりも、ひどい顔色だった。
怪我も、シロガネの次に深手で、背中の傷はまだ熱を持っている。
「横になるときはうつ伏せること。分かった?」
「……あぁ」と素で返すあたり、いつもの余裕はない。
けれど、それを知るのはロイユだけで、治療を施す女性たちはとくに気にする様子もなく、「弟さんのところに行ってくるわね」と足早に部屋を出ていった。
再び沈黙が訪れる。
項垂れたルキスは小さな溜息をついた。
ロイユの「大丈夫?」に対して、「まぁ」と。
素のままで言葉を濁す彼は、ベルミリオの思惑に気づけなかったことを詫びた。
「――姉がいるって話したの、覚えてるか?」
いきなり飛躍した話に、ロイユは首を傾げながらも、「ドルさん?」と質問に答えた。
「もしかしたら私の血で元気になるかもって……」
ドル姉と呼んでいたから、ドルさん。
しっかり覚えているロイユに、ルキスはまた満たされていく。
「自力じゃ飲み食いできないドル姉を診てるやつがいるんだが、俺たちはそいつに言われるがまま、血を集めたり、必要なものを掻っ払ったりしてて」
ロイユの頭に、『それがベルミリオさん?』と一瞬浮かぶが、口にはしなかった。
「そーいうヴァンパイアを何人も囲ってる。ベルミリオもそう」
違うのは、彼が、『診ているやつの右腕』であること。
死にかけのヴァンパイアには大量の血が必要で、ベルミリオは足りない分を補うために良質な血を集めていた。
ベルミリオが守銭奴なのはそのためで、金で購入するほうが確実だったから。
しかし、ロイユという、手の届きそうな純血欲しさに、誘拐を企てた主犯でもあった。
ルキスとレインはその補佐役。
『お姫様』と呼ぶことに引っかかったシロガネは正しかったのだ。
作戦失敗で部屋に押し掛けてきたのも、オルドから脱出する際の無双も、すべては純血を拐うため。
「――――だと思ってんだが、土壇場で拐ったのはネロで、出し抜かれたのは俺たちだったのかもな」
ドルミナの奪還。
平等な生活。
二兎を望んだ結果は古の言葉通りだ。
なにも言わず、兄を先に手当てしてほしいと頼み込んでいたレインに合わせる顔も、ロイユに心配される資格もなかった。
「え、っと……ルキスさんはネロの居場所が分かるかもって、こと?」
それが伝わったのか、ロイユはベルミリオとの関係性から、今できることを模索しようと言葉を絞り出した。
「そこにはドルさんもいて……」
けれど、今度はロイユの様子がおかしくなっていく。
「どうした?」
目を逸らし、わなわなと震えながら、消え入りそうな声で「ごめん」と謝って。
「――――私にできることは、ルキスさんが嫌がること、だからっ……」
「俺が?」
「……っ」
言葉を詰まらせて頷くだけの彼女に、ルキスは続きを強請った。
逃げてしまわないように、優しく手を引いて。
「ネロが……拐われたのはっ……ルキスさんのせいじゃなくて。誰かが悪いなら、私もっ……追うことはできたからっ……」
責められるどころか、ロイユは自分を責め始めてしまい、支離滅裂に。
「でも……追うだけじゃ……2人はっ……力が、私にはっ……。血をあげるから……戦ってほしい、はっ……」
――――ヒトらと同じことを言うのね。
出会って間もない頃に投げかけた言葉は、確かに嫌悪感むき出しで言い放った覚えがあった。が、それこそ、今は――――腕を引き、自分の膝の上にロイユを座らせ、ルキスはまた胸に抱く。
「……ロイユだったら嫌じゃない、って言ったら?」
大抵のヴァンパイアを骨抜きにできる血脈なくせに。
その価値も、振る舞いもしない、純朴な彼女が愛おしくてたまらない。
ロイユと違って それを真っ直ぐ伝えられないルキスは、うっすら痕のある彼女の首筋に顔をうずめ、無防備な唇に甘く噛みついた。
滲み出る程度の血でさえも、痛みを消してくれる。
ロイユが抵抗しないことをいいことに、舌先でゆっくり味わえば――――――匂いにつられてやってきたレインにぶちギレられてしまった。
「こんなときにイチャイチャしてんじゃねえ!!」
「し、してません!」
「顔真っ赤にして説得力ねえんだよお姫様! それともなにか、シロガネに怒られたくて、うちのルキス だしにしてんじゃねえだろうな!!」
「してませんっ」
比較的、といっても傷だらけなレインは、ここのヒトからの血液で事足りたようで元気そうだった。
「騒がしいな、少しは眠るんだ」
ミネルヴァもやってきて、レインは頑なに拒否った。
手当ても、美味しく食べるための処置だと疑わず。
「同族喰いのお膝元で眠ろうなん――」
そんなレインごと、ミネルヴァはお香を焚き、眠りに誘った。
ネロの暴走から丸1日、不眠不休で手当てをしていたロイユも休ませるために。




