16口め
大木に遮られた青空は、太陽が昇っていることは教えてくれる――――が、それが明朝なのかは、さっぱりだ。
「さあ、遠慮しないで食べておくれ」
目覚めたロイユ、ルキス、レインの3人は、時間が定まらないまま、ミネルヴァから食事に誘われた。
白米に お味噌汁、焼き魚に卵焼き、と馴染みのない食べ物が脚の低い円卓〈ちゃぶ台〉に。靴を脱ぎ、藺草を編み込んだ床に座って食べるスタイルも斬新で、双子の警戒心はMAXだった。
「気をつけなさいよ」
「雑食だったりしてな。お姫様も喰えるって」
安易に手をつけないよう、ロイユにぴったりくっついて、耳打ちする。
そんな様子をミネルヴァは笑った。
「これほどまでに怯えられるとは。偏食家冥利に尽きる」
2本の細い棒〈箸〉で器用に卵焼きを持ち上げて、ぱくり。
「美味だ」と、しっかり咀嚼して飲み込む彼女は、実に自然体だ。
「不思議な見てくれだろう。稲の実を炊いたもの、豆のスープ、魚は……魚だな。これらが巡りに巡って吸血鬼になるのだから、噂とは まこと面白い」
見よう見まねでロイユも卵焼きを戴けば、繊細な味付けと、噛めば噛むほど感じられる食材の甘みに箸が止まらなくなる。
「――あまじょっぱくて美味しいっ」
「口に合ってなによりだ」
なんの抵抗もなく食べるロイユに目を細めて、ミネルヴァは双子にも血抜きしていない野ウサギの刺身を勧めた。
「我々だけでは味気ないだろう」
小細工なしの生肉なのは、ニオイで分かる。
ミネルヴァに他意はない。
彼女はただ共に食気がしたい、だけ。
しかし、ロイユが餌にならないのなら、今すぐにでもここを発ちたいのが、双子の本音だ。
「皆まで言わねば分からんか。急いては事をし損ずる。あの若人がノアを拐かして一日、表立った変化はない」
「表立ってからじゃ遅ぇだろうが」
「おまえたちには有利に働くと思うが?」
「どういうことだ」
「あの若人は〈魔力〉の在り方を知っている」
「……在り、かた?」
「あぁ、やはりおまえたちは知らないのだな」
聞く耳を持ち始めた双子と、自分にできることを模索し続けるロイユに、ミネルヴァは一呼吸置いた。
どこから話そうか。湯飲み茶碗に揺れる水面を見つめていると、彼女の側近たちが近況報告にやってくる。
「集落の一時封鎖、完了いたしました」
「被害なし、マモノの進入もなし。オルドの兵士も見当たりませんでした」
「息災でなにより」
「しかしながら、オルドの残兵に引き返す素振りがないとの報告も多数」
「……諦めの悪いことだ」と呆れつつ、世間ではヴァンパイアが牛耳る森とされているため、大義を振りかざしながらやってくる可能性は十二分にあった。
「警戒を怠るな。だが、こちらに来ると分かったらすぐ撤退せよ。やつらは飛道具を得意とする。正面切って戦うのは愚策であるぞ」
備蓄は。
闇市は。
ザナへの侵攻は。
あらゆる情報を元に対抗策を考え、側近を送り出す。
「長らく生きていると、あれよこれよと考えてしまってな」
その手腕と外見とが伴っていないミネルヴァは、ヴァンパイアではなく。「……とは言え、ノアやノア教のじいさまに比べれば、ひよっこも同然だ」と、魔術師であることを仄めかした。
「五感を研ぎ澄ますことはできても、ノアような魔法は使えない。そういった中途半端な長生きなら、ノア教の本山にごろごろいる」
――我らを火種に、新たな世界をお作りください。
一縷の望みに賭けて、ロイユは口を開いた。
「世界を火の海にしたい、から。だから……ネロを――魔法が使える子を〈ノア〉にするために……捕まえ、てた?」
ミネルヴァはゆっくり首を横に振る。
「はずれだ。ノアは――」
ちゃぶ台を強く叩きつけて、レインが吠えた。
「ネロだ。あいつはっ……ノアじゃねえっ……!!」
その必死さが認めているようなもので。
「察しが良くて助かるよ。あの子がノアなのだ。長寿への追求の果て、魔術師たちの堪忍袋が爆発したことによって引き起こされた災厄の根源なのだよ」
「自分のことは濁すくせに、ネロのことははっきり言うのね」
ルキスからの指摘は〈魔力〉について話を戻すのに、良い機会だった。
「おまえたちの言うネロと我らとでは、保有量が全く違うのだ。無から何かを生み出すには膨大な魔力を要し、私の持つ魔力をすべて使ったところで、水1滴精製できればいいほうだろう。魔力が枯渇すれば、魔術師だって死ぬ。この世の生きとし生けるもの、すべての原動力なのだからな」
だからベルミリオは、ネロを拐った。
多大な魔力を、原動力にするために。
「急く必要はないだろう?」
「……俺がアンタを喰ったらどうなる」と、お伺いを立てるレインに、ミネルヴァは感心する。
「聡明でなによりだ。ただ喰らうだけでは供給過多。魔力と肉体のバランスが崩れてマモノになるだろう。保有量が決まっているから、ヒトや吸血鬼の括りがある」
「直接吸っちゃダメなんですよね……?」
またひとつ疑問が生まれるが、ミネルヴァは自身のブレスレットを顔の前にもたげた。
「双子らの長は知っているはずだぞ、この石の活用法を」
「石、だと?」
「石版と言ったほうが分かりやすいかな? 各地にいる豪族のほとんどが意味も知らずに所持している代物だ。おまえたちはそれを盗みまわっていただろう」
「ミネルヴァさんっ、それはっ……」
「責めはしないさ」と、しっかり怖がっていた双子をまた笑い、石について詳しく説明する。
「厳密には石のような物質だ。創造神に遣わされた〈愛〉の亡骸なんて囁かれ、ノアの劫火に耐え抜いた。今も本山には首や腕、羽根のもがれた石像が置かれているが、中は ほぼ空洞だな。ノアを封じる際に切り出したものの、次第に『災厄級の魔術師を生かしているはずがない。ただの戒めだ』と、災厄を退けることだけが伝承し、純血と共に豪族に送られている」
「……純血と共に?」
「お姫様みたいなヒトの子どもを、魔術師が管理してんのか?」
「御名答。魔術師との子は、親がどんなに短命であってもヒトの肉体ギリギリまで魔力が満たされるのだよ。ノア教はそうして、集落をまとめている者に送っては寿命を延ばそうとしている組織と言っていい」
聞こえだけはいいな、と鼻で笑うミネルヴァは心底馬鹿にしていた。
「番の純血さえ災厄を乗り切れば後生に繋げられると、本に浅はかだ。ノアの炎を浴びたところで焼け死ぬだけ。愛の亡骸を介して、初めて〈魔力〉となる」
ロイユが頭を抱えるようにして、ネロの燐火を受けたのは正解だったということ。
小粒のブレスレットでは〈魔力〉が保持できず。少量ながらに複雑な魔力の集合体〈血液〉はゆっくりと〈魔力〉に戻っていくため、纏っているような状態だったのだ。
「言わば変換器である石版を使いこなせば、瀕死の吸血鬼だけでなく、ヒトにとっても救世主であろうな。おまえたちが逆らえないのも、言いなりになるしかないのも納得がいく」
「……だったら、なに?」
終始笑っているミネルヴァが、ルキスの勘に触る。
「藁をも縋る思いで、そいつに言いように使われてるアタシたちを哀れだって言いたいの? 集めた血がどんなに僅かになろうが、渡せる形にできるあいつに頼ることしか――――」
できなかった時と訳が違う。と言い掛けて、ルキスに疑問が生まれた。
「……わず、か?」
何度かロイユから受け取った、温かな光が〈魔力〉なら――――それは遜色ないもの、だった。
そしてそこに、意識の戻ったシロガネが合流すれば、双子をこき使う〈長〉とやらの人物像がはっきりと見えてくる。




