14口半め
“マモノを追い払うだけで手一杯だったのが、魔術師ひとりでこうも変わる”
時折後ろを振り返る、病み上がりの驚異を気にかけるレインに、ルキスは速度を合わせて改まった。
「ロイユじゃなくてドル姉にしない? 拐うの」
レインは眉間にしわを寄せるが、否定はしなかった。
「そのあとは。自力じゃ吸えねえんだぞ、姉貴は」
「そこはロイユと協力する」
「姉貴の口ん中にお姫様の血 しこたま入れる気か? 窒息すんぞ」と、鼻で笑いながらも語尾は強かった。
「協力するって言ってるでしょーが。でも、よーく考えて。お兄サマとネロをねじ伏せられる?」
「……。てめえが絆されたっつーことだけは分かった」
「あらやだ。お互い様でしょ、そこは」
ただ利用するよりも共に過ごして、一喜一憂することのほうが〈生〉を実感できる。
ドルミナと3人で生きていた頃のように。
そしてそれがまた叶い、周囲には平等に扱ってくれるロイユたちがいて。自分たちには無縁だと思っていた『いがみ合いのない生活』が送れそうだ、と。
――――しかし、事はそう、うまくはいかなかった。
南から来る多勢に暴風を送るネロを、西の死角から狙う部隊がいた。
魔術師であれ、相手は子ども。
忍び寄る工作員にネロは気づかない。
より濃い血でできた弾丸が放たれる。
奇しくも同じ、右の肩口に。
さらなるヴァンパイアの血液が。貫通せず体内に溶けだし、幾何学的な模様がネロを侵蝕する。
『我らがなにをしたというのだ』
『ただ生きることが、こんなにも罪なのか』
生きたまま身体を開いたとて。
魔術師の血肉を喰ろうたとて。
木乃伊にして薬にしたとて、知り得はしない。
節操なしに生き継いだ彼らに尊厳はないのだろう。
爪を剥がされ、
指を折られ、
腕を切り落とされる。
足も同じだ。
長寿の秘訣、とは。
口を割るまで続く行為に、我らは絶望した。
『あぁ口惜しい』
そう重ねた〈愛〉が、すべて焼き尽くしてくれよう。
惨い情景が走馬燈のように駆けめぐれば――――もうそこにネロの意志はなかった。
狙撃部隊を発火させる。
重火器ではなく、ヒトそのものを。
南の麓まで後退していたオルドの兵たちにも火をつけ、森ごとすべてを灰に帰す。
そして、撃たれたネロを心配してやってくるロイユにも。
――怪我して手当ての対価は、長寿の秘訣。
いつかの魔術師がされたことを彼女に重ね、雷を放った。
「ロイユちゃん!!」
突っぱねたベルミリオが一身に。黒こげにこそならなかったが、バチバチと音を立てて地面に伸びていく。
「ベルミリオさんっ!! ネロやめて!!」
「――……」
見開く瞳には、なにも映らない。
かざす手に青い炎が浮かび、飛んできた矢を燃やす。
「兄さん!!」
「ネロから離れるんだ!!」
ロイユから矢に――――それを射るシロガネに、ネロの意識が向く。
その隙にルキスが後退させようとロイユの手を引き、レインもネロの前に立った。
「おまえの家族だろうが!!」
鋭く放たれた風が、レインの腕や足を傷つける。
それでも、彼は怯まず叫んだ。
「しっかりしろ、ネロ!!」
レインに呼ばれて、ぴくりと反応する。が、すぐさま混沌が皆を串刺しにせんと無数の氷柱を地面から突出させ、そこへ風を、雷を、炎を放った。
広範囲に乱反射してくる雷撃――――に、ルキスはとっさにロイユの手を離した。
ロイユが感電しないよう、その背で受け止め、時間差で上がる血飛沫に意識が途切れそうになる。
(倒れるわけにはいかないのよ……!!)
ネロは止まらない。
じわりと広がっていく幾何学的な模様が首筋にまで達しようとも。
それが、マモノ化が進行しているように見えてならなくて、なんとしてでも止めなければ、と気ばかりが急いた。
レインがネロの背後に回る。
そちらに気を取られている間に、シロガネが間合いを詰めて。
鳩尾に1発――――入れようとした、その拳にも無数の氷柱が突き刺さる。
痛みで怯んだ、その一瞬に、ネロはシロガネを返り討ちに。風の塊を腹部に投げつけ、足下に転がせば、その勢いのままルキスとレインに雷をまとわせた火の玉を投げ飛ばした。
熱によって氷柱が溶け、ほとばしる水蒸気に雷が縦横無尽に暴れ出す。
逃げようのない攻撃に全身が痺れ、動かなくなった的に手をかざす。
「やめてネロっ!!」
「――……」
そう呼ばれる度、焦点がぶれる。
ただ魔法が使えるだけで幽閉され続けているにも拘わらず、この世を焼き払うことに抵抗して。
未だ口を利く少女を灰にしてしまえば、彼の者を縛るものは無くなるだろう――――と、標的が変わる。
「「よせネロ!!」」
ルキスもレインも、もう立ち上がれなかった。
蒼々たる炎がロイユを襲い、周辺もろとも――――とはいかず。顔の前でクロスさせた腕に光るブレスレットが、それを飲み込んだ。
一瞬、なにが起きたのか。
恐る恐る目を開けるロイユの意志とは関係なく、今度はそこから淡い光がパンッとはじき出された。
ネロはそれを砕こうと雷撃を放つが、その魔法すら打ち消して、彼を包んだ。
間髪入れずに繰り出していた、攻撃の手が止まる。
金縛りにあったかのような、その一瞬をついて――――背後の影が蠢いた。
ネロの影から生まれるように現れた、白い小袖に袴姿の銀髪の女性は、彼のローブの肩口を引き裂くや、撃たれたところを思いっきり吸い上げて。
ベッ――と吐き出した毒は、嘆く顔がこぽこぽと沸き、彼女が踏みつぶして、ようやく血液に戻った。
「こんなおぞましいもの、ノアでなくとも狂気に飲まれよう」
力尽きたネロを横たわらせ、「大事ないか?」と歩み寄ってくる女性は、シロガネやベルミリオと変わらないくらいのお姉さんで、見た目よりもずっと落ち着き払っていた。
「あ、あの……」
「森まで焼かれては適わんからな。止めに来たのだ」
噂の偏食家は地面に伏せる双子にも目配りする。
「久しいな、盗人ども。元気そうでなによりだ」
ルキスとレインをそう呼んで、呼ばれた2人は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「今夜は貴様らを喰ろうてやろう。とでも言えば満足かな」
かざした手首には、ロイユと同じようなブレスレットが鈍く輝いていた。
淡い光を放出できるところまで一致しており、光に当てられた双子は少しだけ身体が軽くなる。
「説明はあとだ。このデカブツを――」と、シロガネを指さし振り返れば、気がついたベルミリオがネロを抱えて立っていた。
「……きっと役に立つ。純血よりも、この魔力なら」
「貴様に扱える者ではない」
そう忠告するが手放す気はないようで、煙玉を投げつけ、姿をくらませる。
まさかネロが拐われるなんて。
ベルミリオはそのつもりで残る、と。
彼の思惑を今さら知ったところで、ネロを追う体力は、もう誰にも残されていなかった。
「一先ず、休息を」
追うものも追えなくなる、と冷静に判断する彼女は、焼けた荒野に骨を巻く。
獣とも人骨とも判断できないそれを〈ロイユ〉に見立てて、オルドの追跡を終わらせた。




