13口め
機織り、パン作り、採掘……割り振られた仕事ごとに、例の粗末な小屋で寝起きする。
パン班のルキスは空が明るくなりはじめた頃に、機織りの小屋へ行き、ロイユの枕元に立った。
雑魚寝にも関わらず、すやすやと眠っている彼女の手に触れる。
働き者の、綺麗な手――――の手首には、ちょっと不釣り合いなブレスレット。
まじまじ観察していると、熱烈な視線を感じてか、ロイユを起こしてしまう。
「……ル、キス……さん?」
まだ皆が寝静まっている早朝でもあるので、2人は外へ出た。
「おはようございます」
「――おっはよ」
挨拶を交わすこともルキスには新鮮だった。
「起こしちゃって悪かったわね」
「いえっ、いつもこれくらいには起きるので」
「早起きねぇ」と関心しつつ、ルキスは訪ねた目的を。
「補充しとかないとかなーって」
おもむろにロイユの手を引き、腕の中におさめて、首筋に顔を埋める。
「んー……かすかにイイ匂い、かも」
抱き締めたまま、ルキスは自身の手のひらを噛んで、ブレスレットに血を垂らした。
「うん。ふつう」
また顔をうずめて、しばらくそれが続く。
「ル、キスさん?」
「こうしてたら、もーっとアタシのニオイにならないかなってね」
物言いは柔らかくても、がっちりめな肉体美のルキスに、ロイユは速まる鼓動を自覚する。
シロガネやネロの時にはない、ドキドキだ。
「ほんっと、あったかいな」
ロイユの心中など露知らず、彼女の体温で温められていく身体にルキスは生を感じて、より強く、けれど壊さないように抱き締めて。
――――背後からの殺気で振り向けば、シロガネに思いっきり引き剥がされた。
「朝からなにをしている」
「おーせ?」
「なんだと」
「におい。ちょっと美味しそうだったから、垂らしてたのよ、血」
ロイユも小刻みに首を縦に振る。
「ならいいが」と、納得したシロガネも手のひらを矢尻でひっかき、ブレスレットに血を垂らした。
しかし、2人からたっぷり垂らして纏ったニオイは、パンを焼き終えたくらいに散ってしまう。
朝食まで時間のあるロイユは、ルキスについていき、パンづくりの お手伝いを。
ルキスと一緒にこねて、叩いて、成形――――しただけなのに、気が付けば美味におい。
幸いだったのが、ルキス以外ヴァンパイアがいなかったこと。
すぐさま血を垂らしてニオイを誤魔化すが、今度は焼き上がったパンから美味しそうな匂いがしてきた。
ルキスでも美味しそうと思う。
もう新月がやってきたのかと日数を数えても違うし、パンを貰った子どものヴァンパイアたちも同じ反応をした。
「美味しいっ」
「このパンふしぎー!!」
そして、ベルミリオが「ロイユちゃんの匂いがする」と、こっそり。
「これ、ロイユちゃんの血入り?」
「そんなわけないでしょ」
「一滴入っちゃったとか」
「いたってふつうに作っただけよ」
それだけは確かだ。
ふつうに作っていたら、パンにニオイが移った。
だから、ロイユに追加の血を垂らした――――のは、これが初めてではないことをルキスは思い出す。
闇市でもロイユにまとわせていたニオイが消えたことがあった。
あのときは淡い光が、ぽぅっと……――――吸血した時と同じくらいに、身体が満たされていく感覚を思えている。
もしかしたら。
ニオイを誤魔化すだけのブレスレットではないことに、ルキスはまた1つ、姉を助ける手立てを見つけたのかもしれない。
*
朝の食事を終えたシロガネとベルミリオは、ネロのいる小屋で就寝――――代わりにレインが水汲みの護衛に駆り出されていた。
レインもいない。
シロガネとベルミリオは寝入って。
ロイユとルキスは機織り中。
ネロも護衛をすると申し出るが、まだ顔色が悪いからと引き続き休むよう言われて、手持ち無沙汰だった。
「シロガネ、ぼく眠くない」
「横になるだけでも身体は休まる。退屈だろうが自分の身体を大切にするんだ」
「うー……」
「ネロ」
「分かった……」と、シロガネにくっついて横になる。
ぽんぽんと背中を押され、眠るよう促されるが、眠くないものは眠くない。
次第にぽんぽんの間隔がゆっくりになり、背中にぴたっと手のひらを感じる頃には、シロガネの寝息も聞こえ始めて。
ネロはもぞもぞっとシロガネから離れ、小屋を出た。
(じゅーぶん休んだもん。ロイユならお手伝いさせてくれるかなっ)
動いてないと、逆に身体が鈍ってしまいそうだった。
まわりが言うほど、だるいとか痛い、はない。
――あぁ口惜しい。
そう頭に直接嘆く言霊のほうが うんざりだった。
寝ても覚めても、ふとしたときに。
男の人だったり、女の人だったり、いろんな声で『くちおしい』と。
(うるさいっ……!!)
ネロは雑音を払いのけようと、ぶんぶんと頭を横に振る。
揺れる視界に目を瞑り、広場に向かって歩き始めれば、出会い頭に桶を担いだ子どもとぶつかってしまった。と、同時に、ネロは顔面から水を被った。
「あっ!!」
「わっ!!」
双方が声を上げたときには、すでに事後。
「ご、ごめんっ……」
「ぼくのほうこそ、お仕事のじゃましてごめんなさい」
滴る水はただの新鮮な水だった。
そのうち乾くので大して気にしないネロに、桶の子は涙目になっていた。
「どうしたの? すごく怒られる?」
「……さいごの一杯だったんだ」
聞けば、水を入れている樽が1つ壊れたらしく、すごくかつかつらしい。
代わりに汲むことを提案するが、川辺までの地理に疎く、仮に行けたところで、子ども1人では門番をしているグ・ゴゴが通してくれなかった。
しかし、水は必要だ。
言霊に苦しんでいたとは言え、前方不注意だったネロは責任を感じ、桶の上に手をかざした。
――冷たくなれっ。
いつもとは逆に力を込めれば、水晶のような氷の塊が精製されていく。
それをその場に滞留させて、今度は熱を。
形を保てなくなった氷は液体となって――――桶に溢れた。
「……ど、う?」
端から見れば、無から産み出した、奇しさこの上ない透明な液体だった。
案の定、桶の子は目を見開き…………、「水だっ」と喜んだ。
「すごいねっ、どうやるのっ?」
「あ、えあっ」
想像していた反応とは違うネロは、しどろもどろ。
「ぼ、ぼくもよくわからない……けど、ひみつにしてくれると……うれしい」
くたくたになったローブの首回りを持ち上げて、視線をそらした。
「分かったっ。ぼくとキミだけのひみつだねっ」
そんなネロに、桶の子は自身の足首にもある同じような痕に境遇を重ねて、ただただ感謝する。
「本当にありがとうっ、急いで運んでくるよっ」
――辛い思い出があるのに、不思議な力で助けてくれて。
言葉にしなくても伝わってきた温かさは、ネロの『口惜しい』を黙らせるほどのものだった。




