12口半め
――お嬢ちゃん、働きもんの手だな。機は織れるか?
――その見てくれで非力たあな。よし、おまえさんはパンをこねろ。
――ひょろいのと鉄仮面のあんちゃんは、水汲みに行くガキどもの護衛だ。
――坊主はこっちに寝かせるといい。
露天掘りの脇を通り、集落の奥に案内される。
小さな広場をバラック小屋やテントが囲む居住区画は、どこも扉がなく、板とボロ切れの寝床がすし詰め状態かつ丸見えで、オルドの下層区よりも粗末だった。
かといって、さぞ私腹を肥やしていそうな建物もなく、『こっち』とレインが連れてこられた、扉付きの小屋と木箱の上に板を敷いた簡易ベッドが立派に思えてくるほど。
「なに突っ立ってる。そこの籠を持って野草を摘みに行ってこい」
「野草だと? こんな岩場のどこに生えてんだよ」
「山を下りれば森があるだろう」
その森こそ、ヴァンパイアを喰う偏食家が出没する森であり、避けてきた場所だと言うのに。
レインの反抗的な目つきが気に入らなかったのか。
難題を強いられたレインは、寝込みでも襲ってやろうかと苛立つ。が、首筋に歯を立てようものなら折れてしまいそうな筋肉をつけているグ・ゴゴに、勝機は薄かった。
ヴァンパイアから見ても、彼は強いヒト。
圧倒的な力で、ここを支配しているものとばかり思っていたのに、ネロの額や首筋に手を当てるグ・ゴゴの真剣な表情に、抱いた印象は崩れていく。
水汲みに付き添ったベルミリオとシロガネも、それを肌で感じていた。
『ガキども』と呼んでいた彼らはネロよりも小さく、中にはすでにヴァンパイアの子どもも。
荷馬車を引き、源泉めがけて上流を目指す子たちは、文句のひとつも垂れなかった。
「キミたち偉いねー」
ベルミリオも、後ろから荷馬車を押す。
空の樽とは言え、坂道だと上がるのも一苦労だった。
「いつもこれを?」
「うん。雨の日以外は毎日だよ」
「大変だね」
「でも僕たちみたいなヴァンパイアでもできるから。グゴ爺には感謝してる」
年老いたヒト、戦力にならないヴァンパイアの行く末は、マモノに喰われるか、マモノになるか。
彼らみたいな、子どものヴァンパイアは成長が鈍化し、買い手がつかず、買われたとしてもオレイアンの集落より酷い扱いを受けるのだと言う。
ヴァンパイアだから長生きできるのは、力のある者だけ。
そうでない、ほとんどのヴァンパイアは短命なまま。それでも死にたくないと、生きたい意志の強い彼らや、オルドやザナで口減らしにあったヒトの面倒を見ているのが、グ・ゴゴなのだ。
「1日にごはんが2回も食べられるんだよ。ちょっと我慢して、芋をコインに代えて、時々リンゴを食べるのが私たちの楽しみなのっ」
「次はイチゴジャムにしようよー」
「ジャムは高いわりに量が少ないじゃん」
「リンゴより甘いのにぃ」
ささやかな やりくりに花が咲く。
オレイアンの集落は明日を生きるため――――大人も子どもも、ヴァンパイアも、皆で必死に働いているだけだった。
*
朝と夕方。麦のパンと、芋か血液のどちらかを選んで、パンが必要ないヴァンパイアや、子どもたちのように別の物が食べたいヒトはコインに換金する。
それを貯めて集落を出ていってもいいし、なににどう使おうが自由だが、配給の時間は絶対だ。
夕食後は労働をさせないグ・ゴゴの配慮であるものの、それを知らないレインが帰ってきたのは日が暮れて。
「どこほっついてんだ、飯の時間はとっくに過ぎてるぞ」
「あ? 知るかよ、出かける前に言えってんだ」
籠を満杯にして遅いと叱咤された挙げ句に、飯も抜き。
久しぶりにいいようにこき使われたレインは、ヒトの本質を思い出した。
同族に優しく、ヴァンパイアには厳しい。
ネロと同等に接してくれる――――なんて、ロイユたちのそばに長く居すぎたと自嘲する。
――さっさと彼女を拐って、姉の糧にしなければ。
そう渦巻くレインに血液と、パンと芋が2つ渡される。
「は?」
「規則は規則だ、今回は俺のをやる。だから朝は遅れるな」
「アンタ、ヒトだろ?」
「あぁ。だからパンは食った」
「……あるが?」
「そのパンと芋は坊主の分だ。俺じゃあ、どうも警戒されてだな」
グ・ゴゴはさらに、籠から選別した野草と麻の包帯をレインに渡した。
その手の甲には1本のひっかき傷が映えている。
深くはないが、赤々とくっきりした痕は、治療を拒んだネロによるもので。
――治ってるもんっ!!
――大丈夫だもんっ!!
常に診ているわけにもいかず、小屋に鍵をかけていったのがよくなかったのか。
様子を見に行けば訝られ、
火傷に触れようものなら黒い影が牙を向き、
食事を持っていく頃には凄まじい力で、扉は開かず。
「無理もないが、放っておいていいことはない。飯を食わせたら、この野草をすりつぶして患部に塗り込んでくれ」と、レインに委ねて、グ・ゴゴは再び門に立った。
夜が――――更けていく。
2本の篝火から燃え噛む音がする以外は静かだ。
風にそよぐ木々を切り倒し、あたりは荒野が広がる。
おかげで見通しは良くなったが、戦える者も失ってしまった。
「交代のお時間でーす」
それを補うために、ベルミリオとシロガネがやってくる。
「仙人が門番するから。俺は集落の外周を見回るんで。毎晩、夜更かししてるグゴ爺は早く寝てくださーい。子どもちゃんたちに示しがつかないぞ、ってね」
「任せてもらえるか? 多少心得はあるつもりだ」
グ・ゴゴの返事を待たず、ベルミリオは外へ出て行ってしまった。
「おいっ」
「過度に心配しなくていい。あいつは見張りに格好つけて、周囲に散らばるコインの回収が目当てなだけだ」
「あの屑鉄をか?」
「鉱物が手に入らない土地では重宝してるらしい」
「なるほどな」
「拾うなとは言わないんだな」
「あぁ。売るつてがない。好きにしてくれ」
方角だけでいうと南東に下れば闇市やマグメルがあるのだが、そこまでの道のりは険しく、鉱物を加工する技術はオルドの特権でもあった。
量は少ないが熱するだけで良い、ブラッドコインの加工のしやすさに慣れてしまい、オルド以外扱えなくなったことで独占状態になりはしたが、他意はない。
「――――他国からしてみれば、ただの石ころ。売れるだけでもありがたいが、1日2回のパンと芋が精一杯なのが現状だ」
「オルドからの支援は?」
「あのヴァンパイア嫌いの男が、うちに好意的なわけがなかろう。今か今かと自滅するその時を待っておるのよ」
グ・ゴゴは地面にあぐらをかき、しばしの休息を取るに留まった。
「そうならないために踏ん張ってきたが、ここ最近 やたら凶暴化したマモノばかりで途方に暮れてたところだ。1人でも戦える人材が増えて正直助かってる」
「そう思うなら寝てくれ。俺が見張る意味がない」
「来て早々のおまえさんたちにそこまでの信頼はないんでな」と、門を離れることを拒んだ。が、その言葉とは裏腹に、信頼関係が築けるまで滞在してくれれば、と望んでもいた。




