1口め
荒野だらけの大陸に、緑地が広がる名も無き半島――――ヒトとヴァンパイアの対立が顕著な中、ここではヒト同士も『共存派』と『反共存派』とで いがみ合っていた。
――生きたいと渇望しての彼らを邪険に扱わなくても、定期的に血液を譲渡して、支え合っていきましょう。
――ヒトはどこまでも上からだな。血をちらつかせて、ヴァンパイアを酷使することが『共存』か?
――マモノに対抗できるのは彼らしかいない。多少の搾取も目を瞑らなければ、我々の国は全滅してしまう。
三つ巴でありながら、ヒトは1番非力だった。
ヴァンパイアと共存することでマモノを殺ごうとする国が出てくるが、理想とする支え合いができているところは まずない。
『ヒトよりも長寿になった奴らが蔓延れば、我らが食い物となる世が視えましょうぞ』
そう唱えるオルドの国は、ヒト第一主義を掲げた、反共存派の最大勢力だ。半島のやや北部の小さな山を要塞化させ、ヒトがマモノと戦えるよう武装して。賛同するなら貴国の警備を請け負う、と幅を利かせていた。
*
そんな世情と無縁な村が、半島の僻地にぽつり。
同じ山岳地帯でも、東にうんと離れた山間にあるため、来訪者は皆無に等しかった。
“ヒトの血を求める傍若無人”
ヴァンパイアの知見も、この程度。
ただ、良い印象はないので反共存派ではある。
「水汲みに行ってくるね」
「あぁ」
この村に兄妹で暮らす妹のロイユは、生まれてこの方ヴァンパイアを見たことがなかった。
両親を失った直接の原因も、赤ん坊だった彼女には刻まれず。
飴色の髪からのぞくロイユの表情は常に柔らかく、ヴァンパイアよりもマモノのほうが恐ろしくあった。
ついこの間も、村の家畜が喰われたばかり。
絵に描いたような黒い塊に警戒しながら、ロイユは畑に水を巻くため、村はずれの小川へ向かった。
「――、――!!」
清流の音を消す、つんざくような鳥の声。
1羽ではなく、複数で。
つつくものもいれば、空を旋回し、足蹴にするものも。
小さな黒い塊を執拗に攻撃していた。
ロイユはゆっくり後ずさる。が、力ない「がぅ……」の鳴き声に、足が止まった。
黒い塊〈マモノ〉は鳴かない。
一心不乱に鳥を追い払い、胸に抱けば、まだ温かくって。
水汲みもそこそこに急いで家に連れて帰ると、猟に出ようとする兄のシロガネも、同じような反応をした。
ただ、『鳴かない黒い塊=マモノ』だと判断して、一刻も早くロイユから遠ざけねば、と。深い緑色の髪を振り乱しながら、引き締まった腕で掴み上げようとした。
「兄さん、この子はっ……!!」
ロイユの慌てように、シロガネは寸前で止まった。
黒い体毛に映える、赤々と抉られた肉もマモノには無いもの。
はぐれたのか、親がマモノに喰い殺されたのか。
猫にしては太く、虎や豹に近い生き物の子どものようで、シロガネはとくに酷い、右前脚に薬草を塗り込んで、黄色いハンカチーフを巻いてやる。
「そいつのためにも捕まえてこないとな」
シロガネは仔虎の頭を撫でて、弓を担いだ。
「この子を襲ったマモノがいるかもっ。兄さん、今日はもうっ……」
「問題ない。1匹なら弓でなんとかなる」
「兄さんっ」
マモノが増え、罠に引っかかった獲物を横取りされることが多くなった。
麦や芋はできるだけ冬に向けて蓄えておきたいシロガネには、やや焦りが。
そんな兄の背中を「ぐぅぅ――」見つめるロイユは「――ぐぅぅぅぅぅぅ」……――――唸る仔虎の腹の虫を静めるために芋粥を作ることにした。
あら熱を取り、仔虎の前にお皿を持っていく。
くんくんと匂う様子に、ミルクのほうが良かったのでは? と、今さら苛まれるも、仔虎はお皿に顔をつっこむ勢いで食べ始めた。
「おい、しい?」
「がぅ!」と顔を上げて、またお皿に。
完食する頃には お腹がぷっくりと膨れて、うとうと。
その一連の可愛さに、ロイユも笑みがこぼれた。
――おかえりなさい、兄さんっ。
――あぁ、ただいま。
日が傾きかけた頃に猟から戻ってくるシロガネを、仔虎も出迎える。
「がうがう!」
右前脚は引きずったまま。
「もうネロったらっ。あんまり動いちゃうと、足、痛い痛いだよ?」
「がーう?」
仔虎を抱きかかえるロイユに、シロガネは質問をする。
「付けたのか、名前」
「いつまでも“この子”って呼ぶのもな、って」
「がう!」
“ネロ”と名付けられた仔虎は、喜んでいるように見えた。
――怪我が治るまで。
その言葉をシロガネは飲み込む。
「がうがう!」と、金色の瞳を輝かせるネロと目が合った。
猛獣の子どもの欠片もない、かわいらしい生き物だ。
「よろしく、だって」
「がう!」
心なしかロイユの表情も明るく、ネロがいることで気が紛れたのかもしれない。
1人で帰りを待っていると、よけいな考えが渦巻いてしまうから。
そう思うと、より引きはがせそうにない、寡黙な兄が折れた瞬間でもあった。
そうして、半年後――――
「それじゃあ、行ってくる」
「がう!」
ひと回りもふた回りも大きくなったネロは、シロガネの狩りに同行するようになった。
傷は すっかり癒え、前脚に巻かれたハンカチーフは首輪がわりに。
仔虎だった認識も変わりつつあった。猫感が強かった顔周りの毛がなくなり、しなやかな体つきは、まさに豹だ。
立ち上がるとシロガネの腰あたりで、中型犬くらいの大きさだが、務めは立派に果たせている。
マモノに対して反応が良く、不意打ちで襲われることがなくなったシロガネや村の人々は、かなり助かっていた。深夜であってもいち早く察知し、皆に知らせてくれるのだ。
森へ入っていくシロガネとネロ――――を、小高い畑から見つめる女の子がいた。
「絵になるっ……」と、ひとり感激していれば、2人を見送ったロイユも畑にやってくる。
「お兄さん、今日も素敵ね!」
「ありがとう、ソヴィータ」
活発でちょっとおませな彼女は、シロガネに恋い焦がれていた。ソヴィータもまた村の外を知らず、森で遊んではいけない戒めをヴァンパイアと勘違いして、痛い目にあったことがあったのだ。
「ネロが羨ましいって思ったこともあるけど、今やあの子も村のハンターっ……!! お兄さんに負けないくらい、かっこいいわ」
ソヴィータは柄杓を握りしめ、畑に水をまき散らした。
「芋ばっかり育ててちゃダメねっ。弓のひとつでも習って、お兄さんを支える側にならなくっちゃ!」
先を見据える彼女に、ロイユの胸はざわつく。
ちょっとした会話をしながら、日がな一日、畑仕事に勤しむ日々が続くこと以外、ロイユは考えたことがなかった。




