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ウロノカミタマ -Circulation of vampire-  作者: 次野/うずらの


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19/27

11口め



 籠城戦を想定しての下層エリアの半壊は、オルドにとって、そんなに痛手ではなかった。


 人的被害は最小。

 ヴァンパイアとマモノの争いに、建物が巻き込まれた――――その程度。


 すぐに体勢を整え、追ってくるだろう。

 数に物を言わせて。

 他国の事情なんて、おかまいなしに。



 だから一行は、最寄りの闇市に身を隠すことにした。



 一見するとマグメルのような――――大通りや建物が密集し、商店が建ち並ぶ、立派な街だ。


 違うのは、そこにいるすべてがヴァンパイアだということ。

 束ねる者もおらず、商売のために集まっている個の集団でしかなく、助け合いなんてもってのほか。



 騙されるやつが悪い。

 盗まれるやつが悪い。


 なんでも有りなここなら、後ろめたさもないだろう。と、ベルミリオの提案だった。



 ――総督も馬鹿じゃないんだし、ロイユちゃんが闇市にいるとは思わないでしょー。

 ――そのロイユを拐ったのはヴァンパイアだけど?

 ――逆に来ちゃうかな!?

 ――どうかしら。

 ――闇市(そこ)でいいだろ。さすがに疲れた、血。



 もれなく付いてきたルキスとレインも、引き続き協力的だった。


 オルドに匿われると手出しができなくなるから、が念頭にありつつも、今は疲労困憊が勝っていた。

 加えて、ネロの体調が芳(かんば)しくないことも。皆がどこか休める場所を探す1番の要因だった。



「傷を見せろ」

「へーき」

「身体の中に弾、残ってるだろ」

「焼いた!」

「焼いたからって消えるわけじゃねえ!」

「焼いたっ」

「おい、こら。逃げるな!」と、レインはネロを簡単に捕まえる。



 両脇を抱えられたネロはぽっぺを膨らませ、「ぷす……」とふてくされるが、顔色は最悪だった。


 強がってるだけ。

 元気そうに見せているだけ。


 小さく肩で息をする幼子は、自分の絶不調に気づかないふりをする。



「お姫様なり、ハンターなり、誰かしら食い物持ってくるまで大人しく寝てろ」



 宿場の一室で子守を任されたレインは、そうネロに言い聞かした。



「ロイユっ、ベルミリオ!」

「またかよ。なんて呼ぼうがいいだろうが」

「レイン!」

「なんだよ」

「イイ名前!」

「はいはい、おまえもいい名前してんな」

「うんっ。ロイユがつけてくれたの。こっちのほうが好きっ」

「……こっち?」

「ロ(ろ)がいっしょなの。ロイユとシロガネ、かぞくだから……かな」



 ネロのまぶたが閉じてくる。


 本で得た知識を彼なりに解釈しながら、うとうと、と はにかんだ。



「なんでそんな顔でいられんだよ、おまえは」



 レインは袖から覗く不釣り合いな痕に触れるも。



「すー……」


 返された寝息は穏やかで、魔法が使えること以外は子ども同然のネロに、レインもまた魔術師という存在が掴めずにいた。




     *




 その頃、ロイユとルキスはヒトの食べ物を求めて、闇市を歩いていた。


 すれ違うヴァンパイアが全く反応しないことに、ルキスは言及する。



「本当に匂わないのね」



 ここに入る前と出かける前の計2回。


 補給した意味はあるのかってほど、シロガネとベルミリオはロイユのブレスレットに血を垂らしていた――――その理由がルキスにも分かった気がした。



「アンタも休んでなさいって言いたいんだけど、こればっかりはさっぱり、だから」



 改めてブレスレットの効能を実感したところで、市場に足を向ける。


 食材はあっても、調理済みの食べ物はない。

 新月の時もマグメルに行ったり買い付けたりで、料理をする習慣がなかった。


 故に、りんごや生の芋をかじるのだ。

 檻に入れられている『ヒトが』だが。



「……あんまりじろじろ見ないの」



 ルキスはロイユに耳打ちをして、手を引いた。



 どこもかしこも食料として売られているヒトの子と同等の憐れみを、牛や豚にも持てるのか。

 ロイユが立ちすくめば、そう問うつもりが、彼女はぐっと口を噤み、ルキスに続いた。



「ささ、新鮮なヒトの子だよ、買った買った!」



 ヒトの子どもを売る店に向かえば、檻に入れられた彼らが無邪気に手を振ってくる。


 その中には理解している子もいて、隅の方で隠れるように座っていた。



「質はいまいちだが、柔らかくて……って、おまえか」



 ハンマー片手に鉄を打っていそうな、ガタイの良い男は顔見知り(ルキス)に気づくと、その隣にいる、信じられないような眼差しで見ているロイユにも視線を移そうとした。


 男の視界を塞ぐように、ルキスの顔が入り込んでくる。

 鼻先がぶつかり合いそうな距離で「ヒトの食べ物、分ーけて?」と、場を濁した。



「ルキス、うちは善意でやってるわけじゃないぞ」

「知ってるー」

「分けるほどの余裕もない」

「けちー」



 しかし、ここで引かないのがルキスであり、視界いっぱいの彼に男は折れた。



「……俺のおつかいだって買ってこい」

「ありがとー、スーア」



 口先だけの感謝をして、ルキスは走り書きの紙を受け取った。


 これさえあれば、ヒトの食べ物がスムーズに買える。

 ヴァンパイアには必要のないものを買うとなると、足下を見られ高値で売りつけられる闇市は、売り物の餌ならば正規の値段で売ってくれる仕組みだ。



 スーア御用達の店で果物や芋を買う。穀物こそなかったが、質が良い物ばかりで吟味する必要なく、ロイユは指をさすだけに留まった。



「もう大丈夫よ。偉いじゃない、よく開けなかったわね、口(くーち)」



 万が一を考えて、買い物が終わるまでは、ロイユに箝口令が出されていた。


 口内を――――八重歯がないのを知られないため。



 ――もし市場でバレでもしたら……。



 ロイユを担いで逃げきれる自信なんて、ルキスにはなかった。



「……いろいろとありがとうございました」



 宿場までの道中、ロイユは口元を手で覆い、感謝を伝えた。



「いーえ。血のお礼だと思って。たっぷり、いただきすぎた過剰分」

「……」

「質、良かったでしょ。子どもを売りさばいてる男が買い付ける店にしては」

「……はい」


 しかも、スーアにツケておくからお代はいらない、と。


「大口なのよ、スーアは。子ども売り払ったら、そのお金で国に大量の食料を買って帰るの」

「……?」

「ここから南東にあるザナってとこはね、ヴァンパイアがヒトに奉仕してるの。ヒトはただ健康に生きて、時々血を与えればいい、だけ」



 一見共存派に思えてくるが、骨抜きにしたヒトを搾取する、ヴァンパイア界隈では有名な『ヒトの墓場』だ。



 食べて寝る。

 働かなくていい。

 時折、血を提出するだけでいい。


 そんな誘い文句で足を踏み入れたヒトは、二度と出てこられなくなる。



 なにもしなくていい――――のは若いときだけ。



 入れ替わりで不要になったヒトは畑を耕したり、風車を回したりなどの肉体労働を強いられて。

 これまで豪華絢爛だったのが、いきなり芋1個。

 寝床も粗末で、そこで働くヴァンパイアたちに好き放題吸われて、満身創痍で肉体労働の繰り返し。


 それが嫌でヒトを襲ってヴァンパイアになれば、空腹と餌になることは避けられる。が、オルドとのいざこざがあったときに真っ先に駆り出されるのは、彼らだ。


 新鮮な血は、ザナの女王様たちとヒトの世話をするヴァンパイアたちのもの。

 上層部だけが甘い蜜(ち)を吸い続けられる場所だった。



「ルキスさん、詳しいんですね」

「そこの出身なのよ、アタシたち。内情を知ったのは物心ついてからだけど」



 スーアが売っているのは、ザナで生まれたヒトの子だ。


 ザナはヒトを確保するため、子を産ませ、『手がかからなくなるまで育てるのなら、適齢期を過ぎても世話を続ける』と ふっかけて。

 なにもしなくていい生活から抜け出したくないあまりに産み続ける、一定数の者の子どもたちは短命を極め、食料の買い付けの資金として売られていくのだ。



「――――アタシたちも、そーいう子」



 飄々と語るルキスだが、握っている拳から血が滴っていた。


 ロイユは思わず手を握り、優しく包んだ。



「……あったかいわね」



 ヒトの血で生きながらえているルキスの手は冷たかった。



「三つ子なんて10歳まで生きられるかー、なんて言われもしたけど――」

「みつ、ご?」

「――姉さんがいるの。どうしたらヒトとしての価値を無くして檻から出られるか、子どもの頭ながら考えた人が」



 ばらばらで売られていくことに抵抗し、檻にいる子に噛みついた、誰よりも逞しい姉・ドルミナ。


 三つ子の中で一番短命だった彼女はギリギリの状態で生きているという。



「ロイユの血があれば、ドル姉の体調もよくなるかなって……」



 良心に付け入るつもりはなくても、いつもの癖が出る。

 ねだるようにロイユの手に頬ずりをすれば、彼女のブレスレットから淡い光がぽうっと生まれて――――。



 ロイユに似た温かさを放つ光は、ルキスに吸収されて――――いった、その途端。


 纏っていたニオイが ぱッと。

 消え、失せた。


 一瞬で広がる、純血の匂いに、周囲の目の色が変わっていく。



 ルキスはすぐさまロイユを抱き締め、自身の手のひらを噛み、ブレスレットに血を垂らした。



「ヒトだ!!」

「ヒトのニオイがする!!」



 冷や汗が流れる。

 ヴァンパイアたちの視界からロイユを消そうと、ぐっと抱き込めば――――



「オルド(ひきこもり)が攻めてきた!!」



 ヴァンパイアは口々に、ロイユたちのいない方向に叫んだ。



 間一髪。

 誤魔化せこそしたが、一難はまだまだやってくる。




 急いで宿場に戻ってきた一行は戦渦に巻き込まれる前に、闇市を出た。


 西はオルド、南はザナ。


 東にはヴァンパイアを喰らうヴァンパイアがいる偏食家の森が広がり、どこも癖揃い。となれば、残された北の山岳地帯・オレイアンに行くしか道はなかった。




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