10口半め 下
「……あの人の でまかせ、じゃなくて?」
「あぁ。おまえは、あいつとクオレの子だ」
ロイユは悲しそうに俯いた。
ダズリンがロイユに伝えた通り、出逢いは鷹狩りの怪我だった。ヴァンパイアに襲われ、重傷だった青年は介抱したクオレを気に入ったのだ。
「一目惚れだったって言ってた……」
「やーだ、おとぎ話みたーい」
それだけを聞くと、確かに美談だ。
ダズリンの口振りでは、両想いの末ロイユを身ごもった、と。
そしてそれを、クオレの護衛だったシロガネがよく思わず。村を焼き払い、ロイユも拐って行方を眩ましたのだと。
シロガネは憤った。
「当時から肩書きを振りかざしては好き勝手やっていた男が、靡かないクオレに無理やり迫ったんだっ……」
――こんな村、僕の一言でどうとでもなるんだぞ。
――ヴァンパイアが支配してる村があるって。
――あいつに強要されてるんだって。
生まれを誇っていたダズリンにとって、屈辱的だったに違いない。
純血で高貴な自分より、護衛としてそばにいる下等種族と密接な関係にあったことが。
――よかった。さっきまでの顔色が嘘みたい。
――私に遠慮なんかしないで。
――もっと貴方に必要とされたい。
――私にはシロしか……。
噛み痕が残らないよう、自ら刃物で首を斬り、傷が目立たないよう工夫を繰り返して。
それでも、吸血の現場を見られては言い訳の仕様もなかった。
ダズリンが村にいる間だけ。
本国へ帰れば、いっぱしの村娘のことなんて。
一時の戯れ。
それで、村に、シロガネに危害を加えないのなら。と、クオレは受け入れたのだ。
しかし、一目惚れという名の固執は終わらなかった。
足繁く村にやってきては――――クオレを嫁に迎えたい。
シロガネとの関係を知っていた村人たちは総出で、次期領主さまにはもっと相応しい人がいる、と遜っても無駄だった。
我々のことなど、そっとしておいてくれ。
国が滅び、逃げ延びた者たちでひっそり生きてきた村なのだから。
そうして、やんわり拒否し続けた結果、村は焼き払われ、シロガネはまた赤子を抱いて、辺境の地へと旅立っていったのだ。
ダズリンが述べた「兵を従えて迎えに行けば」は、臨月のクオレを拐うため。
抵抗した村人を虐殺したのも、彼だった。
そして、その後すぐにオルドは世代交代し、反共存派へと転換する。
自国の領土がヴァンパイアに蹂躙されていくのが苦痛でならないと、白々しい声明文も発表して。
「――――そんな男が父だと……知ってほしくなかった俺のエゴだ。おまえには苦労をかけた。しなくていい心配も、クオレを失ってしまったことも、俺の」
「兄さんのせいじゃないっ……!!」
「ロイユ」
「兄さんをちょっとでも疑った自分が恥ずかしいよっ……。兄さんはずっとお母さんのこと、大好きだったのにっ……ごめん、なさいっ……」
「疑っていいんだ。おまえには、盲目に俺を信じてほしくなかった。一緒にいるから家族なんだと思わ――」
「家族だからっ……兄さんとネロがっ……私のっ……」
子どものように泣きじゃくるロイユを、シロガネは優しく抱き留めた。
拐う隙を窺っていた双子もこればかりはと見守り、シロガネの足下にひっついているネロも「かぞ、く」と、言われた言葉を噛みしめて、むずむず。
慣れない心地よさもつかの間、放たれた敵意がシロガネを襲う。
右肩に1発――――。
――――凶弾を察し、
身体を大きく広げた――――ネロに命中した。
「惑わされてるのよ!! ヴァンパイアが家族だなんて信じられない!!」
撃ち手は、ソヴィータだった。
自分の身長と変わらないくらいの長銃を引っ提げて、今度は双子を狙う。
「みんな、みんなヴァンパイアが奪っていくっ!! お母さんも、ロイユも!!」
ダズリンのものよりは連射性にかけるが、火縄銃よりは明らかに早く、ヴァンパイアの身体能力を以てしても避けられれば御の字で。
「ソヴィータ様、早く居住区へ!!」
「大手門が開きます!!」
彼女を保護しにやってきた、後続部隊からの弾丸までは怪しいところ。
それを、ネロは悶え苦しみながら、塵と化した。
「が、あっ……!!」
次は、撤退していく部隊を。
そこまでする必要ないのに、殲滅せねばと心が沸き立った。
けれど、力を込めると撃たれたところが熱を持ち、意識はそちらに。
過剰な追撃は未遂に終わるも、じくじくと痛む肩はまだ沸き立っている。
――――口惜しい。
意志でもあるのか、ネロは肩を押さえ、傷口ごと弾を焼き切った。
出血だけは阻止される。
ひりつき、倍になった痛みでへたり込むネロに、シロガネとレインが駆け寄った。
「ネロ!」
「おいチビしっかりしろ!!」
「……へっ……き。中で……燃えて、る」
“痛い”に集中するネロは、レインに抱き抱えられても、ぐったりしたままだった。
「このチビ担いでやる。アンタはお姫様担いで――――ルキス先導しろ!!」
「えー、なんかアタシたち善人ー?」
「この状態でお姫様が大人しく拐われると思ってんのか? つー、時間も惜しいんだよ!!」
「はいはーい。お優しいご一行様、ご案内」
大手門が開こうとしている。
入ってくるより、出て行く数の方が上回っての開門は、きっと短時間だ。
もたもたしていれば、オルドに閉じこめれてしまう。
「おい、チビ。生きてるか」
「……ね、ろ」
「あん?」
「ネロ……だ、から」
力なくかざした手に、炎が揺らぐ。
小さな火の玉を――――背後からレインを喰らおうとしたマモノに飛ばした。
一瞬だけ怯んだそこにレインが蹴りを入れ、事なきを。
広場に近づけば近づくほど、縦横無尽に現れるマモノに、ルキスだけでは太刀打ちできなくなるが、多少無理をしてでも押し通らなければ。
そう覚悟して、解き放たれた広場に出た。が、マモノ狩りを行うヴァンパイアによって一掃されていた。
「仙人ー!!」
軽快な声色でシロガネを呼ぶ。
「無事でなによりー!!」と手を振るベルミリオは、救援に来たのだと。
断じて、ブラッドコインに目が眩んだわけではない――――と、あらゆるポケットやウエストバックをパンパンにさせて、そう主張した。




