10口半め 上
ヒトの波に逆らって、シロガネとレインも第一居住区に到着する。
これで三者三様が揃ったことになるが、すぐに逢えるほど狭くもなく。なのに、なのに、マモノと対峙していたダズリンと搗ち合ったのは、因縁のなにものでもなかった。
「貴様ぁ!!」
シロガネの姿を見るや、ダズリンは小銃を構えた。
「許さんぞっ!! 貴様だけは許してなるものかっ!! 我が子を誑かし、我が領土を混乱に陥れた貴様だけは!!」
物陰に隠れ、弾丸の雨を回避したシロガネに、共に隠れたレインはため息をついた。
「随分恨まれてんな、おにーちゃん」
「シロガネだ」
「あん?」
「おまえは?」
「……レインだけどよ」と、ダズリンの罵倒を無視して名乗り合う状況に、そういうところじゃないのかと、同情しかける――――が、オルドを混乱に陥れたのはルキスだ。
逆恨みもいいところ。
「仇討ちのつもりか!? 勘違いも甚だしい!! たまたま調査に行った遊撃部隊の追撃先に、たまたま人里があったのだ!!」
たまたまを繰り返すせいで、故意にやりました感が強くなる。
実際あの村にシロガネがいたことは、ソヴィータを助けるまでは分からなかったことだが。
「クオレの時もだ!!」
ダズリンが口を開けば開くほど、彼の片鱗が見えてくる。
「貴様等全員が私に反発するからだ!! のちの領主に刃向かえば、ああなることを教えてやっただけではないか!!」
小規模の村にヴァンパイアを追いやって、そこをオルドが助ければ自国の株が上がる。そのやりかたを用いてロイユの母がいた村を壊滅させたことを正当化させ、シロガネが招いた結果だと疑わない。
そんな男に付きまとわれているシロガネは、端っから会話をする気なんてなかった。
なにを言おうが敵意が無くなることはない。
代わりにレインが。くすねた短銃を使い、黙らせる。
「――ヴァンパイアに撃てばマモノになんなら、ヒトに撃ちゃあ灰になんのかねえ」
装填の合間に撃ち込んで、ダズリンの頬を掠めた。
シロガネでないヴァンパイアが飛び道具を使ってきたことに ほんの少し狼狽え、ヴァンパイア如きがうちの銃に触れるな、と手榴弾を投げてくる。
「ダズリン様!! 地下通路を確保しました!!」
爆音と砂埃に紛れてやってきた兵士の報告で、ダズリンはその場から消え去った。
どんなに憎い相手でも、今はロイユが優先のようだ。
「当たらねえもんだな」
「……レイン」
「あ?」
「ありがとう」
「別に。なんかすっげームカつく野郎だったからよ」
「違いない」
「はっ、さすがのアンタでもそう思うんだな」
そうして歩きだそうとした瞬間、すぐそばの壁が勢いよく吹っ飛んだ。
マモノの強襲かと身構える。
ぽっかり空いた穴は、ヒトがひとり通れるくらいのもの。
そこから、パタパタと足音を立てて――――ネロがひょこっと顔を出した。
「シロ――」と、再会できて喜びかけたところにレインがいるものだから、幼い彼はあたふた。
「ピンチ!?」
「待て、ネロっ」
ネロの後に続いて、ロイユを担いだルキスが現れれば、場はさらに荒れる。
「あら」
「兄さんっ」
「このクソ馬鹿野郎が」
「貴様、ロイユに――」
「シロガネ、今ぼくたち、さらわれてるの!」
1番声の通るネロの発言で、シロガネの矛が止まった。
「空から逃げるのむずかしかったから、さらわれて一緒なの!」
協力関係にある、と。
砂埃やススまみれで、ロイユを降ろしたルキスに至っては負傷までしており、過酷な道のりだったことは見て取れる。が、しかし――――ロイユの首筋にある噛み痕は別問題だ。
「兄さんこれはっ……」
視線に気づいたロイユは言いつけを守らなかったことを謝ろうとしたが、「ここを出たかったら血をよこせって、アタシがふっかけたのよ」と、ルキスに肩を抱かれる。
「兄さん違うの、私がっ」
「たっぷりいただいちゃったから、こうして丁寧に扱ってるんじゃない」
「ルキスさんっ」
「だから、ロイユは悪くなーいの」
詰め寄るシロガネの無言の圧力に怯むことなく、なんならロイユを庇うようなルキスの振る舞いに、誰よりも苛立ったのはレインだった。
「元凶はてめえだからな、ルキス!!」
シロガネの隣に並び、彼も詰め寄った。
「ここを出たかったなんて、どの口が言ってんだ!! 魔術師とお姫様がいなかったら、てめえもマモノになってたんだぞ!!」
ほっとしたロイユの様子を、シロガネは見逃さなかった。
「だから助けに来てくれたんでしょ。お優しい弟をもって、アタシ感激ー」
「兄貴だ!!」
『怒られようとも、ルキスがマモノにならなかった』のは、ロイユにとって喜ばしいこと。
――――どこまでも優しく育って、育ててしまった己を悔やんだ。
「……さらわれる作戦、ごめんなさい」
それをネロは、自分に非があると思って、シロガネに謝った。
「ごめんなさいしなくていい。おまえはなにも悪くないんだ」
「でも」
腰を落として同じ目線になれば、ロイユもシロガネに続いた。
「謝らなきゃいけないのは私だよ、ネロ」
「ロイユのせいじゃないもんっ。ロイユはなにも悪くないもんっ」
「だから、ネロも悪くないんだ。非なら俺にある」
なにも悪くない、の掛け合いになる前に、シロガネはロイユ宛の、あの手紙を取り出した。
「……そう思われても仕方がないくらい、俺はなにも話してこなかった」
初めて知る手紙と、その内容に、ネロはすぐ押し返した。
「こんなのうそだっ!!」
「どうしてそう思う?」
「シロガネはそんなことしないもんっ!!」
「……おまえたちに隠れて森でヴァンパイアを匿っていたのに、か?」
「村のじじょーだっ!!」
「なら、俺自身がヴァンパイアだということは? おまえたちには話していても」
「こわがらせないようにだもんっ!! ロイユを食べるためじゃないもんっ!!」
涙を溜めて、漏れ出る感情が小さな火を噴いた。
ロイユが葛藤する中で飲み込まれていった本心を、ネロは必死に紡いだ。
「ロイユのおかあさんを、シロガネが食べたなんてうそだっ!!」
手紙が発火する。
なかったことにならなくても、燃やしてしまえば、なにもないのと一緒だと――――駄々をこね、踏ん張り続けるネロに、ロイユの罪悪感が再燃する。
「そんな顔するっつーことは、お姫様はその手紙のこと信じんのかよ」
感動の再会どころか、後ずさりし始めたロイユの背にレインが立った。
「ちょっと……」と、ルキスが止めるが、
「すっげームカつく野郎の言葉に惑わされてるお姫様にも腹が立ったんだよ。さすが親子だな」
「親子?」
「おやこ?」
ピンとこないルキスと、シロガネをぽかぽか叩いていたネロが聞き返す。
それは、シロガネが最も隠したかった、真実だった。




