10口め
ロイユたちが居住区にいる頃、大手門にはシロガネの姿があった。
ロイユが連れ去られてから半日もしない間に、オルドは兵を派遣して、『我が領土で不遜を働いたヴァンパイア』の引き渡しを求めてきた。
シロガネはそれを、オルドに入り込めるチャンスだ、と。
大人しく連行されれば、到着するや、兵たちは自国の混乱に対処せねばならず。シロガネの監視は薄れ、早々に自由の身となっていた。
大手門を開けても、閉じても地獄。
恨み辛み、これまでの鬱憤を晴らそうとヴァンパイアたちは束になって、ヒトに襲いかかっている。
どれだけ囲っていたのか。
どれだけの仕打ちを行ってきたのだろうか。
四肢をもいで、溢れ出てくる血にむしゃぶりつき、肉も残さず食らい尽くして。
オルドの弾丸にも怯まず、マモノまで乱立し始めた広場での攻防は苛烈を極め、これ以上先へは進めそうにない。
――――の、なら。シロガネはヴァンパイアが湧き出てくる地下へ。そこから居住区なり、武器庫なり、どこかしらに繋がっている、と。
しかし、悪臭と呻き声が渦巻く地下牢に、そんな道はあるのか。
扉をぶち破る力のないヴァンパイアたちが取り残されて――――この時はまだ、短命に抗って収監された人々という認識だ。
「出してくれっ……」
「出たい……」
「やつらを……」
「喰う……」
血を抜くために集められているとは思わず。
奥に進むと、一際元気そうなヴァンパイアの姿があった。
「うるせえな。自力で出れねえやつに、ヒトが襲えるか」
こちらはロイユを拐おうとした、レインだ。
けれど、シロガネは誰だか分からず、通せんぼする同族にすぎなかった。
話して道を譲ってくれそうになく、拳で解決するしかない様子。
殴り合い――――かと思いきや、繰り出してきた拳の先から、ナイフの刃が飛び出してきた。シロガネは間一髪のところで、身体を後ろに反らせたが、少しでも遅ければ喉を突かれていただろう。
「さすが、お姫様の用心棒」
その言葉で、ロイユを拐おうとした2人組の片割れだと気づき、シロガネの顔つきが変わる。
叩きのめす――――その前に、彼らには聞きたいことがあった。
彼らが口々にする“お姫様”
ロイユが王族の末裔だと知る者は、そう多くない。
誰かがリークしたのか。
血質から憶測してそう呼んでいるだけなのか。
他に仲間がいるのか。
ただ情報を売買しただけの間柄なのか。
純血を少数でどうこうしようというのは、身をもって無謀だと思い知らされたシロガネからしてみれば、彼らを駒にする集団があったって、なにもおかしくはない。
「考え事か? 余裕ぶっこいてんなあ!!」
きな臭いところなんて、ごまんといる。
大勢でいれば、それなりに悪名が広まって認知されるというのに。それもなく、マグメルではしっぽが掴めないでいた。
突きだした拳。
蹴り上げた足。
そこから飛び出ることもあれば、飛び出ないこともあるナイフ――――に気をつけながら、シロガネはレインの捕縛を試みる。
生ぬるい反撃だった。
みえみえの足払いも、隙あらば鳩尾を狙おうとする追撃も、レインを逆撫でするものでしかなかった。
手加減されている。
舐められている。
なのに、自分の攻撃は当たらない。
圧倒的な差を分からせられて、苛立ちが積もっていくレインの視野は狭まり、シロガネしか眼中に入らなくなる。
物陰に潜み、機会を窺っていたヒトの存在の気づけず、例の弾丸がレインに放たれた。
銃声が響きわたる。
――どちらも倒れそうにないなら、マモノにして喰わすまで。
響きわたって、ようやくレインの集中が離散した。
強引に腕を掴んだシロガネによってバランスを崩し、彼は被弾を免れて。
かわりに、檻の中のヴァンパイアに命中する。
生まれ出たマモノは暴れ回って、檻を破壊した。新鮮な肉はなす術なく喰われ、レインとシロガネに牙を剥く。が、2対1ではヴァンパイアに軍配が上がった。
「大丈夫か?」
「うるせえっ!!」
結果的に助けられたレインは、敵だとも思っていないようなシロガネの態度が癪に障るが、苛立ってばかりでは埒があかないと、感情を握りつぶした。
「――通してやる。ただし、途中までは付いていく。アンタがいれば、中に入れそうだからな」
「かまわない」
「……おまえ如きなら、いつでもぶっ潰せるとでも思ってんのか?」
すんなり了承するシロガネに、また再燃しかけるが「聞きたいことがある」と投げかけられて、ただ助けられたわけではないことに納得する。
「なぜロイユを狙う?」
「は?」
『王族の末裔であることをどこから知ったのか』では、認めてしまっているようなもの。
だが、シロガネの真意は伝わらない。
「据え膳食わねえヴァンパイアがいんのかよ、って言いてーとこだが今回は違ぇんだよ」
今回は、を強調するレインは、心底面倒くさそうに続けた。
「薄っぺらい作戦立てて、単身で乗り込んでいったバカを連れ戻すのが先」
――アタシとイイコト、しましょ?
シロガネの頭を過った人物で間違いない。
「二兎を追えるほど、ここは甘くねえからな。それに、お姫様ならアンタや、あの魔術師もいんだろ……って、なに驚いた顔してやがる」
「片割れの方が大切だと言っているように聞こえる」
「全ヴァンパイアがお姫様に首っ丈なわけねーだろ」と、はぐらかすが、見捨てる気はないようだ。
利害だけで動いていない。
少なくとも、レインは。
今はその情報で十分だろう。
彼の言う通り、オルドは甘くないのだ。
「ああっ……」
「たすけ……!!」
「来るなっ……」
恨み節だったヴァンパイアたちから悲鳴が上がる。
網の目の通路が蠢けば、黒い塊が乱立していた。巣窟と化しつつ広場から血肉を求めて、地下にも。
扉を開ける知恵はないのだから、檻の中で大人しくしていろ――は無理に等しく、マモノに喰われるぐらいならと、同族に噛みつき出すヴァンパイアも現れ、一気に数を増やしていく。
逃げ場のないレインとシロガネは、とにかく走った。
奥へ。
奥へっ。
奥へっ……!!
当初目論んだ、地上の区画と繋がっていそうな部屋へ、鉄の扉をぶち破る勢いで押し入った。
すぐさま、室内にあった樽で、入ってきた扉を塞げば――――危機は脱した。が、むせかえる臭いに吐き気を催した。
地下牢の不衛生から来るものとはまた違う、鼻腔を突き抜けて脳天に警告する。
“同族を喰らうことの危険性”
並べられた樽すべてがヴァンパイアの血であり、熟成されたそれを用いて、さまざまな弾薬に加工する研究室のような場所だった。
蓋を閉めれば串刺しにできる、人型の鉄の箱も健在で。
骨の代わりに残る わずかな灰を被り、錆び付いた棘は欠け、乾いた血がこびりついている。
「はっ……クソどもが……」
レインは鼻を摘みながら、作業台に置かれた古式銃とその弾薬を胸に忍ばせた――――その様子をシロガネに凝視され、ひと睨み。
「なんだよ。盗みを咎められる筋合いはねえぞ。使えるもんは使うが俺のモットーだ」
「あぁ」
「……」
「……」
「だから、なんだってんだよ!! 視線で語るな!!」
「おまえを呼ぼうとしたら目が合った」
「あ!?」
「肩を貸してくれ」
さらに奥へ続く扉は堅く閉ざされているが、扉の上に通気口を発見する。そこを指さすシロガネと、彼の体格を比較して、「てめえが土台になれ」とレインが通気口をぶち抜いた。
かんぬきを外し、階段を駆け上がる。
その先は工場エリアと第一居住区の境目だった。
バラック小屋の上に、またバラック小屋を建て、そこへ行くための道を作っては行き止まり――――継ぎ接ぎだらけで入り組んだそこは、広場からの侵攻を食い止められてはいるものの、すでに戦渦となっている第一居住区からの板挟みで、こちらも乱戦状態にあった。
「生存者はニ号へ急げ!!」
「イ、ロは共に閉鎖、ハ号も閉門を開始した!!」
入り組んだ場所が故、避難に時間を要していた。
最上階にいると疑わないシロガネと、もれなくそこにいるであろう弟を追うレインは、逃げまどうヒトに続き、上を目指した。
口さえ閉じていれば、ヒトとの区別なんてつかない。
そう思っていた矢先、シロガネに向かい風が吹く。
「お待ちください!!」
「ソヴィータ様、なりませんっ!!」
少し開けたニ号門前で守りを固めている兵士たちが、見知った顔を必死に止めていた。
「塔に行ったきり誰も戻ってきてないじゃないっ。ダズリン様の身になにかあったんだわっ」
「反対側のエリアとはかなり距離がありますゆえ、何卒!!」
そのやりとりを聞いたシロガネは、門を通らなくてよくなる。
壊滅状態の下層に留まる理由は、ロイユだ。
塔と呼ばれた場所が同じ階にあるのなら、上に行く必要はない。




