9口半め
「あーら、こんなところにいたの?」
話には聞いていたが、初めましてに変わりはない。
口角を上げ、少し開いたそこから、鋭い八重歯が光っている。
――ヴァンパイアだっ。
ネロはいっちょまえに、ロイユの前に出た。
「お子ちゃまに用はないんだけど、今、争ってる場合かしら?」
揺れは落ち着いたものの、大量のヴァンパイアが押し寄せている――――と、塔の外側で慌てふためく声や音が、より鮮明に聞こえる。
――大手門を開けろ!!」
――なりませんっ、民衆の避難がまだ終わっていません!!
――ここで食い止めろ!!
――マモノにヴァンパイアを喰わ……
居住区に通じる鉄製のカラクリ扉が、勢いよく凹んだ。
こっちに入りたい。ではなく、とてつもない力で投げつけられたもの、だ。
ヴァンパイアに?
それとも、マモノが?
鉄の扉の先には地獄絵図が広がっている。……にも拘わらず、「早く開かないかしら」と、ルキスは退屈そうにボヤいた。
ばっちり聞こえてしまったロイユとネロは、ちょっと引き気味に彼を見てしまう。が、そんな視線も、なんのその。
「熱烈な視線をくれるお姫様に教えてあげる。この要塞の出入り口はひとつ。アタシがやったのは、地下の扉を開けた、だーけ」
率いて来れる量ではない。と、ルキスはあらぬ疑いを払拭する。
「外で暴れてるのは、ここが飼ってた子たちよ」
「ここはヴァンパイアがいないところだろ?」
「あら、お勉強熱心じゃない」
ネロは えっへん、と腰に手を当てて、胸を張った。
「ついでに教えてあげるわ。ここがどうして、ヴァンパイアに強気でいられるのか。銃火器でも十分なのに、奴らはヴァンパイアの血を凝縮して、それを弾にこめてるの」
だから、マモノにヴァンパイアを喰わせる、のだ。
マモノを故意に生み出すことができ、そのためにはヴァンパイアの血を搾取する必要があった。
「ご静聴ありがとう。――――今度はアタシに攫われてよ、お姫様」
街1つを潰すつもりはなくとも、ルキスの目的は変わらない。
油断させておいて掻っ攫うのが、彼の常套手段だ。
しかしそれも、外の混乱で大幅に狂わされていく。
勢いのまま突っ込んできたマモノが鉄の扉を吹き飛ばし、目の前にいる生物3体に襲いかかってきた。
マモノと、猛スピードで飛んでくる凶器と化した鉄の扉――――歴戦のルキスが1番反応が早く、ロイユをこちらに引き、扉を回避する。が、マモノへの手応えが甘く、にゅるんと伸びた腕がルキスの横腹を抉った。
そこをネロが火の玉で追撃し、マモノを消滅させて、なんとか危機は脱する。
「大丈夫ですかっ……」
結果的にルキスに守られたロイユは、誘拐犯として見ていなく、負傷した彼の身を案じた。
「……あーら、お優しいこと。お姫様が怪我して血の一滴でも垂らして見なさい。それこそ地獄絵図よ」
「ロイユ、ボクの服つかって、この人手当てしよ」
「アンタたち、どこまでも甘いのね」
傷は深くない、とルキスは手当てを断った。
「甘いついでに、ボクもさらって!」
「なんですって」
「安全なところまでつれてって!」
空からやってきたネロと、気づけば塔の上にいたロイユに土地勘は全くない。ならば、ここまでやってきたルキスに頼ったほうが、生きて出られるとネロは考えた。
*
壊れた鉄の扉から塔の外へ出る。
塔から大手門の近くまで行ける最短通路は、死地といっていい。
徘徊するマモノ。
ヒトを襲うヴァンパイア。
それらを駆逐しようとする兵士たち。
すべてが驚異だ。
遠回りにはなるが、居住区を通って、塔の反対側の工場エリアから大手門へ抜けたほうが、まだ希望はある――――と、思っていたものの、倒しても倒しても減らないマモノにルキスはげんなりだった。
要塞都市なだけあって、居住区と広場は直結していない。
両脇の、塔に隣接する駐屯場や工場があるエリアで迎え撃つ構造になっており、居住区を目指す一行は、常にマモノに追われる感覚だ。
かといって、後方ばかりに気をとられているわけにもいかない。
下層の第1居住区は、討ち損じたヴァンパイアとマモノで溢れかえり、乱戦を強いられていた。
ロイユを庇った際にできた傷は動くたびに開いて、じわじわとルキスの体外へ流れ落ちていく。
片や、火の玉をぽんぽん作っては投げ、を繰り返すネロは元気なまま。時折、鋭い眼光でマモノとそうでないものを見定めているときなんて、あどけなさの欠片もなかった。
魔術師、とは。
こうも底知れないものなのか、と。
ただ者でないことくらいしか、ルキスには分からなかった。
「ちょっとはお姫様のこと考えなさいよ」なんて、ネロに釘を刺して、半壊した家屋で息をつく。
錆び付いた手押しポンプを漕ぎ、コップに2つ水を汲んで。倒れた棚に腰掛けるロイユとネロに持っていけば、ネロがいないときた。
「あのおチビちゃんは?」
「マモノが近づかないようにしてくるって、外へ……」
「元気ねぇ」
水を受け取り、「ありがとうございます」と律儀にお礼を言うロイユも、くたくただと言うのに。
こくこくと小さな音を鳴らして喉を潤す彼女の隣に、ルキスも腰掛けた。いらなくなってしまった水を呷るが、渇きもなにも満たされない、ただの液体にため息が漏れた。
「……――」
「る、ルキスさんっ」
「なぁに、お姫様」
教えた名をぎこちなく呼ぶロイユの手には、折れた木片が。
「アタシを殺ろうってんの?」
折れた部分のギザギザで殺されるほど柔じゃない。
それは彼女も分かってるようで、思いっきり首を横に振った。
「す、少しだけっ……」
折れた木片で首を引っかくポーズをする。
「前に、ほんのすこしで元気になった子がいた、のでっ……」
「血をやるから、もっと戦えって? 虫も殺さないような顔して、ヒトらと同じことを言うのね」
今度は小さく首を横に振る。
「道案内できるのがアタシしかなかったわね」
どうして、彼女は泣きそうな顔をするのだろう。
「――あぁ、アタシがマモノになったら、大変だものね?」
どいつもこいつも、所詮……
「顔色っ!!」
「うん?」
「すごい、青い顔してるんですっ……!! わたしの血でなんとかなるなら、いいなって……!!」
“ただただルキスの身を案じている”
それが――――見返りなんて求めていないロイユが、ルキスには理解できなくて、自己犠牲に悦を感じるでもない、綺麗事の塊なような生娘に腹が立ってくる。
同時に、それを上回る温かさがこみ上げてきて。
非力で、
世間知らずで、
小生意気な餌のくせに――――
ルキスの返答を待たずに、木片で自身の首を引っ掻こうとするロイユの手を止める。
「……それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
玉のような肌を、木片でぐちゃぐちゃに傷つけるくらいなら、とルキスは八重歯をロイユの首筋に突き立てた。
じわりと。
溢れ出てきた血液の、なんと口当たりの良いことか。
濃厚でありながら、喉に到達する前にすっと口内でとろけていく。
初めての経験で身体に力が入るロイユの手を握り、優しく吸い上げては舐めるを繰り返して――――彼女が寄りかかってくるまで、血をいただいてしまった。
「やべっ……」
思わず素に戻るルキスは、ロイユを抱き留めた。
「抵抗しろよ、吸い尽くすところだっただろ」
低音で喋るルキスに見慣れていない彼女は目をぱちくりさせながらも、力なく微笑んで見せた。
「あんまり……痛く、なかったので……。顔色、良くなって、よかった……」
これまた力の入らない手で、ルキスの手を握る。
――その温かさが嫌になるほど、離したくなくなる。
――そんな感情が、まだ自分に残されていたなんて。
「はぁー……」と、大きなため息をつき、ルキスは無理やり気持ちを切り替えた。
「めちゃくちゃ元気になっちゃったじゃない」
横腹の傷も塞がったルキスは、ロイユをお姫様抱っこしてネロを追う。しっかりと抱き抱えて合流すれば、ネロからは噛み痕が見えず、ルキスが担いでやってきたことに言及することもなかった。




