9口め
歯車と鉄が織りなす要塞都市オルドは、まるで街が脈打っているようだった。
ごうんごうん、と鳴り響く重低音に、ロイユはひとり目を覚まして、小さな窓を覗く。
いくつもの煙突から煙が昇り、その合間から山肌に沿って密集する家屋と、もう1段下に壁に囲まれた広場が。
高い壁だとは思う。
けれど、それらを見下ろせるロイユは――――街の最上にいる、ようだ。
容易には抜け出せない。
ふかふかのベッドに木目調の一人部屋、サイドテーブルがわりの樽に置かれた水差しもすごく澄んでいるのに、とても窮屈に感じる。
「目が覚めたようだね」
扉を開け、入ってきた赤毛の男に面識はない。
若くはないが、おじさまと呼ぶには渋さも皺も少ない彼と――その後ろに、村で別れたソヴィータがいた。
ロイユと目が合うと、以前と変わらないハツラツな様子で再会を喜んだ。
「無事でよかったっ」
「ソヴィータも。元気そうでよかった」
「ダズリンさまの兵隊さんたちが助けてくれたのっ」
ロイユの視線が、赤毛の男に移る。
「手荒な真似をしてすまなかった。私がオルドの総督、ダズリン・ヴィオ・バシュラールだ」
「ロイユのお父さまなんだから当然のことをしたまでよ!」
「ありがとう、ソヴィータ」と、微笑むダズリンが実の父親だなんて信じられなく、ロイユは聞き返した。
「……おとうさん?」
「あぁ。クオレとは、鷹狩りで負傷した際に手当てをしてもらったのが最初の出会いでね。私の一目惚れだったんだよ」
懐かしんでいたのが一変して、険しい顔つきに。
「――キミを身ごもってから、監視が厳しくなってね」
拳を握り締め、
「兵を従えて迎えに行けば、やつは逆上し……」
歯を食いしばり、
「村人全員を虐殺して行方をくらませた」
見開く瞳の奥に揺らぐ、シロガネの姿に並々ならぬ憎しみを抱いて。
「そうして、ずっと探していた妻の仇が、我が子まで連れていると知ったとき、私はっ……。いてもたってもっ……いられなくなったんだっ……!!」
肩で息をするほど取り乱した彼は深呼吸をして、ロイユと向き合った。
「これからはっ――ここを我が家だと思って。私や、ソヴィータと共に暮らそう」
「……」
影こそ落ちなかったものの、ロイユはゆっくり首を横に振る。
父を語る男の、シロガネの残忍さがどうしても信じられなかった。
「ここならヴァンパイアに襲われることもないのよっ?」
それをソヴィータは、“ここで過ごすことの抵抗”と捉えて、諭した。
「アタシがしたことは間違いじゃなかったっ。村が襲われた責任は救援が遅れた我々にあるって、ダズリンさまは言ってくれたのよっ」
――――なにも悪くない、むしろヴァンパイアがいることを知らせてくれた救世主なのだ。と、かつての友人ははすっかり懐柔されていた。
「ね、ロイユ。ここなら――」
「すこし……ひとりになりたい……」
「ロイユっ」
「……」
「ソヴィータ、ロイユの言う通りにしてあげよう」
2人が部屋を出ていき、オルドの脈動がまた聞こえ始める。
一方的に教えられた過去を鵜呑みにするつもりはないが、ダズリンからひしひしと伝わってきた憎悪に嘘偽りはない。
あんなにうるさかった影は、まるで囁かなかった。
なにかあったことは明白で、どんな関係だったのか、あのとき聞いておくんだった、と後悔ばかりが――――
(――違う)
ロイユは自分を否定した。
これは、兄を信じてない、ロイユ自身が招いた結果である、と。
ヴァンパイアだとひた隠し、愛情を持って育てたシロガネに“下心がある”と少しでも思い、影に転嫁することで自分の本音を誤魔化していた。
そのことをようやく自覚した彼女に、帰る資格はあるのか。
ロイユは膝を抱え、罪悪感に押しつぶされそうになる――――のを、ノック音が止めた。
脈動に紛れて、タン、ガッ、ダン!
小さな窓のガラス戸にぶつかった烏は、翼を広げ、へばりついたまま。
目が合わなくもない気がして。
入れて、と。懇願しているように思えてきて、ロイユは窓を開けた。
上の部分がちょこっとだけ開き、そこから華麗に入り込んでくれば、「見つけた!」と、ネロが姿を変えて現れる。
「よかった! 大変だった、いろいろ!」
言葉足らずで説明する、いつも通りのネロに安堵感がこみ上げてきて、ロイユは泣き出してしまった。
「こわかった、な! あんしん、安心してっ。ボクが来た、百人力、ちがう?」
ぎゅーっと抱きついて、ネロはロイユを慰めた。
「ごめんっ……なさいっ……」
「泣かないでっ、あやまらないっ。こわいものは、こわいっ」
「わたしのっ……せい、だからっ」
嗚咽混じりに感情を吐き出すロイユもまた言葉足らずで、ネロは自分が頼りないからだと、おろおろ。
ロイユが落ち着くのを待つしかないと思った矢先に、どーんっと大きな音を皮切りに、建物が大きく揺れ始めた。
煙突ではないところから煙が上がり、小窓を覗けば1階の広場には人だかりできていて、サイレンが鳴り響く。
悲鳴、銃声、雄叫び……。
どんどん騒がしくなってくる下層の様子に、ネロは脱出を急いだ。
部屋の扉に鍵はかかっておらず、小窓から見えていた居住区とは独立した塔のような建物だった。
螺旋階段を下る途中、外に出られそうな窓や扉があれば、そこからロイユを背に乗せ脱出を図るつもりが、思うようにはいかず。
塔の下には、先のお祭りでシロガネに迫っていた、ルキスが立っていた。




