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銃撃戦のあとで

 ボディカメラのマイクに向かって、冷静に緊急事態を告げる。

 レニーは、そのままスライディングする要領で隣のベンチまで移動すると、闇の中に浮かぶ何者かの影に向かって発砲した。

「俺はクラウン刑事だ。お前たちは何者だ?」

 無駄だと知りつつ、白い闇に向かって誰何すいかする。やはり答えは返らず、さらに何発かがレニーのひそむベンチへ撃ちこまれた。

 雪まみれのベンチが容赦なく雪と木を撒き散らしている。


 そして最悪なことに、その敵の一人はロングマガジンのフルオートガンで撃ってきていた。弾数と破壊力が圧倒的に違う。

「グロック18Cかよ、こんな街中でそんなもん撃ちやがって、大馬鹿め。けっ、確かに”下手な鉄砲も数撃ちゃ当る”よな」

 ベンチの裏側で弾を補充しながら、レニーは悪態をついた。じきに警官二人の他にも応援部隊が駆けつけるだろうが、このぶんでは派手な撃ち合いになりそうだった。

 ただ、幸いなことに、奴らはフィリパのいるベンチの方へ弾を撃ちこもうとはしていない。さらにもっと、フィリパの隠れているところから離れる方が賢明だろう。


 植え込みの陰を利用して少しずつフィリパの隠れているベンチから離れながら、レニーは頭の片隅で彼らがいったい何者なのか、を考えはじめていた。答えはひとつしか思いつかない。ホワイトの差し金による組織の殺し請負い人というやつだ。

 だが、なぜレニーが狙われるのだろう。これにも答えのヴァリエーションはあまり多くない。一番ありそうなのは、何をしようとしているのかホワイトに気づかれたアイアランドがすでにレニーに話した――あるいは証拠を渡した――と嘘を言った、ということだ。


 そうだとすれば、アイアランドはすでに身柄を奴らに拘束されているということになる。だから、娘がやってきたのだ、彼の代わりに。

 だが、そこでレニーは首をひねらざるを得ない。

 娘が代理で来るように仕向けたのなら、アイアランドがしゃべったとは思えない。レニーだけならともかく、娘が危ないのだ。あるいは娘が来ることなど、アイアランドの計算にはなかったことなのか。

 いや、なかったとは思えない。なぜなら、フィリパはレニーの顔の特徴を知っていた。あれはアイアランドが教えたのだろう。

 レニーはちっと舌打ちした。わからないことだらけだった。しかし、いま考えていてもしかたがない。ここを切りぬけて、フィリパを保護すればいやでもわかる。あるいはBBが、アイアランドを、だ。


 その間も執拗に銃弾は降り注ぐ。レニーも応戦するが、こちらの分はあまりよくない。相手はどうやら無尽蔵の武器と弾薬を持っているらしかった。しかも、二手に分かれてこちらへと近づきつつある。

 一人はどうやら怪我をしたのか離脱したようだが、まだレニーの向かい側の木の影に一人、ベンチの陰に一人、さらにフルオートガンを持った奴が噴水の向こうに見える石像の台座の上にひそんでいる。


「俺一人にご苦労なこった。名前が売れるってのも考えもんだな」

 レニーは皮肉げに唇をひん曲げた。

 元フットボーラーのごついBBと華奢な美青年レニーの対照的な組み合わせは、市警本部殺人課内でも異色だった。まして解決率が課内で一、二を争う優秀な刑事とくれば、マスメディアが黙ってはいない。珍しい連続殺人を解決した異色のコンビとなれば、本部長や市長が利用したくもなるだろう。

 まして、レニーは顔だけでも視聴者に充分その魅力がアピールできるとあって、いいように利用されていた。(本部長いわく、「性格は極悪だが、顔だけなら天使といわざるを得ない」そうだ)

 顔が売れるのは、刑事の仕事に悪影響こそ与えるが、決していい方向に進む手だてにはならない、と何度訴えてもだめだった。


「言わんこっちゃねぇよ、ったく」

 こうなったら、こいつら全員ただじゃおかねぇ、とつぶやくと、レニーはそろそろと噴水の方へ向かって移動を始めた。雪がない状態の場合、縁部分は子供が腰掛けてちょうどいい一フィート半ほどの高さになっている。今はそこに雪が積もり、更に高く見とおしが甘くなっている。

 もちろん、噴水の外側にも雪が積もっている分、高さの余裕はほぼ同じなのだが、どこかの愛犬家によって細い道の分岐がいくつもできていてレニーの細身なら充分に潜むことができる。


 フルオートガンの銃弾は噴水の縁を細かく砕き、積もっていた雪と共にレニーの頭にコンクリートの雨を降らせた。だが、レニーは怖れず、雪にまみれながら縁に沿ってじりじりと敵の潜む方へと進んでいく。

 やがて、レニーが入ってきた公園の入り口の方から、警官たちがやってくるのが見えた。応援組も到着したらしく、最初の二人だけではなく何人か引き連れている。


 一瞬、犯人たちが怯んだように見えた。だが、銃撃はやまない。ここで引いても後がない連中なのかもしれない。

「俺も引かないからな」

 まずレニーは、警官隊に気を取られたベンチの後ろにいた一人の肩に一発撃ちこみ、相手がひるんだ隙に駆け寄って鳩尾に拳できつい一撃を食らわせた。

 石像の陰からフルオートガンが雪煙をあげたが、既にレニーは石像の横へ回り込んでいる。フルオートガンの男がレニーの方へ身体を向けたとき、頭上の針葉樹から男の上に重い雪が大量に落ちてきた。

 男はおっと声をあげ、足を滑らせた。それでも体勢を立て直そうとしたが、そこでできた一瞬の隙にレニーの銃が男の眉間を捉えていた。


 **..**..**..**..**..**..**..**..**..**..


 四人の犯人のうちフルオートガンの一人死亡。二人は肩に、一人は脇腹に被弾して重傷を負い、警官に取り押さえられている。警官は一人が足に軽傷を負ったが、たいした傷ではなさそうだ。

「相手はフルオートガンまで撃ってたぜ? 何者だ、クラウン」

 顔見知りの応援警官の一人、リードが呆れた声をあげたが、レニーはそれに答える余裕はなかった。

「なぁ、リード。俺が話していた女の子がいただろう。あの子を保護しなきゃいけないんだ。探してくれ」

 フィリパの姿が見えなかった。待っていてくれと言ったはずのベンチの陰には、オレンジ色のレニーのマフラーが落ちていただけで、少女はいなかった。

 レニーが辺りを走りまわりながら、フィリパの名前を呼ぶのをリードや他の警官も手伝っていたが、どこからも少女は見つからない。

「あいつら、他にもいたのか。あんな子供を連れていってどうしようってんだ」


 レニーが本部へ捜索の応援部隊を頼もうと焦りだしたとき、リードはためらいながら奇妙なことを言いだした。

「なぁ、クラウン、お前が話していたっていうのは、誰のことなんだ? フィリパって女の子、なんだよな?」

「ああ、さっきからそう言ってるだろ? しかもカメラで見てたんじゃないのかよ」

「あのな、実はさ。……八時の鐘が鳴った途端に、ボディカメラの映像が映らなくなったんだよ。同時に本部からも連絡があったんだよ、映ってないって。雪のせいかと思ってたけどな、マイクでお前の声だけがずっと聞こえていてさ。ってことは、マイクだけは会話を拾っていたはずなんだが、相手の声は聞こえなかったんだよな。で、そのあと銃撃戦が始まったらカメラが復活したんだよ。だから俺たちは銃撃戦は見たが、女の子は見てないし、声すら聞いてない……」

「……、んなわけがあるか!」

 レニーの整った顔が凶悪に歪み、リードが怯んだ。美形のすごんだ顔は心臓に悪い。だが、しどろもどろになりながらもリードには引く気はない。

「確かにその時点の映像は映ってない、誰の声も聞こえなかった。俺の次の給料を賭けてもいい。一緒にいたウィリーに訊いてくれてもいい。誓って言う、あんたの声以外、誰の声も聞こえなかった。だから俺たちはおかしいと思って……」

 リードがそこまで言ったとき、レニーのスマートフォンが手の中でまた鳴った。


 **..**..**..**..**..**..**..**..**..**..


 アイアランドのアパートは、サウスウィンズのはずれにあった。

 ここは住宅街だったが、何年か前、ある企業が一部を買い上げてしゃれたアパートやマンションを大量に建てたおかげで、古い住宅街は旧サウスウィンズと呼ばれるはめになった。もちろん、アイアランドの住まいは、新しい方ではなくその旧サウスウィンズのほうにある。

 せせこましい路地が静脈のように四方に複雑に伸び、汚い歩道や荒れた壁に囲まれた裏通りの古い建物の四階にその部屋はあった。


 いつもと大きく違うところは、通りに幾台ものパトロールカーと救急車が止まっていることだ。

 近所の住人が興奮したような顔で、それでも巻き添えを食らうのが嫌さにめだたないようにあちこちから顔だけを覗かせている。

 入り口に陣取っていた警官が、レニーを見とめて軽く手をあげた。

「ブリントン刑事は上です」

 レニーは不機嫌さを隠さないままうなずいて、階段を駆け上がった。


 四階のアイアランドの部屋はすぐわかった。大きく戸口が開いて、担架に乗せられた誰かが運び出されようとしていたのだ。

 レニーは狭い廊下の壁に背をつけ、その担架がてきぱきと、だが非常に静かに運び出されるのを見ていた。シートの下にあるのは、たぶんアイアランドの身体だろう。

「CSIが検証中だ」

 BBが中から顔を出した。

「で?」

 不機嫌そうな相棒にBBは目玉をぐりっと廻して見せた。

「自分の目でみろ」

 レニーはうなずくと無言で中へ入った。


 CSIの若い女性捜査官カブリーニが、レニーに向かって親しげに手を振ったが、レニーの目は担架の上の遺体を見つめていた。まだ、カバーをかけられていない。

 手足を縮め、まるで眠っているかのように丸くなっている少女。濃い茶色の髪が顔にかかっていて表情は見えない。グレイの上着に紺色のスカート。足は黒いタイツでブーツは片方しか履いていない。もう片一方は部屋の隅に転がっていた。


「子供の殺しはいやだわ」

 カブリーニは顔をしかめた。

「そのソファに寝かせられていたの。お父さんと大体同じ頃に殺されたみたい」

 カブリーニの言葉に、レニーはうなずいた。

「ちょっとだけ触ってみていいかい?」

 ええ、検死は済んでるわ、とカブリーニ捜査官がうなずく。レニーは少女の方にかがみこみ、その顔にかかる細い髪を静かに払いのけた。

 そこにあったのは、まぎれもなくあのフィリパの顔だった。


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