81話 スズダールの街
スズダールは北への玄関口に当たる。
私たちの村は北東にあり、北西の山に向かうと魔族の領土と繋がる。
北方師団の基地があり、軍需産業で賑わう工業都市でもある。
林業・木工、鍛冶・製鉄、魔導具の整備工房などもある。
西部諸国からの物資を乗せた貨物列車が走り、ここで製造された製品が鉄道と船で各地に運ばれるのだ。
「オルロフにスズダールを先に落とされたら、詰んでおったな」
「ですね……」
この街は北部の最重要拠点でもあった。
城壁が街をぐるりと取り囲み、煙突がジェレズナ川沿いに立ち並ぶ。
高炉が白煙を上げる中、私たちを乗せた馬車は城門をくぐった。
「ドラグ、マントを羽織れ。その魔導陣は目立つでな」
「わかった」
ドラグは大きな背嚢から灰色のマントを引っ張り出した。
城門を入ったすぐのところでエフロシーニャは馬車を降りた。
長時間揺られて腰も尻も痛かった。
「バウバウッ!」
「アイカもがんばったね」
私がアイカと戯れているとエフロシーニャが声をかけてきた。
「昔からの知り合いがこの近くで宿をやっている」
「……駅まで遠いですね」
マリーナのいるタイムズの支社は駅の近くにある。
いずれにしろマリーナに会いにいくのは明日だ。
エフロシーニャは城壁の近くの職人街の方に入っていく。
埃が立ち込め、空気が悪く、狭い路地には酔っ払いが寝ている。
あまり治安のよろしくない場所だった。
日が暮れるころ、ごみごみとした雑居ビルにエフロシーニャは入っていった。
「エフロシーニャ師……お久しぶりです」
「クズネツ。世話になります」
「部屋は用意しています」
建物の二階に上がったところのカウンターにいた男が鍵を二つ出した。
灰色のローブをまとっている。
建物はお世辞にも綺麗とはいえなかった。
「もぐりの刻印魔導師じゃ」
「……」
エフロシーニャはぼそっと私に囁いた。
ドラグとアイカが一つの部屋に入り、私とエフロシーニャが一緒の部屋になった。
アイカと離れたくはなかったが、エフロシーニャが嫌がった。
魔導灯を点けると、狭い部屋だった。
粗末なベッドが二つ。
簡素なテーブルと椅子。
窓からは隣の建物しか見えない。
王都で住んでいた部屋の方がまだマシ。
「行動は明日じゃ」
「私はタイムズに行きます」
夕食時、エフロシーニャが言った。
一階の食堂で私は肉料理を頼んだ。
エフロシーニャはメドブーハを舐めつつ、シャシリクを頬張った。
「わしは闇市に行くぞ。ドミトリのやつが立ち寄ったかもしれんからな」
「え?!」
闇市? そんなところがあるなんて私は知らない。
「なんで所長は軍に戻ったのに、軍から逃げているのでしょう?」
エフロシーニャはメドブーハを飲み干した。
「単独で北の地に行くとなったら許可は出んわな」
「雪が積もる前に北の地に……」
「そうじゃろうな」
じゃあ、もう行ってしまった?
もうこの街にはいない?
「私は明日はマリーナのいるタイムズの支社に行こうと思っていたのですけど」
「別行動じゃな」
二手に分かれた方が早い。
私は頷いた。
「アイカを連れて行け。わしはドラグと魔導具を売りつつ聞き込みじゃ。昼に宿で待ち合わせじゃ」
シルニキを頬張っていたドラグが頷いた。
すでにおかわりを三回していた。
翌朝、私は駅まで魔導バスに乗って向かった。
ハーネスをつけた見るからに軍用魔犬のアイカは人目を引いた。
駅に着くと銀行に寄って、当座のお金を下ろした。
行員は私の名前を聞いて、一瞬ピクとしたが書いた通りのお金を出してくれた。
ほっとして通りに出る。
タイムズの支社を探さないといけない。
「アイカ……静かにね」
「わん!」
バスを降りると地図と住所を頼りに支社のある建物を目指す。
今までに何度かここに来ているけれど、ここまで人が多いことはなかった。
王都で被害にあった人々が避難してきていると聞いていた。
朝の出勤前の人々に混ざって、うろうろしていると人にぶつかる。
「バウッ!」
「ひっ……」
アイカの怖い顔は、いい護衛になっていた。
人混みの中からアイカを連れて路地に入る。
地図を広げると目指す支社はもうそこだった。
受付で名乗り、マリーナを呼び出してもらおうとしたときに見覚えのある顔が通りかかった。
「マリーナ!」
「ヴェーラじゃない!」
「久しぶり!」
すぐに出会えたことに、ほっとしてハグし合う。
「無事だったのね? 手紙を読んでくれたのね?」
「マリーナに聞きたいことがあって」
「ここじゃ、人目があるわ。カフェに行きましょ。ちょっと待ってて」
そういうとマリーナは私の灰色のローブをちらりと見て、奥に入っていった。
マリーナはすぐに戻ってくると、近くのカフェに連れていってくれた。
「今、私は北方師団の取材をしているの」
マリーナはお茶を二人分頼むと話し出した。
「バウバウッ!」
「アイカは腸詰でいい?」
「バウっ!」
マリーナは目を細めてアイカを見た。
「軍用魔犬のアイカです。連れてきちゃいました」
「どういう経緯で連れてきちゃったのかは、興味があるわね」
マリーナの目が光った。
慌てて話題を変える。
「で、北方師団の取材ですか?」
「ええ。王都で魔族がオルロフを使ってクーデターを起こしたでしょ?」
「はい」
マリーナは息を潜めた。
「まだ魔族の息のかかった魔導師が王国にいるの」
「!」
私は思わずお茶を噴き出した。
まだ、終わっていない……?
「おおかた、その軍用魔犬……アイカも軍になんらかの意図があってヴェーラのそばにいるはず」
「まさか……」
と言いつつ何の見返りもなしに軍がエフロシーニャの護衛としてアイカをつけるはずはないということに思い至った。
レオニード少将とエフロシーニャ師は何か密約を交わしている?
私の顔色が変わったに違いない。
マリーナがじっと私を見て口を開いた。
「それで、ヴェーラの事務所の所長のことだけど……」
「所長! どこで見たのですか!?」
マリーナはその私の反応に、満足げな微笑みを浮かべた。
「交換条件よ」
「……はい」
「それで! 所長はどこに?」
「待って」
身を乗り出して聞いた目の前に、マリーナの手のひらが見えた。
「本当にヴェーラはドミトリさんのことが好きなのね」
「えっ!」
思わぬ言葉に耳まで赤くなった。
「本当にわかりやすいわね」
「……なんで……知っているのですか?」
マリーナはため息をついて指折り数えながら言った。
「それはわかるわよ。最初の頃はあんなに無愛想とか、無口だとか言ってた癖に、最後会ったときは、ヴェーラの好きなシルニキを毎日ご馳走になってて、契約局に栄転で喜んでるかと思いきや、手紙では全然喜んでないし。それに、ああいうタイプ好きでしょ?」
「……」
「だから、最初にヴェーラが教えて。あのクーデターのときに何があったのか」
「……」
マリーナは真剣な眼差しをふっと緩めた。
「ドミトリさんのことを最初に話したら、すぐに飛んでいきそうだから」
「ぐ……」
私は悩んだ。
神の魔導陣のことは話せない。
神の魔導陣のことは伏せないといけない。
「軍の発表は悪いけど信じられない。ヴェーラが関わっていることはわかってる」
そこまで言われたら話さないわけにはいかなかった。
「……エフロシーニャ師のことは知っていますか?」
「噂に聞く北の魔女ね。軍の中枢と繋がりがあるとか。引退したゾロトワ大佐から聞いたことがあるわ」
「その……エフロシーニャ師が、神話の竜を召喚したのです……」
「!!」
嘘は言ってないはず。
ごめんなさい、エフロシーニャ師。
「まさか! さすが北の魔女。そしてその弟子がヴェーラね」
「そうです……」
契約局で悪魔が出現して王都防衛隊が駆除したことから話し始めた。
もちろん魔導銃で悪魔の上半身を吹き飛ばしたことは言わない。
軍が駆除したことになっているからだ。
蛮族の契約案件で私がかけた契約魔導は私しか解除できないこと。
それが原因でオルロフに捕まりそうになって所長に助けられたこと。
所長は魔族に襲われている軍を助けに行って捕まってしまったこと。
故郷に戻ってエフロシーニャと再会し、そして竜に乗って王都に向かい、レオニード大佐に協力して魔族に捕まった魔導師や獣化の民を助けたことなどをかい摘まんで話した。
「……」
マリーナは黙ってノートにペンを走らせていたが、次第に口があんぐりと開いた。
「じゃ、なに? ヴェーラの行動がオルロフのクーデターを阻止……したというの?」
「私だけじゃないです。エフロシーニャ師とレオニード少将たちです」
マリーナはため息をついた。
「これは……発表できないわね。軍の説明と随分違うもの。まさかエフロシーニャ師が神話の竜を召喚した? レオニード少将が召喚したというよりも信憑性はあるわね……」
マリーナは険しい顔で何やらぶつぶつと言っていた。
「オフレコでお願いします」
「いいわ、言っても誰も信じそうにないもの」
マリーナは肩をすくめた。
「でも、落ち着いて何年も経ったら、また取材させてね」
「はい……」
「でも、マリーナは危険なことはしないでね」
マリーナは北方師団を追いかけて、魔族と魔族の影響下にある魔導師の取材をしているらしい。私はマリーナのことが心配になった。
「その記者は踏み込みすぎだと所長が言ってました……」
「そう……やっぱりドミトリ中佐は、何かを掴んでいたのね……」
でもマリーナは目を閉じて口の中でなにやら呟いて思考を整理しているようだった。
私はそこで一呼吸置いてマリーナに聞いた。
「所長を……所長をどこで見たのですか?」
マリーナはタバコに火をつけた。
ふうと煙を吐き、やがて口を開いた。
「闇市よ。……でも、松葉杖をついてた」
「やっぱり闇市で装備を整えてた……でも、松葉杖って?」
マリーナはじっと私を見た。
ふいに嫌な予感が脳裏を駆け巡った。
怪我?
松葉杖をついてる?
でも、回復できないって、どんな怪我?
「右足がなかったの……」
「!!」




