74話 白銀の悪魔
「ドミトリさまは? ドミトリさまは、どうなったのですか?」
操縦室に戻るとスヴェトラーナの青い瞳に見据えられた。
その目が不安そうに揺れている。
連れて帰れなかった……
そのスヴェトラーナの目を直視できず、逸らしてしまう。
所長の霧魔導がなかったら、悪魔の破壊の魔導で王宮どころか空船も灰になっていたかもしれない。
「ヴェーラ……音声魔導通信を途中から聞いていた」
「ドミトリ中佐の魔導反応でしたが」
イリアが声をかけ、中央の席に座っていたメドヴェドが続けた。
「ドミトリさま……は?」
「所長は、一時的に軍に復帰して、悪魔のもとに向かいました……」
意を決して、私はスヴェトラーナの目を正面から受け止めた。
でも、私も一緒に行きたかった。
今の私だったら戦力になる、そう自負はあったけれど、所長の答えは私を動けなくする魔導をかけることだった。
「所長は私を動けなくする魔導をかけて……」
「……え?」
悔しさが込み上げ、目が潤んだ。
「……あの魔族と悪魔のもとに向かいました」
「……」
「スヴェトラーナ嬢、我らは我らができることをやろうぞ」
エフロシーニャがスヴェトラーナに声をかけて、メドヴェドに席を開けるように手を振った。
立ち尽くしたままのスヴェトラーナの横を通り、私は自席に戻ってイリアに声をかける。
「あの悪魔を主砲で屠り、所長を援護します」
「……分かった」
イリアは崖に開いた大穴から夜空に飛び立った。
エフロシーニャはドラグに銃座に向かうように指示し、メドヴェドがドラグの席に座った。メドヴェドが再び口を開く。
「音声魔導通信は、オルロフが入ってくるところから聞いていました……」
「国王が処刑されたのは本当か?」
イリアの声が沈痛さを帯びた。
所長とレオニードの最初のやり取りは聞いていなかったらしい。
私は所長が軍に復帰したこと、その後オルロフと魔族を魔導銃で吹き飛ばしたこと、獣化の民と王宮魔導師を侵蝕の魔導から解放したことを話した。
「ですが、オルロフと魔族、ムラークチュマには逃げられました……」
「そんな……」
「あの爆発は、魔導銃で!?」
メドヴェドが信じられんと唸った。
「ヴェーラのすさまじい魔導反応が立て続けにあった。驚くことじゃない」
イリアがため息をつき、スヴェトラーナが重い口を開いた。
「……国王陛下の処刑は……本当ですか?」
「オルロフが言っていただけじゃが、本当じゃろうな……」
空船は王宮の崖を舐めるように飛んでいた。
崖の奥から悪魔の魔導反応がびりびりと伝わってきた。
城壁がときどき揺れ、石壁が剥がれ落ちていく。
あの崖の中で所長が魔族と悪魔と戦っている……
たった一人で……
「他の王族はどうなったのですか?」
「王弟殿下ご夫妻は外遊中でしたが、昨日、帰国されたはずです……」
「捕まったのですか……?」
「分かりません」
スヴェトラーナの疑問にメドヴェドが答えた。
所長と王族たち、その他捕まった人たちの行方に不安が募る。
「……これから、どうなってしまうのでしょう?」
スヴェトラーナの声が沈んだ。
私も下町で親しかった人たちの顔が思い浮かぶ。
「早く悪魔を倒さないと、魔族軍と戦っている我が軍が壊滅します」
メドヴェドの魔導陣から暗号魔導通信が飛び交っていた。
「バウバウッ!!」
そのときアイカが警戒するように吠え始めた。
「アイカ!?」
「何かが来る?」
イリアと私が顔を見合わせたとき、メドヴェドが叫んだ。
「レオニード大佐より! 大量の魔獣の襲撃あり! 悪魔化に備えよ!」
「!!」
そのとき、また一際大きな魔導反応が膨れ上がった。
それと同時に北の塔に亀裂が走っていく。
石壁が剥がれるように、崩れ落ちていくのが月明かりに照らされた。
「あの悪魔!?」
「ドミトリさまは!?」
亀裂から白い煙が吹き出し、その中から巨大な影が姿を現した。
霧を薙ぎ払うように悪魔が両手を振り回すのが見えた。
それは白銀に輝くプルガ虎の悪魔化だった。
巨大化し、徐々に黒ずんでいく。
「イリア!! 撃って!!」
「分かってる!!」
イリアは赤いレバーをぐいっと引き、その悪魔へ空船を向けた。
そのとき空間が歪んだ。
身も凍える魔導反応が空船の間近に現れる。
「イリア!! 避けて!!」
「!!」
目の前で濃厚な闇が膨れ上がった。
月明かりの中、そこだけ空間が黒く塗りつぶされる。
次の瞬間、それは球状の闇となって弾けた。
『左脚、損傷。左脚損傷……』
空船が激しく揺れ、バランスを崩し、きりもみするように落下していく。
プレートが赤く点滅し、警報音が鳴り響いた。
「きゃあ!!」
「うわあああ!!」
イリアはハンドルを思い切り引いた。
ガクンと空船は浮力を取り戻し、セレブリャンカ川の水面を波立てる。
空船が上を向いたとき、また空間が歪んだ。
「逃げてー!!」
「なにが起こってる!?」
「魔族の侵蝕魔導じゃ!!」
イリアは空船を急上昇させていくが、その先にも闇が出現する。
同時に悪魔の低音の叫びのような詠唱が空気を震わせていく。
「破壊の魔導だ!!」
メドヴェドの声が張り詰めた。
「道連れに!?」
「オルロフ!! 王都を灰にする気かッ!?」
「ドミトリさまーッ!!」
イリアとエフロシーニャとスヴェトラーナが同時に叫んだ。
悪魔の巨大な魔導陣が宙に出現し、文言が刻まれていく。
「イリア!! 撃つのじゃ!!」
「無茶言うな!!」
魔族の魔導反応が近くに次々と現れ、空間を抉っていく。
揺れる空船は球形の闇を間一髪で避け、巨大化した悪魔を前方に捉えた。
そのとき、また空船が揺れた。
「喰らったか!?」
『右翼、損傷10%。右翼損傷10%』
「!!」
「バウバウッ!!」
空船はまた急降下し、イリアが必死に立て直す。
悪魔から唸り声のような詠唱が響くにつれ、魔導陣に文言が刻まれていく。
そして窓の向こうに巨大な魔導陣が完成するのが見えた。
詠唱は最後の段階に入ったようだった。
発動の光が魔導陣を覆っていき——
「終わった……」
諦めに似た声が誰かから漏れる。
しかし、その光は発動直前で止まった。
「え? なんで?」
誰かが呟いたとき、視界が白い霧に包まれた。
所長の霧魔導!!
操縦室に入り込んだ霧が警報音を止め、悲鳴もかき消された。
音も平衡感覚も失い、天地もわからなくなった。
空船は激しく落下と上昇を繰り返す。
そして霧の向こうに巨大な影が見えた。




