71話 再会
通路の先には同じような扉があった。
古代魔導の防御の魔導陣がかかっている。
その扉の先にかすかな魔導反応があった。
私は神の魔導陣でその扉を開錠すると、ドラグが飛んだまま扉を両足で蹴り開けた。
ぎぎっと鳴って隙間があいたとき、扉の向こうで魔導反応が立ち上った。
「悪魔の魔導陣の女! オルロフ陛下の命令だ! 生かして捕らえよ!」
その声とともに、王宮魔導師たちの魔導陣が展開されていく。
その目は魔族と同じ、光のない褐色の目だった。
侵蝕されている……
「ヴェーラ! 神の魔導陣を開くのじゃ」
「! はい!」
「強制解放じゃ!!」
私は展開した神の魔導陣に文言を刻む。
大河のような魔導が流れ、眼下に神の魔導陣が拡大していく。
「一つ、蜂蜜を温めよ。層を重ねよ。時間をかけて馴染ませよ。甘く仕上げよ!」
王宮魔導師の詠唱より早く、私の詠唱が終わった。
魔導陣の文言が、光り輝きながら定着するとともに、王宮魔導師たちが展開した魔導陣が消失した。通路に甘い匂いが立ち込め、左手を突き出したまま王宮魔導師たちの動きが止まった。
「ふむ、精神が侵蝕されておるな。精神支配を受けておる」
解析魔導陣を閉じたエフロシーニャがため息をついた。
「強制解放じゃ……しばらくは混乱で動けないじゃろ」
ドラグは天井近くに浮いたまま翼を小刻みに揺らしている。十数人の王宮魔導師の顔に困惑の表情が浮かんだ。その褐色の目の色が変わっていく。
「……これは?」
「私はいったい?」
膝をつくもの、頭を抱えるもの、混乱が広がっていった。
王宮魔導師たちから呟きが次々と漏れた。
「侵蝕の魔導が解けた。やはり操られておったな」
エフロシーニャが目を閉じて首を横に振った。
でも、私は別のことを考えていた。
今まで、こんな広範囲の魔導陣を展開したことはなかった。
でも不思議と疲れはない。
いつの間にか神の魔導陣と私の中で暴れていた魔導の流れが、馴染んできたことに恐怖を覚えた。
こんなにも簡単に人を支配できてしまうなんて……
人への強制契約——魔導十戒に抵触するかもと不安にもなるが、精神侵蝕のほうが罪は重い、と思い直す。
そう……私は救った。
「魔族の侵蝕魔導じゃ! 国王陛下の魔導師ども! 敵はオルロフじゃ!」
エフロシーニャはその魔導師たちへ声をかけた。
その声に王宮魔導師たちの顔が上がった。
「……魔族? 敵は、オルロフ?」
「ドラグ、行くぞ。あの扉の向こうじゃ」
ドラグは通路の先の扉へと向かう。
その扉には魔導陣はなく、そのままドラグは足で押し開けた。
新たな王宮魔導師の魔導反応はない。
地下牢の扉が続く通路だった。
その扉の一つに懐かしい魔導反応があった。
「エフロシーニャ師! あそこ!」
「ドラグ! 向かえ!」
その扉にだけ施錠の魔導陣がかかっていた。
エフロシーニャが断絶魔導で開錠する。
次の瞬間、ドラグが扉を蹴り飛ばした。
「所長!!」
ロロフのように枷をはめられて、倒れている所長の姿があった。
暗号魔導通信のように魔導陣を展開している。
だが、それはすぐに消失した。
それを繰り返していたようだった。
「ヴェーラ……?」
所長は起きあがろうとしたが、力が入らないようでまた崩れ落ちた。
私はすぐに神の魔導陣を開き、枷の解除をした。
「ドラグ! 下ろして!」
私とエフロシーニャはドラグの腕から飛び降りると所長に駆け寄った。
「エフロシーニャ師……? なぜ、ここに?」
エフロシーニャは所長に回復魔導をかけた。
焦点の合っていなかった目に光が戻ってくる。
無精髭と疲れ切った顔、ボサボサの髪、体は鞭で打たれローブが破れ、皮膚が裂け、血が滲んでいた。
エフロシーニャの回復魔導で傷が塞がっていく。
「……所長」
そして、私はその所長にしがみつくように抱きついた。
「所長! 所長……良かった……」
所長の胸に顔を埋める。涙が込み上げてくるのを止められなかった。
「ヴェーラ! これっ!」
エフロシーニャが私を叱って、頭を叩いた。
そして解析魔導を閉じ、首を横に振った。
「抉られておるな……」
「所長……?」
「……ヴェーラ」
その声にハッとした。精神支配を受けている?
だけど、懐かしい碧い目が私を優しく見返した。
「ヴェーラの魔導反応は……相変わらず、すごいな」
そう言って私の頭を撫でた。
「所長……っ……私の魔導陣は、神の魔導陣だったんです!」
「知っている……」
そして所長はエフロシーニャ師と翼の生えたドラグを見た。
「ようやく、発現したんだな?」
「発現したが、まだ制御は無理じゃ……」
「その蛮族は、あのときの……」
所長の目が細まった。
「ドラグです、所長。私が解放しました」
「ドラグ……ヴェーラを守ってくれたんだな?」
「……ああ」
そして所長は魔導陣を開いた。
でも、その魔導陣は抉られて不完全だった。
かすかな魔導反応がある。
その魔導陣ではたとえ文言を刻んでも発動はしない。
「奴だ……ムラークチュマと言っていたな」
「あの魔族!?」
私は少し不安になって所長を見た。
所長の家族を殺した仇……
「時間があれば俺の魔導陣はまた回復するが、今は時間がない」
「ヴェーラ……神の魔導陣を与えよ」
「!?」
私はエフロシーニャを見た。
所長を救いここから脱出するには神の魔導陣があれば、再び魔導が使えるようになる。
でも神の魔導陣を与えたら、またどこかに消えてしまうのではないかという不安に襲われた。
「神の魔導陣で上書きするのじゃ」
「……はい」
ムラークチュマと言ったときの所長の顔を思い出す。
あの魔族は、現代最強の魔導師と呼ばれるレオニードとも互角だった。
神の魔導陣を得たら、きっと仇討ちにいってしまう……
「ヴェーラ、頼む」
そう所長が言ったとき、おぞましい巨大な魔導反応が立ち上った。
ホールの方角!? 何かが現れた?
地響きと咆哮が続いて牢を揺らした。
「……悪魔!?」
「急げ! ヴェーラ!」
私が神の魔導陣を開いたとき、扉の入り口に覚えのある魔導反応が現れたことに気がついた。
間違いない。あの魔族!!
その魔導反応に恐怖した瞬間、神の魔導陣が閉じた。
闇に消えたザイェツ少尉を思い出し、血の気が引く。
「……あの魔族? ……なんでここに?」
レオニード大佐と戦っていたはずなのに?
レオニード大佐は?
ドラグが立ち上がって扉を睨み、エフロシーニャは魔導陣を開いた。
「悪魔の魔導師……やはり、あのとき殺すべきだったな……オルロフよ」
「殺してしまっては、蛮族どもの悪魔の魔導陣は解けません」
「だが、蛮族どもはすでに奪われた……先に殺すべきだ」
扉を開けて入ってきたのはオルロフと魔族、ムラークチュマだった。
ムラークチュマが私を見る目には隠しきれない殺意がこもっていた。
その目に背筋が凍った。
「オルロフ!!」
「レオニード大佐は!?……どうなったのですか!?」
思わず私は魔族に問いかけてしまった。
私の叫び声にムラークチュマは薄く唇をあげた。
「今頃は悪魔の餌食になっている……」
「悪魔の魔導陣を持つヴェーラ・クリューチナ」
オルロフが褐色の目を私に向けた。
「ここまで辿り着くとは、さすが悪魔というべきか……」
オルロフは軍服に国王の赤いマントを羽織っていた。
鞭をもてあそびながら、私たちに一歩踏み出す。
そして魔導陣を開いた。
鞭に魔導が宿り、黒く不吉に光る。
「蛮族どもの悪魔の魔導陣をすべて消去しなさい。さすれば、ドミトリ師、エフロシーニャ師は殺しません」
「ヴェーラ! 聞くんじゃない!!」
所長が叫び、ドラグが私たちを守るように両手を広げた。
そこにビシっと鞭が唸った。
ドラグの皮膚が弾け、血が飛んだ。
「ドラグ!!」
「蛮族! そこを退きなさい!」
再び鞭が唸った。ドラグが呻って膝をつく。
「ドミトリ師も、しぶといですね……いつになったら侵蝕がかかるのですか?」
オルロフは苛立ったように魔族に問いかけた。
「少しずつ抉るしかない……」
ムラークチュマが感情のない声で答えた。
その無機質な声に背筋が凍った。
「おおぉぉ!!」
ドラグが翼を広げ、オルロフに迫ろうとしたとき、再び鞭が飛びドラグを叩き落とした。電撃に打たれたように崩れ落ちる。
「ドラグ!!」
私は震える手で、腰のホルスターから魔導銃を取り出した。
「動かないでください。吹き飛びます」
私は左手に魔導を流す。
片膝をついて魔導銃を構える。
——深呼吸をするんだ、ヴェーラ……
イリアに叩き込まれた魔導銃の取り扱いを思い出す。
安全装置を外し、狙いをつけた。
「……あのときの悪魔のように」
契約局で吹き飛ばした悪魔。
ここで撃ったら王宮が吹き飛ぶかもしれない。
でも、私たちが生き残るには撃つしかなかった。
「させません」
オルロフの鞭が私に飛んだ。
目を思わず閉じたとき、ビシっと音が鳴ってドラグの呻き声が響いた。
オルロフの鞭はドラグの腕に絡まった。ドラグは逆手でそれを掴む。
「ドラグ!」
私の怒りが頂点に達した。
私の大切な人たちを、もうこれ以上傷つけさせたくはない。
「ヴェーラ! 撃て!」
「はい」
私はまた魔導を通す。
魔導の奔流が左手から放出されていく。
そして、私の人差し指がトリガーにかかった。




