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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
四章 コルジキの約束

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71話 再会


 通路の先には同じような扉があった。

 古代魔導の防御の魔導陣がかかっている。

 その扉の先にかすかな魔導反応があった。


 私は神の魔導陣でその扉を開錠すると、ドラグが飛んだまま扉を両足で蹴り開けた。


 ぎぎっと鳴って隙間があいたとき、扉の向こうで魔導反応が立ち上った。


「悪魔の魔導陣の女! オルロフ陛下の命令だ! 生かして捕らえよ!」


 その声とともに、王宮魔導師たちの魔導陣が展開されていく。

 その目は魔族と同じ、光のない褐色の目だった。

 

 侵蝕されている……


「ヴェーラ! 神の魔導陣を開くのじゃ」

「! はい!」

「強制解放じゃ!!」


 私は展開した神の魔導陣に文言を刻む。

 大河のような魔導が流れ、眼下に神の魔導陣が拡大していく。

 

「一つ、蜂蜜を温めよ。層を重ねよ。時間をかけて馴染ませよ。甘く仕上げよ!」


 王宮魔導師の詠唱より早く、私の詠唱が終わった。


 魔導陣の文言が、光り輝きながら定着するとともに、王宮魔導師たちが展開した魔導陣が消失した。通路に甘い匂いが立ち込め、左手を突き出したまま王宮魔導師たちの動きが止まった。


「ふむ、精神が侵蝕されておるな。精神支配を受けておる」


 解析魔導陣を閉じたエフロシーニャがため息をついた。


「強制解放じゃ……しばらくは混乱で動けないじゃろ」


 ドラグは天井近くに浮いたまま翼を小刻みに揺らしている。十数人の王宮魔導師の顔に困惑の表情が浮かんだ。その褐色の目の色が変わっていく。


「……これは?」

「私はいったい?」


 膝をつくもの、頭を抱えるもの、混乱が広がっていった。

 王宮魔導師たちから呟きが次々と漏れた。


「侵蝕の魔導が解けた。やはり操られておったな」


 エフロシーニャが目を閉じて首を横に振った。


 でも、私は別のことを考えていた。


 今まで、こんな広範囲の魔導陣を展開したことはなかった。

 でも不思議と疲れはない。

 いつの間にか神の魔導陣と私の中で暴れていた魔導の流れが、馴染んできたことに恐怖を覚えた。


 こんなにも簡単に人を支配できてしまうなんて……


 人への強制契約——魔導十戒に抵触するかもと不安にもなるが、精神侵蝕のほうが罪は重い、と思い直す。


 そう……私は救った。


「魔族の侵蝕魔導じゃ! 国王陛下の魔導師ども! 敵はオルロフじゃ!」


 エフロシーニャはその魔導師たちへ声をかけた。

 その声に王宮魔導師たちの顔が上がった。


「……魔族? 敵は、オルロフ?」

「ドラグ、行くぞ。あの扉の向こうじゃ」


 ドラグは通路の先の扉へと向かう。

 その扉には魔導陣はなく、そのままドラグは足で押し開けた。

 新たな王宮魔導師の魔導反応はない。


 地下牢の扉が続く通路だった。

 その扉の一つに懐かしい魔導反応があった。


「エフロシーニャ師! あそこ!」

「ドラグ! 向かえ!」


 その扉にだけ施錠の魔導陣がかかっていた。

 エフロシーニャが断絶魔導で開錠する。

 次の瞬間、ドラグが扉を蹴り飛ばした。


「所長!!」


 ロロフのように枷をはめられて、倒れている所長の姿があった。


 暗号魔導通信のように魔導陣を展開している。

 だが、それはすぐに消失した。

 それを繰り返していたようだった。


「ヴェーラ……?」


 所長は起きあがろうとしたが、力が入らないようでまた崩れ落ちた。

 私はすぐに神の魔導陣を開き、枷の解除をした。


「ドラグ! 下ろして!」


 私とエフロシーニャはドラグの腕から飛び降りると所長に駆け寄った。


「エフロシーニャ師……? なぜ、ここに?」


 エフロシーニャは所長に回復魔導をかけた。

 焦点の合っていなかった目に光が戻ってくる。

 無精髭と疲れ切った顔、ボサボサの髪、体は鞭で打たれローブが破れ、皮膚が裂け、血が滲んでいた。


 エフロシーニャの回復魔導で傷が塞がっていく。


「……所長」


 そして、私はその所長にしがみつくように抱きついた。


「所長! 所長……良かった……」


 所長の胸に顔を埋める。涙が込み上げてくるのを止められなかった。


「ヴェーラ! これっ!」


 エフロシーニャが私を叱って、頭を叩いた。

 そして解析魔導を閉じ、首を横に振った。


「抉られておるな……」

「所長……?」

「……ヴェーラ」

 

 その声にハッとした。精神支配を受けている?

 だけど、懐かしい碧い目が私を優しく見返した。


「ヴェーラの魔導反応は……相変わらず、すごいな」


 そう言って私の頭を撫でた。


「所長……っ……私の魔導陣は、神の魔導陣だったんです!」

「知っている……」


 そして所長はエフロシーニャ師と翼の生えたドラグを見た。


「ようやく、発現したんだな?」 

「発現したが、まだ制御は無理じゃ……」

「その蛮族は、あのときの……」


 所長の目が細まった。


「ドラグです、所長。私が解放しました」

「ドラグ……ヴェーラを守ってくれたんだな?」

「……ああ」


 そして所長は魔導陣を開いた。

 でも、その魔導陣は抉られて不完全だった。

 かすかな魔導反応がある。

 その魔導陣ではたとえ文言を刻んでも発動はしない。


「奴だ……ムラークチュマと言っていたな」

「あの魔族!?」


 私は少し不安になって所長を見た。

 所長の家族を殺した仇……


「時間があれば俺の魔導陣はまた回復するが、今は時間がない」

「ヴェーラ……神の魔導陣を与えよ」

「!?」


 私はエフロシーニャを見た。


 所長を救いここから脱出するには神の魔導陣があれば、再び魔導が使えるようになる。

 でも神の魔導陣を与えたら、またどこかに消えてしまうのではないかという不安に襲われた。


「神の魔導陣で上書きするのじゃ」

「……はい」


 ムラークチュマと言ったときの所長の顔を思い出す。

 あの魔族は、現代最強の魔導師と呼ばれるレオニードとも互角だった。

 神の魔導陣を得たら、きっと仇討ちにいってしまう……

 

「ヴェーラ、頼む」


 そう所長が言ったとき、おぞましい巨大な魔導反応が立ち上った。


 ホールの方角!? 何かが現れた?


 地響きと咆哮が続いて牢を揺らした。


「……悪魔!?」

「急げ! ヴェーラ!」


 私が神の魔導陣を開いたとき、扉の入り口に覚えのある魔導反応が現れたことに気がついた。


 間違いない。あの魔族!!


 その魔導反応に恐怖した瞬間、神の魔導陣が閉じた。

 闇に消えたザイェツ少尉を思い出し、血の気が引く。


「……あの魔族? ……なんでここに?」


 レオニード大佐と戦っていたはずなのに?

 レオニード大佐は?


 ドラグが立ち上がって扉を睨み、エフロシーニャは魔導陣を開いた。


「悪魔の魔導師……やはり、あのとき殺すべきだったな……オルロフよ」

「殺してしまっては、蛮族どもの悪魔の魔導陣は解けません」

「だが、蛮族どもはすでに奪われた……先に殺すべきだ」


 扉を開けて入ってきたのはオルロフと魔族、ムラークチュマだった。

 ムラークチュマが私を見る目には隠しきれない殺意がこもっていた。

 その目に背筋が凍った。


「オルロフ!!」

「レオニード大佐は!?……どうなったのですか!?」 


 思わず私は魔族に問いかけてしまった。


 私の叫び声にムラークチュマは薄く唇をあげた。


「今頃は悪魔の餌食になっている……」

「悪魔の魔導陣を持つヴェーラ・クリューチナ」


 オルロフが褐色の目を私に向けた。


「ここまで辿り着くとは、さすが悪魔というべきか……」


 オルロフは軍服に国王の赤いマントを羽織っていた。

 鞭をもてあそびながら、私たちに一歩踏み出す。

 そして魔導陣を開いた。

 鞭に魔導が宿り、黒く不吉に光る。


「蛮族どもの悪魔の魔導陣をすべて消去しなさい。さすれば、ドミトリ師、エフロシーニャ師は殺しません」

「ヴェーラ! 聞くんじゃない!!」


 所長が叫び、ドラグが私たちを守るように両手を広げた。

 そこにビシっと鞭が唸った。


 ドラグの皮膚が弾け、血が飛んだ。


「ドラグ!!」

「蛮族! そこを退きなさい!」


 再び鞭が唸った。ドラグが呻って膝をつく。


「ドミトリ師も、しぶといですね……いつになったら侵蝕がかかるのですか?」


 オルロフは苛立ったように魔族に問いかけた。


「少しずつ抉るしかない……」


 ムラークチュマが感情のない声で答えた。

 その無機質な声に背筋が凍った。


「おおぉぉ!!」


 ドラグが翼を広げ、オルロフに迫ろうとしたとき、再び鞭が飛びドラグを叩き落とした。電撃に打たれたように崩れ落ちる。


「ドラグ!!」


 私は震える手で、腰のホルスターから魔導銃を取り出した。


「動かないでください。吹き飛びます」


 私は左手に魔導を流す。

 片膝をついて魔導銃を構える。


——深呼吸をするんだ、ヴェーラ……


 イリアに叩き込まれた魔導銃の取り扱いを思い出す。

 安全装置を外し、狙いをつけた。


「……あのときの悪魔のように」


 契約局で吹き飛ばした悪魔。

 ここで撃ったら王宮が吹き飛ぶかもしれない。

 でも、私たちが生き残るには撃つしかなかった。


「させません」


 オルロフの鞭が私に飛んだ。

 目を思わず閉じたとき、ビシっと音が鳴ってドラグの呻き声が響いた。


 オルロフの鞭はドラグの腕に絡まった。ドラグは逆手でそれを掴む。


「ドラグ!」


 私の怒りが頂点に達した。

 私の大切な人たちを、もうこれ以上傷つけさせたくはない。


「ヴェーラ! 撃て!」

「はい」


 私はまた魔導を通す。

 魔導の奔流が左手から放出されていく。


 そして、私の人差し指がトリガーにかかった。


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