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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
四章 コルジキの約束

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67話 潜入

 空船は月明かりのない黒々としたセレブリャンカ湖の上空を飛び、まもなく雲の中に入った。雲を抜けると視界が開けた。


 窓の向こうが月明かりに照らされている。


 満天の星空と月に照らされた雲の上は、濃紺に輝いている。

 そんな幻想的な光景にみな息を飲んだ。


「我らは、ここまでは飛べぬからな」


 レオニードは二つの操縦席の間に立ち、息を吐いた。

 ほどなくするとプレートに光の点が現れ始めた。


 最終確認は終わっていた。

 レオニード隊は囚われの王族、局長、師団長クラスの救助が最優先とされた。

 二人一組となり北の塔から侵入し、囚われた人間の魔導反応を探りながら捜索する。


 私たちは所長を助けることを優先できることを認められた。

 そして、そのまま戦力とする。

 魔族と遭遇するときは、レオニードのみが相手をする、緊急暗号魔導通信を打ったら空船が北の塔の上空に駆けつけるなどだ。


「まもなく王都です。警戒が増えています」


 自席に戻ったスヴェトラーナが声を上げた。

 下の銃座から暗号魔導通信がひっきりなしに届いている。


「大佐! 連隊と魔族軍が王都の北、二十キロ地点で接触しました。戦闘に入る模様です」

「わかった。もう時間がないな」


 魔族が王都に入ったら救出はさらに困難になる。


「大規模魔導陣は準備だけさせとけ。だが、魔獣には使うな」

「は!」

「まずは時間を稼げ。救出したら、この船で救援に向かう」

「は!」

「もってくれよ……」


 レオニードが呟いた。

 プレートに光の点が等間隔で並び、規則的に動いているのがわかった。


「ほう。これは便利だな。……王都防衛部隊が出張ってきているな」


 レオニードがプレートを覗いた。


「この光の集まっているところが、王宮魔導師部隊だな。イリア師、北から回れ」

「了解……」


 イリアがハンドルを回す。


「このまま雲の中に入り、北側の崖から突入する」

「は!」


 空船は船首を下げた。

 雲の中に入っていく。


「よし! 我が小隊は降下準備! エフロシーニャ師たちは、我らに続け」

「はい」

「イリア師は、雲の中に入って首だけ出して待機」

「……了解」


 レオニードはてきぱきと指示を出していく。

 部下が短く敬礼を残し、操縦室を出ていった。

 それを見て、私も席を立った。


「ヴェーラ……本当に行くのか?」


 イリアは私の腕を取った。

 視線が交差する。


「絶対に戻ってきます」

「ヴェーラ師、ドミトリさまを助けてください」

「はい。必ず」

「……俺も行きたいが」


 私の目を見て諦めたように呟いて、イリアの手が離れた。

 そしてローブの下から古ぼけた魔導銃を取り出した。


「爆裂魔導弾を補充してもらった。俺がいなくても、もうヴェーラは撃てる」


 私は手入れをされた金色に鈍く光る魔導銃を受け取った。

 ホルスターに差し込まれた魔導銃はずっしりと重い。


「王宮を吹き飛ばさないか、不安だが……お守りだ」

「イリア、ありがとう……」


 ホルスターを腰のベルトにつける。

 その重さに、これから本当に死地に向かうのだという緊張感が襲ってくる。


「イリアがいなければ、帰る場所がありません。大丈夫です。エフロシーニャ師とドラグもレオニード大佐もいます」

「わかった。……無茶はするな」 


 イリアは自分でそう言って、ふっと笑った。

 飛べるかもわからないドラグに乗ってオルロフのいる王宮に向かうのは、十分過ぎるほど無茶だなと苦笑した。


「イリア、スヴェトラーナさん、行ってきます。レオニード大佐、よろしくお願いします」

「ザイェツ少尉の指示に従ってほしい」

「はい」


 レオニードがそう言って扉に向かった。

 それを見てドラグと話をしていたエフロシーニャが頷いた。


「ドラグ、行くぞ」

「ああ……」


 ドラグはおもむろにエフロシーニャの体を片手で抱え上げた。

 立派な翼が背中で折りたたまれている。


「ヴェーラも早く来い」

「……はい」


 私もドラグの逞しい腕に抱えられる。


 どうやら私は筋肉質な肉体が好きらしい。

 その逞しさに所長を思い出し、少し安心した。

 通路に出ると魔導士官が一列に並んで待っていた。


「必ず二人組で行動しろ。ザイェツ少尉はドラグを先導しろ」

「は!」


 最終確認が行われる。

 エフロシーニャはドラグに通訳した。

 メドヴェド少尉も銃座から上がってきていた。


「我が連隊は、魔族と戦闘中であります。戦況は一進一退のようであります」

 

 大規模魔導陣を警戒しているようだ、と続けた。


「魔獣には向けずに、魔族にぶつけられるようだったら、やってみろ」

「は!」

「降下準備!」

「「はっ!!」」


 魔導士官たちは魔導陣を開いた。

 その体が浮き始める。


「扉を開けよ」

「了解じゃ」


 エフロシーニャが魔導陣を通すと扉が開き、冷たい風が入ってきた。

 魔導師のローブがばたばたとなびく。

 眼下に尖塔が立ち並ぶ、黒々とした王宮が見える。

 ところどころに明かりが見え、その明かりは移動しているようだった。


 王宮の上には王都防衛隊の魔導反応はない。

 まさか、雲の中から飛び出してくるとは思わないだろう。


 最初に二人が視界から消えた。

 次いでレオニードとそのバディが夜の闇に飲まれた。


「さあ、我らの番じゃ、ドラグ」

「ああ」


 ドラグはザイェツ少尉とともに、扉まで進んだ。

 次の瞬間、私は夜の闇に吸い込まれた。


「きゃ……」


 急激な落下感。夢で高いところから落ちるような、あの感覚。

 必死にドラグにしがみついた。

 ドラグの腕に力がこもる。

 空気の壁を突っ切り、息が詰まった。


——落ちる……?


 そう思ったとき、ばさりと落下が止まった。


 ドラグの顔越しに、大鷲の大きな翼が広がったのが見えた。

 下を見るとザイェツ少尉の姿が小さくなっていく。


 ドラグはそれを追いかけるように羽ばたいた。

 羽ばたきごとに空気をとらえ、速度が上がる。

 ザイェツ少尉に追いついたとき、王宮の城壁は目の前だった。

 ぴりっと魔導の結界を越えた感覚があり、目指す塔のバルコニーには黒い影が動いていた。


——結界……?


 私たちは音もなく北の塔の上のバルコニーに降り立った。

 警戒の兵士二名はレオニードの部下によって、すでに拘束されている。


「……いくつかの魔導反応がある」

「魔族もいるようじゃな……」

「結界に触れた。じきに王宮魔導師が来る。急ぐぞ」


 先頭の二人の部下が扉を抜け、塔に侵入していく。


「空船には、すぐ来てもらわなければならなくなるかもな」


 そう呟いてレオニードもバディとともに塔の中に入っていく。


「ドラグ……行くぞな」

「……」


 ドラグは無言で私たちを抱き上げたまま塔の中に入っていく。

 小部屋を抜けると螺旋階段と、奈落の底まで続くような黒々とした吹き抜けがあった。


「飛び降りる」


 ザイェツ少尉が声をかけ、その吹き抜けに飛び込んだ。

 ドラグも翼を広げ後に続く。


 下から魔導反応が立て続けに起きた。

 レオニードたちの魔導のようだった。


 そのとき緊急を告げるベルが鳴り響いた。


『緊急事態発生! 侵入者確認。北の塔に侵入した模様。王宮魔導部隊は速やかに急行せよ! 繰り返す! 緊急事態発生!!』


 魔導反応が周囲でぶわっと立ち上った。

 

「急ぐぞ!」

「ドラグ!」


 どこまで下があるのかわからない深い吹き抜け。

 螺旋階段の踊り場には鉄の扉が並んでいる。


 どこかの扉に所長がいる?

 でも所長の魔導反応はまだなかった。

 お願い、所長、無事でいてください。


 すでに地上部分から地下に入っているような感覚があった。

 塔の上部に魔導反応が現れる。

 地下にもレオニードたちではない魔導反応が増えている。


 挟まれた?


 下にぼうっと明かりが浮かんだ。

 やっと最下層?


 ドラグは床に降り立った。

 上から王宮魔導師の魔導反応が降りてくる気配がしている。


 煉瓦作りの通路を青白い魔導灯の明かりが照らす中、守備兵が倒れているのが見えた。

 ザイェツ少尉はレオニードの魔導反応を追って速度を上げた。


 ドラグも翼を羽ばたかせ続く。

 前方で鋭い閃光が走った。


 ばたばたと人が倒れる音が続く。

 五、六人の王宮魔導師が床にうずくまっているのが見えた。

 レオニードたちに追いついたとき、大きな鉄の扉があった。


「この向こうだ」


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