66話 翼
「ワシも行くでな」
レオニードはエフロシーニャの思いがけない言葉に、こめかみを押さえた。
ため息をついて、どうしたものかと腕を組んだ。
「エフロシーニャ師。どうするつもりだ?」
「もともと、ドラグに乗って飛び降りるつもりじゃった」
「!? あの蛮族……いやドラグに?」
私が睨むと、レオニードは仲間、友人と伝えたのを思い出したのだろう、すぐに言い直した。
「貴族街に降りてな。ドミトリのやつの魔導反応を探るつもりじゃった」
「どうやって降りるのですか?」
竜に乗って王都に姿を現した瞬間、オルロフの軍に見つかってしまう。
私も驚いてエフロシーニャを見つめた。
エフロシーニャはにやりと笑った。
「ドラグは獣化の民じゃ。やつの背中に鷲の翼を意味する魔導陣が彫られておる」
「!」
「飛べるのか?」
「知らん」
その言葉に肩の力が抜けた。
真面目なのかふざけているのか、よくわからない。
「ヴェーラが解放の契約をしたあとから、ドラグの体の魔導陣が増えているのじゃ。やつがそれを知っているのかもわからんが、その一つが大鷲の翼の魔導陣じゃ」
「ふうむ」とレオニードが唸った。
「俺は蛮族と何度も戦っているが、飛べる蛮族など見たことがない」
「ヴェーラの神の魔導陣が、古い魔導を引っ張り出したとしか思えん」
「……なるほど」
レオニードが考え込んだ。
「レオニード大佐。まさか、連れていくのですか?」
ザイェツ少尉が恐る恐る問いかけた。
こんな非常事態に、こんな少人数でわざわざ竜を確かめに来る人だ。
自分の目で見なければ信じないのだろう。
所長とは違うが、どこか似た匂いがした。
でも、私はそこに期待した。
エフロシーニャと翼があるかもしれないドラグが来るのならば、話は違ってくる。
しばらく考えていたレオニードが頷いた。
「よし。連れていく」
「!」
「本当に飛べるのであればな」
ザイェツ少尉は小さくため息をついた。
「少尉?」
「はっ! 了解いたしました!」
ザイェツ少尉は背筋を正し、敬礼をした。
「大佐。命令を」
そのとき、操縦室にいた魔導士官がドアを開け、レオニードに声をかけた。
「今行く。出発前に作戦の立て直しだ」
「は!」
レオニードは操縦室に入っていく。
私は前にいるエフロシーニャを捕まえて聞いた。
「ドラグの魔導陣のこと、どうして黙ってたんですか?」
「そりゃ、言ったらイリア師が反対するでな」
エフロシーニャが面倒くさそうな顔をして呟いた。
「……私も反対したでしょう」
スヴェトラーナが横から口を出した。
「ですが、ヴェーラ師も、ドミトリさまのことを、そんなにも思っていたのですね」
「……はい」
「私も行きたいです。……ですが、足手まといになります……」
スヴェトラーナの顔が陰る。
エフロシーニャが手を叩いた。
「スヴェトラーナ嬢は留守番じゃ。まずはドラグの魔導陣を確かめなくてはな」
エフロシーニャはそう言って操縦室に入った。
私たちも続いた。
中に入ると、イリアが魔導士官と地図を広げ何やら確認をしていた。
「大佐。暗号魔導通信です」
操縦室にいた魔導士官がレオニードに声をかけた。
魔導陣からトントントンツーツーと音が響いている。
「……魔族か」
「はい。魔族の反応が一気に増えたようです」
「我が連隊に足止めをさせよう。レフ少佐に指揮をまかせる」
「は!」
魔導士官が暗号を送った。
操縦室はレオニード隊の六人が入ると窮屈だった。
ドラグは元の椅子に座り、別の士官がスヴェトラーナの席に座っていた。
「レオニード大佐。下に銃座がある」
「メドヴェド少尉。下にいけ」
「は!」
魔導暗号通信を打っていた大柄の士官がハシゴを降りていく。
「ちょっと、通してください……きゃ」
私は自分の席に行こうとするが、大柄な男たちに阻まれて進めない。
「バウ」
アイカが抗議の声をあげた。
「ヴェーラ、先にドラグの魔導陣の確認じゃ」
「あ、はい」
エフロシーニャはドラグを呼び、上着を脱ぐように言った。
その筋肉にレオニードたちが感嘆の声を上げた。
後ろを向いてしゃがんでもらうと背中の中央に、薄い魔導陣が浮き出ていた。大小の魔導陣がびっしり刻まれているが、今まで重なっている魔導陣は見たことはない。よく見るといくつかの魔導陣が下に浮き出しているのが見えた。
「ドラグよ。この魔導陣は知っているか?」
エフロシーニャは背中をなぞりながらドラグに大陸語で聞いた。
「いや」
「ドラグよ。ワシに続いて詠唱するのじゃ」
「……」
エフロシーニャは魔導陣に刻まれている文言を読み上げ始めた。
『魔導神よ。獣化の民の背に大鷲の翼を与えたまえ。空を舞い、人々を救うための翼を我に授けたまえ……』
その大陸語に、ドラグの肩が揺れた。
「……神の魔導陣。……言い伝えの翼の魔導」
ドラグの声が震えた。
「ドラグよ、我に続け」
「……わかった」
エフロシーニャは先ほどの文言を繰り返し、ドラグが復唱した。
詠唱が終わった瞬間、ドラグの背中の魔導陣が輝いた。
魔導陣から白銀の羽毛が吹き出すように溢れた。
それは雛鳥から大人へと変わるように、上部だけを残し漆黒の羽に変化していく。
やがて身長を越すほどの大きな翼へと成長した。
「……おおぉ!!」
気がつけば、この場の者全員がドラグを見ていた。
「獣化の民……」
誰かが呟いた。
それは蛮族の姿ではなかった。
神々しいほどの翼が背中にあった。
「ドラグ?」
「バウバウ!!」
イリアが呆然と呟き、アイカがドラグの足元で嬉しそうに飛び跳ねた。
ドラグは目を見開き、翼を動かして首を傾げている。
「蛮族の魔導陣は拘束すると消えるが、解放したのじゃ。古き魔導陣が出てきても驚くことはない」
エフロシーニャが静かに話し始めた。
「イリア師。ワシとヴェーラはドラグとともに、ドミトリのやつを救出に向かう」
「! ヴェーラ?」
イリアが私を見る。その顔には困惑が浮かんでいた。
私は決意を込めて、頷いて見せた。
「救出に行くのはレオニード大佐だろう?」
「ザイェツ少尉をつける。メドヴェド少尉! 聞こえるか?」
「大佐! 聞こえます!」
イリアに頷き、その後に下の銃座から返事が響いた。
「メドヴェド少尉は援護兼連絡。その他の者は救出に入る」
「「はっ!」」
「王都上空に向かいながら、最終確認だ」
エフロシーニャは真ん中の席に座った。
「ヴェーラ。魔導陣を通せ、出発じゃ!」
「はい」
私は自分の席に腰掛けると、神の魔導陣を開いた。
目の前のプレートが光り始める。
「いざ! 出陣じゃあ!!」
イリアは私をチラと見て、ハンドルを握った。
空船はゆっくりと夜の空に舞い上がった。




