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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
四章 コルジキの約束

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66話 翼


「ワシも行くでな」


 レオニードはエフロシーニャの思いがけない言葉に、こめかみを押さえた。

 ため息をついて、どうしたものかと腕を組んだ。


「エフロシーニャ師。どうするつもりだ?」

「もともと、ドラグに乗って飛び降りるつもりじゃった」

「!? あの蛮族……いやドラグに?」


 私が睨むと、レオニードは仲間、友人と伝えたのを思い出したのだろう、すぐに言い直した。


「貴族街に降りてな。ドミトリのやつの魔導反応を探るつもりじゃった」

「どうやって降りるのですか?」


 竜に乗って王都に姿を現した瞬間、オルロフの軍に見つかってしまう。

 私も驚いてエフロシーニャを見つめた。

 エフロシーニャはにやりと笑った。


「ドラグは獣化の民じゃ。やつの背中に鷲の翼を意味する魔導陣が彫られておる」

「!」

「飛べるのか?」

「知らん」


 その言葉に肩の力が抜けた。

 真面目なのかふざけているのか、よくわからない。


「ヴェーラが解放の契約をしたあとから、ドラグの体の魔導陣が増えているのじゃ。やつがそれを知っているのかもわからんが、その一つが大鷲の翼の魔導陣じゃ」


「ふうむ」とレオニードが唸った。


「俺は蛮族と何度も戦っているが、飛べる蛮族など見たことがない」

「ヴェーラの神の魔導陣が、古い魔導を引っ張り出したとしか思えん」

「……なるほど」


 レオニードが考え込んだ。


「レオニード大佐。まさか、連れていくのですか?」


 ザイェツ少尉が恐る恐る問いかけた。

 こんな非常事態に、こんな少人数でわざわざ竜を確かめに来る人だ。

 自分の目で見なければ信じないのだろう。

 所長とは違うが、どこか似た匂いがした。


 でも、私はそこに期待した。

 エフロシーニャと翼があるかもしれないドラグが来るのならば、話は違ってくる。

 しばらく考えていたレオニードが頷いた。


「よし。連れていく」

「!」

「本当に飛べるのであればな」


 ザイェツ少尉は小さくため息をついた。


「少尉?」

「はっ! 了解いたしました!」


 ザイェツ少尉は背筋を正し、敬礼をした。


「大佐。命令を」


 そのとき、操縦室にいた魔導士官がドアを開け、レオニードに声をかけた。


「今行く。出発前に作戦の立て直しだ」

「は!」


 レオニードは操縦室に入っていく。

 私は前にいるエフロシーニャを捕まえて聞いた。


「ドラグの魔導陣のこと、どうして黙ってたんですか?」

「そりゃ、言ったらイリア師が反対するでな」


 エフロシーニャが面倒くさそうな顔をして呟いた。


「……私も反対したでしょう」


 スヴェトラーナが横から口を出した。


「ですが、ヴェーラ師も、ドミトリさまのことを、そんなにも思っていたのですね」

「……はい」

「私も行きたいです。……ですが、足手まといになります……」


 スヴェトラーナの顔が陰る。

 エフロシーニャが手を叩いた。


「スヴェトラーナ嬢は留守番じゃ。まずはドラグの魔導陣を確かめなくてはな」


 エフロシーニャはそう言って操縦室に入った。

 私たちも続いた。

 中に入ると、イリアが魔導士官と地図を広げ何やら確認をしていた。


「大佐。暗号魔導通信です」


 操縦室にいた魔導士官がレオニードに声をかけた。

 魔導陣からトントントンツーツーと音が響いている。


「……魔族か」

「はい。魔族の反応が一気に増えたようです」

「我が連隊に足止めをさせよう。レフ少佐に指揮をまかせる」

「は!」


 魔導士官が暗号を送った。

 操縦室はレオニード隊の六人が入ると窮屈だった。

 ドラグは元の椅子に座り、別の士官がスヴェトラーナの席に座っていた。


「レオニード大佐。下に銃座がある」

「メドヴェド少尉。下にいけ」

「は!」


 魔導暗号通信を打っていた大柄の士官がハシゴを降りていく。


「ちょっと、通してください……きゃ」

  

 私は自分の席に行こうとするが、大柄な男たちに阻まれて進めない。


「バウ」


 アイカが抗議の声をあげた。


「ヴェーラ、先にドラグの魔導陣の確認じゃ」

「あ、はい」


 エフロシーニャはドラグを呼び、上着を脱ぐように言った。

 その筋肉にレオニードたちが感嘆の声を上げた。


 後ろを向いてしゃがんでもらうと背中の中央に、薄い魔導陣が浮き出ていた。大小の魔導陣がびっしり刻まれているが、今まで重なっている魔導陣は見たことはない。よく見るといくつかの魔導陣が下に浮き出しているのが見えた。


「ドラグよ。この魔導陣は知っているか?」


 エフロシーニャは背中をなぞりながらドラグに大陸語で聞いた。


「いや」

「ドラグよ。ワシに続いて詠唱するのじゃ」

「……」


 エフロシーニャは魔導陣に刻まれている文言を読み上げ始めた。


『魔導神よ。獣化の民の背に大鷲の翼を与えたまえ。空を舞い、人々を救うための翼を我に授けたまえ……』


 その大陸語に、ドラグの肩が揺れた。


「……神の魔導陣。……言い伝えの翼の魔導」


 ドラグの声が震えた。


「ドラグよ、我に続け」

「……わかった」


 エフロシーニャは先ほどの文言を繰り返し、ドラグが復唱した。

 詠唱が終わった瞬間、ドラグの背中の魔導陣が輝いた。


 魔導陣から白銀の羽毛が吹き出すように溢れた。

 それは雛鳥から大人へと変わるように、上部だけを残し漆黒の羽に変化していく。

 やがて身長を越すほどの大きな翼へと成長した。


「……おおぉ!!」


 気がつけば、この場の者全員がドラグを見ていた。


「獣化の民……」


 誰かが呟いた。

 それは蛮族の姿ではなかった。

 神々しいほどの翼が背中にあった。


「ドラグ?」

「バウバウ!!」


 イリアが呆然と呟き、アイカがドラグの足元で嬉しそうに飛び跳ねた。

 ドラグは目を見開き、翼を動かして首を傾げている。


「蛮族の魔導陣は拘束すると消えるが、解放したのじゃ。古き魔導陣が出てきても驚くことはない」


 エフロシーニャが静かに話し始めた。


「イリア師。ワシとヴェーラはドラグとともに、ドミトリのやつを救出に向かう」

「! ヴェーラ?」


 イリアが私を見る。その顔には困惑が浮かんでいた。

 私は決意を込めて、頷いて見せた。


「救出に行くのはレオニード大佐だろう?」

「ザイェツ少尉をつける。メドヴェド少尉! 聞こえるか?」

「大佐! 聞こえます!」


 イリアに頷き、その後に下の銃座から返事が響いた。


「メドヴェド少尉は援護兼連絡。その他の者は救出に入る」

「「はっ!」」

「王都上空に向かいながら、最終確認だ」


 エフロシーニャは真ん中の席に座った。


「ヴェーラ。魔導陣を通せ、出発じゃ!」

「はい」


 私は自分の席に腰掛けると、神の魔導陣を開いた。

 目の前のプレートが光り始める。


「いざ! 出陣じゃあ!!」


 イリアは私をチラと見て、ハンドルを握った。

 空船はゆっくりと夜の空に舞い上がった。


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