65話 訴え
「まずは、状況を整理しよう。ザイェツ少尉」
「はっ」
レオニードは後ろに控える小柄な魔導士官を振り返り、情報をまとめるように指示を出した。
「わが第一連隊の所属する北方師団はトゥマン少将閣下以下、連絡が取れない状況にあります」
「まだ所在は不明か」
「参謀本部所属の王都防衛部隊オゴン少将閣下は、オルロフの元に走ったでしょう。南方、西方師団長はオルロフに捕まった可能性があります」
レオニードは首を横に振った。
「オルロフは、かなり以前から根回ししていたということだ」
「……」
「味方はレオニード大佐だけ、ということじゃな」
「我が連隊は、王都北西の古城に待機させている」
レオニードはエフロシーニャに頷いて、王都の地図を広げた。
王城は王都の北、貴族街の上、山の頂上にある。
貴族街と同じほどの広い敷地に、宮殿や離宮、王立魔導師部隊の本部、王宮警備隊の詰め所、貴族議会院などがあり、森や湖が点在している。
王立魔導師部隊や王宮警備隊は軍を管轄する兵務省とは独立した組織だ、とレオニードは説明した。
「オルロフの手に落ちたかどうかは、わからないが」
王立魔導師部隊が敵になるか味方になるかで状況は変わる、とレオニードは呟いた。
高い城壁に囲われた王城の北面は、切り立った崖とセレブリャンカ川で守られていて、城壁から伸びる尖塔には、結界と反撃の刻印魔導が刻まれているという。
「おそらく、魔族の侵蝕で刻印魔導を抉ったのじゃろう」
オルロフが王城に侵入し占拠できた理由だと、エフロシーニャが首を振った。
私の視線は下町へと向かう。
貴族街の下に広がるのは、各魔導局を含む官庁街、商業区、中央駅、その南側に高級住宅街、その周りに下町へと順に広がる。
悪魔化した魔獣の発生した南区は、あまり治安の良くない貧しい地域だ。
もぐりの魔導師がペット魔獣の悪魔化禁止の魔導陣を抉るのはたやすい。
私は契約事務所で王都を走り回った短い日々を、懐かしく思い出した。
あの魔インコの食堂は無事だろうか?
所長と休日に行ったあのグリルバーも。
もし神聖魔導帝国がこのまま成立したら、その日々はもう取り戻せない。
悪魔認定された私は、こうやってずっと隠れていなければならないだろう。
必ず所長を助け出して、オルロフを追い出して、できればまた所長の干渉魔導を封印する。
所長が、望めばだけど……
「……ここの北の塔が、貴族や高官、魔導師の囚人を収容する場所だ」
レオニードの指先が王城の北で止まる。
そしてレオニードはエフロシーニャに視線を向けた。
「外に何人か部下を待たせている。この船からは魔導反応を感じられないが、こちらから暗号魔導通信はできるか?」
「分からん」
エフロシーニャは肩を竦めて、首を振った。
「やってみよう……」
そう言うとレオニードは魔導陣を開いた。
とんとんと指を素早く動かして、何かの暗号を刻んでいるように見えた。
しばらくすると、魔導陣からトントンツー……トントン……とリズミカルな音が聞こえてきた。
「返事だ。外の部下によると、この竜から魔導陣を開いても魔導反応は漏れていない」
「良かった……」
私はほっと、ため息をついた。
オルロフの側にいた観測魔導師に見つかっていないことを改めて確認できて少し緊張が解けた。魔導陣を開くことはもとより、魔導を流すことも最低限に控えていたのだ。
「外の部下を一人、この船に連絡要員として乗せる。その他の部下には、我が連隊を王城の北に展開させるように指示を出す」
レオニードは再び魔導暗号を打った。
しばらくすると、外にいた魔導士官が食堂に入ってきた。
それと入れ違いに執事とコックがこの船を降りることになった。
「……お嬢様も降りてくださいと言っても、聞かないでしょう。館にいるよりもこの船に乗っていた方が安全ではありますが、しかし絶対にこの船を出ないで下さいませ」
「心配をおかけしますね」
「魔導神に無事をお祈りしています」
執事とコックは心配そうな顔をして、食堂を出ていった。
「この竜はどうやって動かしている?」
「俺が、操縦している」
イリアがレオニードに答えた。
「魔導車みたいなもんだ」
その答えにレオニードが目を見張った。
「イリア師。頼む」
「了解」
レオニードが立ち上がった。
「王都に向かう。エフロシーニャ師、協力を願う」
「こちらこそ、心強いわい」
イリアを先頭に操縦室へ私たちは向かった。
私はレオニードの大きな背中を見つめた。
心臓がばくばくと鳴っていた。
イリアが操縦室に入ったことを確認して、レオニードに声をかけようとした。
喉がからからで声が出ない。
でも、言わないと一生後悔する。
私は覚悟を決めた。
「レ、……レオニード大佐。……ドラグも何かのお役に立ちませんか?」
「バウっ!」
アイカが私の足元で何かを感じ取ったのか私を見て吠えた。
私は勇気を振り絞って、震える声でレオニードに話しかける。
「飛行魔導の魔導陣には複数人乗れると聞いています」
「確かに二人くらいなら、連れていけるが……ヴェーラ師? ドラグってあの蛮族か?」
「……はい」
「ドラグは十二人の干渉魔導師の攻撃にも、魔族の攻撃にも耐えたのです」
「ほう……」
レオニードは目を細めて、魔導陣が全身に刻まれているドラグを見た。
「……あの蛮族、気になっていた。拘束契約はしていないな?」
「……はい。解放の契約を新たにかけました」
「解放だと……?」
「すべての契約を解除するより、早いのです」
その言葉にレオニードは足を止めた。
そして振り返る。
「命令は聞くのか?」
「私の仲間です。友人になりたいと思っています。命令はしません」
「……仲間か。友人を危険に晒すのか?」
私は息を吐いた。
「違います! 私も連れて行ってください! 所長をドミトリ所長を助けたいのです!」
「!! ヴェーラ師……?」
その言葉にレオニードは首を振り、私から視線を逸らし前を向いた。
スヴェトラーナから驚いたような低い声が漏れた。
「駄目だ。ドラグもヴェーラ師も、この船で待っていろ」
「もしかしたら、ドミトリ所長の魔導陣が抉られているかもしれないのです!」
私は胸に秘めていた最悪の予想を口に出した。
必死だった。
もし悪い予感が当たっていれば、助けられたとしても自力で戻ってこられない。
「悪魔化禁止の魔導陣を抉れるのだったら、所長の魔導を使えないように抉ることもできるはずです」
「……悪魔化したペット魔獣だな。ドミトリの魔導がもし、抉られていたら?」
「抉られていたならば、上書きします」
レオニードは再び足を止めて振り返った。
「この船に連れてきてからでいいだろう?」
「でも、五人で行ったら十人しか救えません」
その中に干渉魔導が使えない所長が入れられるかは、わからない。
軍を離れたにも関わらず、干渉魔導を解放したのだ。
歴とした犯罪者。
救出の優先順位は下がる。
「でも、ドミトリ所長を助けたら、戦力が一人増えます」
「だが、ドミトリ師は軍属ではない」
その答えは予想の範囲内であった。
「この船に戻ったら、すぐにまた私が封印します!」
レオニードは背中を見せたまま首を振った。
「ドラグが守ってくれます!!」
「それでも駄目だ」
レオニードはため息をついて、困ったようにエフロシーニャを見た。
すでにドラグとレオニードの部下は操縦室に入っていた。
ここに残っているのはエフロシーニャとスヴェトラーナ、そしてザイェツ少尉だけだった。
「ヴェーラ師……?」
スヴェトラーナが同じように困惑した目で私を見た。
ザイェツ少尉も困ったような顔で眉をひそめている。
「必ず所長を助けます。元々、私たちだけで、乗り込む気でしたから……」
この船でただ待つだけなんて、耐えられない。
その私の言葉にエフロシーニャが頷いた。
「ドラグはヴェーラの言うことだったら聞く。神の魔導陣を持つこの子だったら、役に立つはずだ……」
「おばあさま!」
じろりとエフロシーニャは私を睨んでから、付け加えた。
「ワシも行くでな」
「!!」




