64話 英雄との盟約
気がつくと、我を忘れてレオニードを見つめていた。
私の前にレオニード大佐がいる……?
「ヴェーラ・クリューチナ?」
「はいっ!」
レオニードはその端正な口元を少し上げた。
敬礼こそ出来ないものの、思わず背筋を正してしまう。
「礼を言う。我が部隊を壊滅から救ってくれたこの竜には感謝している」
「はい!?」
そして逞しい手を差し出した。
私はその手をおずおずと握る。
力強く握られて、緊張に顔が引きつった。
そしてレオニードはエフロシーニャに向いた。
「だが、この竜が悪魔の魔導陣で召喚されたと……? オルロフがそう放送で言っているようだが、そんなものは聞いたことがない」
「神の魔導陣じゃ……」
「……神の魔導陣!?」
イリアが驚いた声を出した。
「エフロシーニャ師……?」
エフロシーニャ師、それは秘密じゃないの?
私は混乱した。
レオニードはそんな私を品定めするように目を細めた。
「エフロシーニャ師。ゾロトワ大佐から世話になったと話は聞いている。北方の謎の魔女と」
「やつが何を言ったのか知らんが、大したことはしておらん」
「で、悪魔ではなく、神の魔導陣なのだな? それも聞いたことがない」
「この竜の船に乗り、オルロフが皇帝を僭称し、ヴェーラを悪魔呼ばわりしている以上、知っている方がよいじゃろ……」
エフロシーニャはそう呟き、レオニードに椅子を勧めた。
私たちは腰掛けた。
「もっとも、協力が条件じゃが……」
「協力? なにが目的だ」
レオニードは腰を下ろしてエフロシーニャに問いかけた。
「蛮族……何故ここに?」
レオニードの後ろに立つ部下の一人がそう呟いたのが聞こえた。
「まずレオニード大佐。王都は今、どのようになっておるのか?」
エフロシーニャの問いに、レオニードは語り出した。
悪魔化した魔獣を突然現れた竜が倒したことを参謀本部に報告すると、すぐ王都に帰還命令が下された。だが、魔族は一時撤退したとはいえ、再び魔獣を悪魔化させる暴挙に出る危険があった。
ここで食い止めなければ、王都は悪魔に蹂躙される、そう考えたレオニードは軍の動揺を鎮め、再編をすると参謀本部に食い下がった。
しかし、参謀本部からは即時撤退と即時出頭の命令だった。
負傷の治療を理由に時間を稼いでいたときに、オルロフの皇帝僭称を知ったとのことだった。
「おそらく俺と俺の部隊を悪魔で全滅させるつもりだった。それが失敗し、さらに俺を拘束できないと知ったオルロフは、俺が王都にいないうちにクーデターを起こしたのだろう」
そう言ってレオニードはお茶を啜った。
「俺も、お尋ね者だ」
その後、部隊を古城に隠し、部下を四方へ飛ばしてオルロフの動向を探っていた。その部下の一人がセレブリャンカ湖で竜を目撃したとのことだった。
「……悪魔を倒した竜が味方になり得るのか、利用できないかと確かめにきたのだが、まさか、人が乗っているとは……」
そう言ってレオニードは苦笑した。
「ヴェーラ師、さすがドミトリ中佐が見込んだだけのことはある。よくこの竜と契約してくれた」
「……いえ。そんなことはないです」
私はただ魔導陣を開いただけだ。契約をした覚えはない。
でもまだエフロシーニャが、機密事項である神の魔導陣について口に出したことに驚いていた。
「ヴェーラの魔導陣は、神の魔導陣だったんだな……」
イリアが納得したように私を見て呟いた。
「それが、なんなのかは知らんが……」
その言葉をきっかけに皆、エフロシーニャの方を向いた。
「グロモフ局長とドミトリ師の救出が目的じゃ」
「国王陛下の救出が最優先だ。この船を出すことをお願いしたい」
レオニードとエフロシーニャの視線が交差した。
「この話を聞いた以上、一蓮托生じゃ」
「この竜の船があれば、オルロフの野望を阻止できるだろう。協力する」
レオニードはそう言って、まっすぐエフロシーニャを見た。
エフロシーニャは「よかろう」と頷いて目を閉じた。
「……神の魔導陣は、疾風ヴォルトの持っていた魔導陣と同じじゃ」
「!!」
「……」
その一言に食堂にいた面々は言葉を失った。
そこまで明かして大丈夫なの?
私は心配になってエフロシーニャを見た。
「……疾風ヴォルト」
「ヴェーラが……?」
ドラグ以外の視線が痛い。
エフロシーニャは一人一人の顔を見る。
その目が光った。
「レオニード大佐はじめ、ここにいる人物は信頼できる」
レオニードの後ろにいる四人の魔導士官が、居ずまいを正した。
「我らの一族の中に魔導抵抗のないものが、現れる」
「……」
「侵蝕の魔導師に対抗するため、強い魔導師を必要としたのじゃろう……」
魔族と戦っていたという、かつての故郷の話を思い出す。
魔導抵抗がなかったら近くで魔導が発動するたびに、魔導が体内で暴れて自滅するか、精神が壊れるか、いずれにしろ長生きはできないと言われている。
「ヴェーラには魔導抵抗がまったくない。だから魔導陣が発動したときも、ワシのまじないが簡単にかかった」
「!!」
魔導抵抗がなかったから、子どもの頃は体が弱かったのか。
私はようやく腑に落ちた。
体調を崩すたび、料理嫌いになるほど、ひどい味のカーシャをエフロシーニャに食べさせられていた。
「ヴェーラが感じている魔導抵抗は、別物じゃ」
「……鍵? それが、レシピ?」
「そうじゃ……」
ふうむ、とレオニードが唸った。
「興味深いが……それが神の魔導陣を持つ者の資質なのか? 疾風ヴォルトのような魔導が使えるようになる? それを封じているのだな?」
「そう……代々伝わる、まじないじゃ。ヴェーラの契約魔導が、それこそ今後の”鍵”となろう」
「だから、この竜と契約できた。ドミトリの干渉魔導も封じることができた」
「そうじゃ」
「……」
この場にいる者全員が押し黙った。
疾風ヴォルトの再来を、具体的な事実をもって告げられたのだ。
皆の目に希望の光が灯ったのを感じた。
でも、私はまだ制御は出来ない。
”鍵”が見つかったとき、私の魔導はどうなってしまうのだろう?
希望より恐怖の方が強かった。
「何故、それを我らに話した?」
「疾風ヴォルトの悲劇的な最期を繰り返さないためじゃ」
エフロシーニャはため息をついた。
「鍵が開かれ、制御できぬまま魔導に飲まれたとき、ヴェーラはそれこそ悪魔になろう」
「……!!」
エフロシーニャから聞いた疾風ヴォルトの最期を思い出した。
解放者から支配者になろうとした……
悪魔を魔導銃で倒したときの、自分の中から奔流のように溢れ出た魔導の流れを思い出した。
あの感覚が普通になったとき、私はどうなってしまうのだろう?
強すぎる力——この空船、神話の竜のように街を破壊し焼き尽くす?
私は寒気がして、そっと両腕を抱いた。
「……ドミトリ師、イリア師もそう……それを防ぎ、繋ぎ止める人物が必要じゃ」
「ヴェーラ……」
イリアが私を見た。
その力強い視線にそっと目を背ける。
「ドミトリの事務所で働いてからのヴェーラの手紙で、少し安心したわい……」
エフロシーニャは優しい笑顔で私を見た。
その眼差しは幼い頃の記憶そのままだった。
「制御を失えば危険だということか」
レオニードは腕を組んで考え込んだ。
「分かった。ヴェーラ師には信頼できる人間が必要なのだな?」
そして私を見て頷く。
「ヴェーラ師。このレオニードが後ろ盾になろう」
「……レオニード大佐!」
「オルロフにも、軍にも、誰にも渡さん」
「!!」
それを聞いてエフロシーニャは、にんまりと笑った。
こうやってエフロシーニャは庇護者を得ていたのだろうか。
グロモフ局長、ゾロトワ大佐も……
いつか、こうなることを見越して?
「これ以上ない、保護者じゃな」
「オルロフを倒し、国王陛下を救出する」
レオニードが立ち上がった。
「この竜、いやこの船が悪魔を倒して遥か上空に飛び去ったとき、部下に追わせた」
そして一人の魔導士官を振り返る。
「はっ! 我らでは、あの高度までは追えませんでした!」
「そう……すぐに見失った。魔導反応もない」
レオニードの目が光った。
「この船で王都上空まで飛び、そこから我らだけで降下する」
「はっ!」
「そして救出したら、この船で回収する」
「!」
「明日正午まで、猶予はない」
エフロシーニャはにやりと笑って立ち上がった。
「王都に突撃じゃあ!!」
「国王陛下の救出だ!!」
「「おうっ!!」」
私は心強い味方を得たことに安心感を覚えた。
レオニード大佐は、所長と同じ匂いがしていたからだ。
所長のように無茶を言い、面倒事に首を突っ込み、それでも誰かを見捨てない人の匂い。
きっと、この人なら……




