62話 神聖魔導帝国
「戒厳令?」
「王都が封鎖された……?」
そしてオルロフが初代皇帝?
今の国王は?
スヴェトラーナが青ざめた。
「国王陛下が……? そんな……」
国王陛下は魔導写真や絵だけでしか見たことがない。
でも、貴族であるスヴェトラーナは知己であるようだった。
「スヴェトラーナさん……」
魔族の手から王国を取り戻して百年。
今の国王は凡庸ながら穏やかな人柄と聞く。
ヴォルトとともに戦った伝説の王は、四代前の国王だった。
王都封鎖を繰り返し警告していたラジオが、突然別の音声に切り替わった。
『これよりオルロフ皇帝陛下の勅である。帝都臣民は心して聞くように』
「! オルロフ……」
私たちは息を呑み、ラジオに耳を傾けた。
『古代魔導帝国の復権である』
ラジオからオルロフの言葉が響き渡った。
『長きにわたる王国に簒奪された魔導帝国を、ここに我、オルロフが取り戻す』
「……」
『魔導神の神意は十二魔導の統一である。何故ならば侵蝕、獣化の民の離反から、この世は乱れた』
「は?」
何を言っているの?
侵蝕って、魔族の復権……?
蛮族の強制連行も、このため……?
『本日昼間。神竜が姿を現した。だが、違う!! これは神話の邪竜である。よって魔導帝国の復権を急がざるを得なかった』
「!?」
「……なんで?」
私たちのせい?
邪竜……?
思わずが重い息が漏れた。
『何故ならば邪竜は、悪魔を薙ぎ払い、軍を助けたかのように見える。だが、これは果たして神意か!?』
「……」
『軍の長年の研究により、悪魔化した魔獣の制御は可能になりつつある』
「は!?」
私はイリアと顔を見合わせた。
セレブリャンカ川の支流源流の軍の禁足地。
野生動物の魔獣化が増えていたことと関連がある?
『帝都民は安心して欲しい。竜が現れずとも悪魔に怯えることは最早ない』
「……勝手なことを」
エフロシーニャが歯噛みをした。
『だが、この帝都に、再び竜が出現する可能性がある。神話のように街を焼き払い、全てを灰にする邪神の使いとして!』
「!」
『それというのも——』
そんなことは絶対にしない。
オルロフはこの竜を怖れている?
『竜を呼び出す魔導陣を、邪な目的で使った可能性がある』
「!?」
「邪って、どっちが……」
『これは禁忌の研究をしていた解析局局員によって、判明した事実である!』
解析局って、キリル主任?
キリル主任も捕まっているの?
『悪魔の魔導陣を持つ魔導師がいる!!』
「!!」
イリアが目を見開いて私を見た。
「悪魔の魔導陣じゃ、ないです」
「大丈夫だ。シルニキの詠唱が悪魔な訳がない」
「……シルニキ」
ドラグも呟いた。
「ありがとうございます……」
悪魔の魔導陣……?
そんな風に思われているなんて……
私の顔から血の気が引いていく。
公共放送で、私たちにだけ分かる脅しをかけている。
『邪な悪魔の魔導陣を持つ魔導師。神聖魔導帝国にとって、脅威でしかない』
「……勝手に言ってろ」
イリアが怒りを露わにした。
『だが帝国臣民よ! 安心して欲しい。……我は人でありながら侵蝕魔導を会得した』
「!!」
「……やはり、魔族」
『魔族も蛮族も、同じ人である! 新しい神聖魔導帝国では、区別はない!』
「何を言ってる……蛮族を利用していたくせに!」
イリアが鼻息荒く毒づいた。
『我は望む者には侵蝕の魔導を授けよう』
「……!」
『誰もが! 魔導師になれるのだ!!』
私たちは、申し合わせたように首を振った。
魔導抵抗が強く魔導陣が発現しない多くの人にとって、その言葉は魅力的に映るはず。灰色魔導師になるだけでも、その教育に莫大な金がかかると言われる。
魔導師になることは、多くの人々の夢だ。
生まれや身分に関係なく、魔導陣が発現するかどうかで人生が大きく変わる。
だが発現しただけでは、足りない。
その先には、血の滲むような努力が待っている。
『魔導は選ばれた人間のものだけの特別なものではない!』
オルロフが叫ぶように言った。
魔導師ではないからこそ、出てきた発想だろう。
オルロフが提示した侵蝕魔導。
でもそれは、本来の侵蝕魔導ではないはず。
「魔族の操り人形にしようってか……」
イリアが天井を仰いだ。
『そして、神聖魔導帝国を、共に栄えさせようではないか!』
「……ここまで愚かだとは」
スヴェトラーナが俯いて呟いた。
ラジオからは打って変わって悲しげな声が届いた。
『……残念ながら元国王、ならびに旧契約局局長を初めとして、幾人かの局長、軍の幹部は我の思想、魔導神の神意を受け止めることが出来なかった……』
「当たり前だろ!」
イリアが叫んだ。
それは再び魔族の軍門に降ることを意味する。
そして、次の言葉で私たちに緊張が走った。
『よって、明日正午処刑する』
「!」
『賢明なる臣民は、愚かな元国王のようには、ならないことを切に望む』
「……」
『以上、神聖魔導帝国初代皇帝、オルロフの勅である』
ラジオは雑音のあと、再び戒厳令の指示に戻った。
「脅しじゃねえか……」
イリアは椅子にぐったりと座った。
魔導師になれるという誘惑は、多くのものに熱狂的に受け入れられるだろう。
王都で契約魔導師の紋章を蔑みつつも、羨望の目で見られていたことを思い出す。
「グロモフ局長……所長も……」
きっと、明日処刑されてしまう。
私も椅子に崩れるように座った。
「どうしたら……」
「罠じゃ。……ワシらを誘き出す罠じゃ」
エフロシーニャが言い切った。
「おそらく、オルロフはレオニード連隊を魔族と悪魔を使って抹殺しようとした」
「レオニード大佐とオルロフは犬猿の仲と聞いています。その可能性はあります」
スヴェトラーナが同意した。
「そこに、この竜が現れた。当初の計画が崩れたのじゃろう。オルロフのやつは焦っておる」
「焦ってる……?」
「本来なら今頃は魔族と手に手を取り合って、神聖魔導帝国を宣言したに違いない」
「!!」
私たちが魔族と悪魔を追い払ったから……?
エフロシーニャはため息をついた。
「グロモフのやつも助けないとな」
「もちろん局長も助ける。だが、どうやって?」
この船で行ったら、オルロフの命令とはいえ、相手をするのは軍だ。
オルロフに「邪な悪魔」と、敵認定された。
容赦なく攻撃される。
人同士で殺し合いはしたくない。
キリル主任も捕まっている。
助ける人が増えていく。
マリーナ——その記者は、踏み込みすぎだ……そう言っていた所長の言葉を思い出した。
マリーナも……無事でいて……
「完全にワシらは出遅れた……」
「明日、正午……」
「王都は戒厳令……」
時間は夜、二十一時を少し回っていた。
「魔導車では、行けんわな……」
「時間もない……」
「でも、この竜の船で……?」
私が呟くと、スヴェトラーナが立ち上がった。
「食事にしましょう」
「食べながら、考えるか……」
神聖魔導帝国……オルロフの野望……
所長……どうか、無事でいてください。
必ず、助けます。
私は前を向いた。
変更のお知らせ
※設定整理のため、これまで「レオニード大隊」と表記していた部隊は、「レオニード連隊」に統一します。物語上の扱いに変更はありません。




