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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
四章 コルジキの約束

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59話 対悪魔用決戦兵器


 操縦室の少し弛緩した空気がすぐに張り詰めた。

 ほどなくプレートの光の点がぽつぽつと増えたかと思うと、大きな塊になった。


「さっきの魔族が追ってきたか?」

「軍の魔導師もいるようです」

「……違うか……戦っている?」


 イリアとスヴェトラーナが素早く状況を確認し合う。


「おそらく昨晩のレオニード連隊じゃろう」


 エフロシーニャが拳を顎に当てて言った。


「行動で見せると言ってましたが、助けますか?」

「……ヴェーラ。本当に考えなしじゃな」

「この姿を見せたら、軍も混乱するじゃろ」

「……どうするんですか?」


 エフロシーニャはため息をついた。


「ピンチになるまで様子見じゃ。イリア師、雲に隠れて覗けるか?」

「分かった」


 イリアは竜の首を下に向けた。

 雲の中に入っていく。


 視界が濃い霧で遮られる。

 雨粒と氷の粒で窓が曇りだす。


 所長の霧魔導のような灰色と白の世界。

 ときどき雲の中で稲光が走る。

 振動と轟音が操縦室にも響いてきた。

 イリアはゆっくりと船体を下げていく。


 そのとき、視界が開けた。

 

——嵐……?


 いつの間にか窓の曇りが取れていた。

 豪雨が窓を叩く。

 

 眼下に戦いが広がった。

 魔導戦車が火を吹き、魔族の魔導が空間を爆発させる。

 魔獣の一団が、歩兵に襲いかかる。


「……どっちが、優勢だ?」

「……分かりません」


 初めて見る戦場。

 豪雨の中、爆発と魔獣の群れ、虫のように飛び回る魔導師たちが朧げに浮かぶ。

 目の前のプレートは光の点が入り乱れている。

 塊は魔獣の群れのようだった。


 下がどうなっているか、想像もできなかったし想像したくもなかった。


「エフロシーニャ師、どうなっているんですか?」

「……まずいな」


 エフロシーニャの声が緊張を帯びた。


「明らかに魔族の反応のほうが強くなっている」

「魔族は何人いる?」

「少し、待ってください…………十……二十……」


 イリアの疑問にスヴェトラーナが光の点を数え始める。

 北側から数十の光の点が南に向かう。


 南側の光の点が消えていく。


「……五十以上はあります」

「軍の方は、半分以下です……」


 でも、それが合っているかは分からなかった。

 光の点は入り混じり、下で爆発があるたび消えていく。

 ほどなくすると南側の点が一つに集まり、南下し始めた。


「逃げてる……」

「いや……この魔導反応……」


 エフロシーニャが呟いたとき、大きな魔導反応を感じた。

 アイカが身を伏せた。

 次の瞬間、地表が爆ぜた。

 目も眩む光が、雨さえも吹き飛ばす。


「……なんですか? これ?」

「大規模魔導陣を仕込んでいたな」


 エフロシーニャの声が震えた。

 北側のプレートの光の点が半減していた。

 それは北へ離脱していく。

 爆発の余波で雲は霧散していた。


「……さすが、レオニード連隊」


 雨が上がった地表は大きなクレーターができていた。

 魔導戦車部隊と歩兵がその淵でまとまっているのが確認できる。


「巻き込まれていなかった……」


 誰もがほっとし、イリアがそう呟いたとき、身も凍る魔導反応が現れる。

 私が二度経験したあの魔導反応。

 それがいくつもクレーターの中から出現した。


「魔族も、なりふり構っておらぬようじゃ」

「……魔獣を悪魔化させた?」

「魔族も悪魔化を防ぐ魔導陣を刻んでいたはずじゃ」

「抉っていた……?」

「……」


 悪魔化した魔獣は、たとえ魔族であっても制御はできない。

 ただ虐殺と破壊のみを繰り返す存在になる。

 古代、魔鼠の悪魔化で都は何度も滅んだ。


 すべての魔獣を駆除できない以上、少しでも悪魔化禁止の魔導陣を施さなければならない。かつて魔族は、この世の鼠をすべて魔鼠にし悪魔化禁止の魔導陣をかけた。


 悪魔化禁止の魔鼠の親から子へと、その魔導陣は受け継がれる。

 魔族がこの世で行った唯一の善行と学院で魔導教員は言った。


 だから魔族は魔獣を悪魔化はさせない、というのが私たちの共通認識だった。

 

「ほれ、出番じゃ」


 一瞬の呆然の後、エフロシーニャはイリアに声をかけた。


「!」

「主砲の威力を見せてやるのじゃ」

「……分かった」


 イリアは赤いレバーを引いた。

 船首がぐわっと開く。


 空船は急降下していく。

 地表は混乱しているようだった。


 慌てて魔導戦車が後退しながら悪魔化した魔獣に砲撃を加える。

 歩兵が走って逃げていくのが見える。


 その歩兵の顔がいっせいに上を向いた。

 指をさし私たちの方を見る。

 一瞬のうちにさらなる混乱が地上にさざなみのように広がっていくのが見えた。


「行くぞ!」


 イリアが叫び、今まさに巨大化していく魔熊に向かってハンドルのスイッチを押した。

 その瞬間、目の前が火に包まれた。


 苦しげな咆哮が辺りを震わせる。

 イリアは旋回すると、別の悪魔化した魔獣にも炎を浴びせた。

 火だるまと化した悪魔はみるみるうちに崩壊していく。


「……すげえ」

「イリア師。まだおるぞな」

「……この船って、悪魔を倒すための……?」


 悪魔の一匹がこちらを向いた。

 魔導陣が展開されたと気づいたら、視界が爆発した。

 

「キャ……!」

「死ぬかと思った……」


 イリアはハンドルを下に思いっきり引き、急上昇させる。

 重力が体を締め付ける。

 アイカが「くうん」と鳴き私の足に擦り寄った。


 その悪魔の死の咆哮で北方の森が吹き飛び、キノコ雲が上がった。

 耳をつんざく轟音が操縦室に響き渡った。


 その中、下の機関銃から乾いた音が響く。

 ドラグがその悪魔に向けて発砲しているようだった。


 それは悪魔の体を貫き、大穴をいくつも開ける。

 どうと倒れた悪魔は動かない。


 またいくつかの悪魔の魔導反応が出現した。


「させるか!」


 イリアは再び急降下しながら主砲を浴びせていく。

 いくつかの悪魔の魔導は空に向かって飛んでいった。


 空船が火を吐くたびに悪魔は崩れ落ちる。

 機関銃が悪魔を薙ぎ倒す。


「……対悪魔用の船じゃな。これは」


 エフロシーニャが首を振ってため息をついた。


「もう動いている悪魔はいないな。離脱じゃ」

「了解」


 イリアは船首を上げ、再び上空に駆け上がった。

 瞬く間に七体の悪魔が空船の餌食になっていた。


 それを軍の兵たちが呆然としたように見上げている。

 うずくまる者、逃げ出す者、地上は混乱状態にあるのが見てとれた。


「これで、我らが味方だと証明できたじゃろ」

「……」


 もしあの七体の悪魔が王都に向かっていたら王都は、いや王国は滅んでいた。

 誰もがこの船の威力に声を失った。


 派手すぎる……

 この攻撃力……


 楽観的なエフロシーニャと違って私は、強い不安を感じた。


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