57話 神話の竜
私たちは空船があるドームに行った。
ドラグは大きな背嚢を背負っている。
フライパンの柄が飛び出ていた。
コルジキを入れた袋をイリアは手に取った。
ドームに向かうと空船は鎖に繋がれて昨夜のまま、鎮座していた。
けれど——
「……大きくなってる?」
「……竜……本当に、神話の」
スヴェトラーナが大きく目を見開いた。
空船は成長していた。
一回り大きくなり、船尾から足のようなものが生え、長い尾が垂れ下がっていた。
その足には鉤爪。
あれは着陸するための装置だろうか。
正面はそのまま竜の顔で、通路に当たる部分の首が伸びていた。
イリアが魔物と思うのも無理はなかった。
これでは本当に見られたら、悪魔と思われて軍に通報されてしまう。
——これで、本当に行くの?
「ほれ。魔導陣を開け、ヴェーラ」
「……はい」
私が左手に魔導を通すと、ドクンとその黒い船体が脈打ち、首の辺りが開いた。
階段が降りてくる。
入り口は昨日の倍、私の身長よりも高いところにあった。
私はその階段を見上げた。
「……神話の竜って、船だったのか?」
イリアが呆然としたように呟いた。
「ほれ、乗るぞ」
エフロシーニャが率先して階段を登っていく。
なんだか楽しそうな顔をしている。
「大きくなってること、知ってました?」
「昨晩、ヴェーラが部屋に戻ったあと、降りる前にドラグと少しばかり中の様子を見ていたのじゃが、そのときにも少しずつ成長していた」
「この船。生きてるんですか?」
「知らんが、ここまで大きくなってるとは……朝起きて、わしもたまげた」
そう言って振り向いてエフロシーニャは人の悪そうな笑顔を浮かべた。
ドラグが続き、私が階段に足を乗せるとアイカがついてきた。
イリアとスヴェトラーナの足は止まっている。
「ほれ、早くしろ」
「……これで、本当に行くんですか?」
「これしか、ないじゃろ」
「だが、この施設からどうやって外に出るんだ?」
エフロシーニャはため息をついた。
「文句があるのなら、置いていく」
「分かった……乗る」
二人も不安な顔で階段を登ってきた。
船首の戸がスーと開き、操縦室が見えた。
椅子が増えている。
前に二つ。
その後ろに壁に向かって座席が二つ。
中央に大きな座席がある。
エフロシーニャは当然のようにそこに腰掛けた。
「イリア師、操縦しろ」
「! 俺が!?」
「魔導車と同じじゃ」
イリアは魔導車とは明らかに違うだろと呟いて、仕方なさそうに操縦席についた。
私は神の魔導陣が刻まれているプレートの前に座る。
目の前の大きな窓から、赤い光に照らされたドームの壁が見えた。
「私は?」
スヴェトラーナが戸惑ったまま立ち尽くしている。
「どっちかに座れ。ほれ、ドラグも」
「……分かりました」
全員、座席に着いた。
アイカが私の足元で不安そうに見上げる。
イリアはハンドルを握り上下左右に回しながら首を捻っていた。
両側には色の違うレバーが二つずつ並んでいる。
足元にペダルがいくつかあるようで、下を覗き込んで何やら呟いている。
そして計器盤をなぞりながら、ため息をついた。
「全然、分からん」
「私もです」
「……操縦ってもな」
イリアは頭をかいた。
昨日は、これで王都に行くんだ、と気分が高鳴ったが、いざ動かすとなると不安が強くなる。
「ヴェーラ。魔導陣を通せ」
「はい……」
「うわっ!」
私は目の前の魔導陣に魔導を通した。
その瞬間、座席からベルトが伸びてきて、がっしりと体を固定された。
驚きの声が響く間もなく計器が光り出す。
そして——
『**魔導感知。魔導充填完了。**準備……』
「この船が、喋ってる?」
古代王国語混じりのその抑揚のない音声は、空船から発せられていた。
壁が脈打ったように震え、魔導車の魔導機関が唸るような低い機械音が響いてきた。
そして、目の前のプレートが淡く光る。
船体全体が線として浮かび上がった。
それは神話の竜の形そのまま、俯瞰で表示していた。
「なに、これ?」
『座標ノ指示ヲ』
「!」
「座標って?」
私が呟くと、エフロシーニャが声を張り上げた。
「王都じゃ! 王都に行くのじゃ」
『王都……該当ナシ。座標モシクハ、具体的ナ地名ヲ指示シテクダサイ』
「では、この神殿の上じゃ!」
『了解。転移シマス』
エフロシーニャが叫ぶと、ふわりと浮遊感があり、目の前の窓が明るい太陽に照らされた。
「まぶしい!」
「神殿の上?」
一瞬目が眩む。
前方一面に焼け焦げた跡があるのは、干渉魔導師に無差別攻撃をされたときの名残り。
空船は、空に浮かんでいた。
浮いたまま落ちる気配はない。
「どうすんだ! これ!?」
イリアが叫ぶ。
「まず、練習じゃ。魔導車と思って動かしてみい」
「無茶を言う……これアクセルか?」
イリアは右足でペダルをおそるおそるといった顔で踏んだ。
「きゃあ!」
空船は急発進し、重力が体にのしかかる。
窓の外の雲が急速に流れていく。
「もっと、ゆっくりとだ!!」
エフロシーニャが叫ぶ。
「ぶつかる!!」
目の前に岩壁が見えた。
イリアがハンドルを右に切ると急旋回して岩壁をすれすれで回避する。
アイカが吠えたて、私の足元で踏ん張った。
「……死ぬかと思った」
「イリア師!! 殺す気か!」
エフロシーニャが叫んだとき、目の前のプレートに幾つかの点が光った。
船体を中心に点が近づいてくるようだった。
スヴェトラーナの前のプレートも同じように光ったようで声を上げた。
振り返ってエフロシーニャを見ると、どこか遠くを見るような目をしていた。
「エフロシーニャ師。これは、魔導反応ですか?」
「……魔族の反応じゃな」
「魔族!?」
「イリア師、雲の上に行けるか?」
「……やってみる」
イリアはハンドルを手前に引くと空船は船首を上げた。
そのまま上昇する。
速度の調整はできたようで、さっきの急発進はなかった。
空船は雲の上に出た。
思わず息を呑んだ。
雲海がどこまでも続いている。
朝の日差しが、東からきらきらと差し込み白い雲を黄金色に染めている。
雲の上……
本当に飛んでる……
神話の竜に乗って。
「ここまでは魔族は上がって来れんじゃろう」
「この船は、すごいな」
イリアがため息をついた。
「でも、魔族がいるということは、別働隊?」
「この前の奴らが俺たちを探しているのか?」
「可能性はある。じゃが、そのままにしてはおけんな」
エフロシーニャは、にやりと口を歪めた。
「ドラグ。下に行け」
「分かった」
ドラグが立ち上がろうとするとベルトが外れた。
エフロシーニャと頷き合い、そのまま操縦部屋の入り口の横についているはしごを降りていく。
下の銃座に行くのだろう。
昨晩、エフロシーニャがドラグと探検していたという話を思い出した。
そしてエフロシーニャは不敵に笑った。
「ドラグに魔族を倒させる」




