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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
四章 コルジキの約束

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55話 神船


「……神船」


 ドラグが呟き、うずくまるようにひれ伏した。

 大陸語で神と船を表す言葉をかろうじて聞き取る。

 その不気味な造形物は、神という呼び名にそぐわない気がした。


「蛮族にも、伝わっておるのか?」

「……いや」


 ドラグは首を振った。


「ヴェーラ、魔導陣を開くのじゃ」

「はい……」


 私が空船へ向けて魔導陣を開くと、その船体がドクンと黒く脈打った。


 生きているの……?


 そして鎖がじゃらじゃらと音を立てて、船体を下げてきた。

 魔導バスより少し大きい程度。


「……竜?」


 それが私たちの前で、止まる。

 正面から見ると、神話に出てくる竜のような顔をしていた。

 目の部分が大きい。

 そして上部から折り畳まれた翼が開いた。

 蝙蝠のような翼。


 それは神話の空船の挿絵とは似ても似つかなかった。


「これは、乗れるのですか?」

「開いたぞ」


 少し伸びた首の部分が扉のように開き、階段が降りてきた。

 でも、足が動かない。


「……乗るのですか?」


 恐怖というのとは違う。


——本当に、私がこれに乗っていいの……?


 なんだか魔導神を冒涜しているようだった。

 これに乗ったら、もう自分でなくなってしまうような気がした。


 でも、所長を助けるためには乗らないといけない。

 また、あの事務所で所長と働くんだ。

 所長にこれを見せたら、なんて言うだろうか?


 所長のことを思い出すと勇気が湧いてきた。


 その様子をエフロシーニャはじっと見ていた。


「ほれ、中に入ってみようぞ」

「……はい」

「ドラグよ! 起きろ」


 私は、階段の手すりに手をかけた。

 冷たい黒く光る金属のような、骨のような手触り。

 怪物の体内に自ら飲み込まれにいくような畏れ。

 

 中に入ると短い通路があった。

 頭の部分と腹の部分に扉が見える。


「この船は、この施設のどこにあったのでしょう?」


 思わず疑問が口に出た。


「知るわけなかろう。神の魔導陣を持つ者がおらねば、あの扉は開かぬ」


 エフロシーニャは肩をすくめた。


「ヴォルトはわしの生まれる前の人間じゃ」


 私たちはまず頭の方に向かった。

 アイカがおっかなびっくり、周囲を見回しながらついてくる。

 ドラグが神妙な顔つきで慎重に歩を進めた。

 

 船首の扉に触れるとスー……と開いた。

 小部屋はドラグが入ると圧迫感があった。

 中には、椅子が二つある。


 魔導単車のようなハンドルが左側の座席についていた。

 

「ヴェーラの魔導陣が必要じゃ」

「……私が操縦するのですか?」


 エフロシーニャはハンドルのついていない方の椅子に座った。

 その前には神の魔導陣が刻まれたプレートが見えた。


「いや……この席で魔導陣を開くようじゃな」


 私は操縦席に腰を下ろす。


「これで、王都に行くのですね」

「あっという間じゃろう」


 目の前に並ぶ計器盤を眺めた。

 何の意味があるのかさっぱり分からない。


 私はため息をついた。

 こんなもの、本当に動かせるの?

 でも、動かさないと王都には行けない。


 王都のことを考えると、気になっていたことを思い出した。


「エフロシーニャ師……ゾロトワ大佐とグロモフ局長とは、お知り合いなのですか?」

「……四十年程前のことじゃ」


 エフロシーニャは語り出した。

 この地で軍と魔族との小競り合いで、ゾロトワとグロモフが所属する部隊を助けたのが運のつきだった、とため息をついた。


「追撃する魔族に断絶魔導をかけ、魔犬をけしかけた。その隙に逃したのじゃが……」


 エフロシーニャと再会したあの夜と似たような状況だったらしい。


「まだあの二人は、軍に入ったばかりのひよっこじゃった」

「……ひよっこ」


 軍の英雄と謳われたゾロトワ大佐、あの化け物のようなグロモフ局長。

 ひよっこって、想像もできない。


「あの二人だけじゃ。あの二人は、わしの魔導反応を探し出して会いにきたのじゃ」

「それから、なんですね?」

「そう……軍に入れとしつこくてな」


 山奥でひっそりと暮らしていた師は、けんもほろろに断ったのだろう。

 それは、想像がついた。

 だが、エフロシーニャは昔を懐かしむように笑った。


「この辺りは激戦地でな。いろいろ協力したもんじゃ」

「ねえ、おばあさま?」


 私はあえて名前ではなく話しかけた。

 もう一つ、はっきりさせておきたいことがあった。


「なんじゃ、ヴェーラ」


 エフロシーニャはため息をついて答えた。


「もし私が、学院で魔導師を諦めたら、どうするつもりだったんですか?」


 レシピの呪いをかけられて、今まで辛い思いをした。

 恨みはないか、といえばある。

 魔導師を諦めたら神の魔導陣が開かれることもなく、オルロフの思い通りに事は進んでいたはず。


 オルロフが何をしたいのかは、分からないが……


「……ヴェーラ。お前の魔導係数は高すぎる。あのまま、まじないをかけずに学院に行ったら、すぐに十を超えたじゃろう」

「……」

「そうしたら、ヴェーラ。世間知らずのお前のこと。天才だ、ヴォルトの再来だ、と持ち上げられて、今頃はオルロフにいいように使われていたかもな」

「!」


 そうなる可能性はあった。

 干渉魔導師になって、鼻高々で人を見下していたかもしれない……


「制御を学ばせようと思った。制御に関しては学院に優るものはないからの」

「……」


 私は俯いた。

 エフロシーニャ師は、私のことを考えてくれていた。


「そして帰ってきたら、灰色魔導師として育てるつもりじゃった」

「おばあさま……」


 エフロシーニャは、私を見た。


「灰色魔導師になれば、我らの系譜に伝わるヴォルトとこの隠れ家を伝えようと思っておった」

「……エフロシーニャ師……ありがとうございます」


 私の目に熱いものが込み上げる。

 エフロシーニャ師は、決して私を見捨てたのではなかった。


「神の魔導陣は、隠さねばならぬ」

「……はい」


 エフロシーニャは静かに言った。


「ヴォルトは、その力で王になろうとした」

「!」


 だから、暗殺された……?


「魔族もかつて栄華を誇った古代魔導帝国で、堕落した人々の代わりに実権を握ろうとした」

「?」


 古代魔導帝国を滅びへ向かわせた、侵蝕の魔導師と十の魔導師の戦い。

 獣化の民はその戦いに背を向けて、自然へと帰っていった。

 古代史で習う内容だった。


「強すぎる力は、人を狂わす」

「……オルロフ大佐も?」

「……そうであろう」

 

 そしてエフロシーニャは立ち上がった。


「もうちっと、探検してみようかの」

「はい」


 通路の反対側は居住区のようだった。

 二つの狭い船室に寝台が二つずつ。

 調理場と食堂。

 浴室とトイレ。


 そして上に伸びるはしごと下に降りる階段があった。

 まず上に登って扉を開けると空船の上に出た。

 小さなドーム状のガラスのようなものに覆われている。


 下の階段を降りると胴体の部分は倉庫のようだった。

 船首に続く通路を行くと、小部屋があり銃座が設えられていた。


 魔導機関銃……?

 軍の干渉魔導研修で見学したものに似ていた。


 見上げるとはしごがあり、操縦室に繋がっているようだ。


「……これは、戦うための船ですね?」

「そのようじゃな」


 エフロシーニャも同意した。


「さあ、休めるかは分からんが、ヴェーラは寝ておけ」

「はい」

「わしは、もうちょっと見ていく」


 アイカが私を見上げた。


——この船で必ず、所長……いや、王都を守りに行く。 


 そのためには、この化け物のような竜の船だって構わない。


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