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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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54話 ヴォルトの遺産


「さて……」


 エフロシーニャは私たちを見回した。


「先ほど、イリア師が言っておったの……」

「?」

「すべての蛮族を解放契約する方法じゃ……」

「!」


 みんなの目がエフロシーニャに向いた。


「蛮族は、また王都に集まろうとしておる」

「オルロフ大佐が、呼び寄せたのですね?」


 スヴェトラーナが確認した。


「今回の蛮族の大量捕縛は、オルロフ大佐の部隊と聞いていますから」

「観測魔導部屋で見ていた。誰が呼び寄せたかは知らぬがな。それと……魔族も王都に向かっておる」

「ッ!!」

「それに王都には、数千の魔獣ペットがおる」

「!!」

「悪魔化すれば、王都は一夜で地獄じゃ」


 それは、悪夢だった。


 どれだけの数の魔獣ペットの悪魔化禁止の魔導陣が抉られているかは分からない。

 たった一匹でも、初動が遅れれば王都は灰になる。


「……」


 でも、それを知ったところで、王都から遠く離れたこの地では、私たちには何もできない……


 沈黙のあと、イリアが口を開いた。


「……それで、どうするんだ? ヴェーラが一人一人、蛮族に解放魔導をかけて回るのか?」


 エフロシーニャは残念そうな顔で首を振った。


「そんなわけ、なかろう」

「では、どうするんですか?」


 エフロシーニャは顔中をくしゃくしゃにして笑った。


「まとめて、広範囲魔導をかける」

「……まとめて? どうやって?」


 イリアが困惑した声を出した。


「ドラグにも、協力してもらう」


 そう言ってエフロシーニャはドラグに大陸語で話しかけた。


「王都に行くのにも、検問が複数あります」

「……馬でも、最短で七日はかかる」


 イリアが悲痛な声を出した。


「まあ、考えはある」


 そう言ってエフロシーニャは手を打った。


「出発は明日、早朝じゃ。イリア師とスヴェトラーナ嬢は、薬湯に浸かって休みなさい」

「……」


 そしてエフロシーニャは私を見た。


「ヴェーラ……お前の力が必要じゃ」


 食堂の魔導時計は二十一時を指していた。

 ここに来て、時間感覚はまったくなかったが、丸二日は経っていたらしい。


「さあ、二人は早く行きなさい」

「しかし……」

「休まぬと、明日は大変ですよ?」

「……」


 エフロシーニャが真面目な顔で、諭すように二人に言った。

 その静かな迫力にイリアが言葉に詰まった。


「イリア師……行きましょう」

「……ああ」


 イリアとスヴェトラーナが部屋を出て行った。


「ドラグ、お前にも協力してもらう」

「分かった」


 そしてエフロシーニャはついて来いと部屋を出て行った。

 私とドラグは後に続いた。

 アイカがついてくる。

 エフロシーニャが向かった先は、古の魔導陣のあるドームだった。


 古の魔導陣は、まだ光り輝いている。

 その灯りが、ドーム全体を照らしていた。


「ほれ、そちらが観測魔導部屋になっておる」


 エフロシーニャの杖が指す方向は、今出てきた宿舎の反対側の通路だった。

 神殿に上がる隠し扉がある階段とは、反対側の通路に向かっていく。


 宿舎側の通路とは素材が明らかに違う。

 この通路は元からあったのだろう。


 通路の先には、大きな扉があった。

 その扉全体に、古い魔導陣が刻まれていた。

 文字のようなものが彫られているが、読めない。


「この、魔導陣……どこかで見た」


 エフロシーニャがその言葉に私を見て頷いた。


「ヴェーラの魔導陣と同じじゃ……」

「! ……神の、魔導陣?」


 キリルの魔像機で捉えた私の謎の魔導陣。

 それと同じ魔導陣が目の前にあった。


「言い伝えでは、最後に開けたのは、あのヴォルトじゃ」

「疾風……ヴォルト」

 

 私の体が震えた。

 この先には、何かがある。

 神話時代の、何か。


「ヴェーラ。魔導陣を開きなさい」

「はい」


 私は左手に魔導を通し、魔導陣を開いた。


 その瞬間、私の魔導陣が扉の魔導陣と共鳴したように文言が光り出した。

 内部で何かが動く金属音が断続的に響いた。


「なんて、書いてあるのですか?」

「読めぬ……」

「……」

「!」

「扉が開いた……」


 中は、青白い壁の小部屋だった。

 魔導灯とは違う、白い光が小部屋全体を照らし出している。

 エフロシーニャは躊躇いもなく中に入っていく。


 私たちもこわごわと中に入ると、扉が閉まった。

 そして小部屋がガコンと大きな音を立てると、一瞬体が浮き上がった。


——部屋ごと、落ちてる?


 強烈な重力がかかり、アイカが身を伏せドラグが足を踏ん張った。


「エフロシーニャ師……ここは、大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃ。ヴォルトはここから古の魔導具を持ち出した、と言われておる」

「……何が、あるんですか?」

「知らぬ」


 エフロシーニャがそう答えたとき、扉が音もなく開いた。

 同じような白い光が、先の通路まで続いている。


 青白い岩壁を触ると、ひんやりと冷たい。


「この先にあると言われている……じゃが……」


 エフロシーニャは立ち止まった。


「ヴォルトの手記では、守護者がいるとのことじゃ」

「……守護者?」


 私は生唾をごくりと飲み込んだ。

 通路を塞ぐように何かが立っている。


「ドラグ、先に行け」

「分かった」


 ドラグが足を踏み出し、アイカが続いた。


 石像だった。

 ドラグより小さいが、上半身裸の筋骨隆々とした戦士。

 その腰には大剣を帯びている。


 アイカが唸り出す。


 神話の古代の戦士。

 剣と魔導の時代の、物語だけの存在。

 その石像が大剣の柄を握った。


「ドラグ! 危ない!」

 

 石像の戦士は大剣を目の前のドラグに振り下ろした。

 しかし、ドラグはすでに戦闘態勢を整えていた。

 身を低くして剣を躱し、そのまま石像の足を取った。

 ドラグの体に刻まれた魔導陣が黒く光り、そのまま持ち上げようと力を込めた。

 だが、石像はびくとも動かない。


「ヴェーラ! 魔導陣を開くのじゃ!」

「はっ!!」


 左手を石像の戦士に向け魔導陣を開くと同時に、石像の動きが止まった。

 ドラグの背中に大剣が降ろされる直前だった。


 ドラグの体躯をもってしても、その石像は微塵も動かなかった。

 大量の汗を浮かべたまま、ドラグは荒い息を吐いた。


「いきなり襲ってくるとは、書かれていない……」


 エフロシーニャは首を振ってため息をついた。 


「ドラグを連れてきて正解じゃった」


 ドラグがいなかったら魔導陣が間に合わず、私たちの首は飛んでいたかもしれない。

 不安が強まる。


 ドラグでも倒せない戦士。

 こんなのが他にもいるの……?


 いつでも魔導陣を開けるように、左手に魔導を通す。

 ドラグを先頭に通路を行くと、ふいに空間が開けた。


 魔導陣のあるドームと同じくらいの大きさだった。

 そこに大きな魔導陣が刻まれている。


 しかし、それは上のドームの魔導陣とは違い、神の魔導陣だった。


「ここにも……」

「ヴォルトは、ここで神の魔導陣を開き、古代の魔導具を手に入れたという……」

「?」


 ヴォルトの伝記には、古代の魔導具を使っていたという話はない。


「空を飛ぶブーツじゃ」

「!」


 疾風ヴォルトの代名詞となった浮遊魔導。

 古代の魔導具を使っていた……?


「じゃあ、私たちもそのブーツで?」

「いや……魔導係数が弱いものでは、扱えないじゃろう」

「では、どうするのですか?」


 エフロシーニャは首を振った。


「ヴォルトの我らに伝わる話では……必要としているものが現れるという」

「必要としているもの……?」

「ヴェーラ……魔導陣を開きなさい」

「……分かりました」


 私はまた左手に魔導を流し、魔導陣を開いた。

 それに呼応するようにドームに刻まれた魔導陣が光り出した。


「!!」


 視界が光に包まれた。

 その眩しさに目が眩み、視界が閉ざされる。





   *





 どのくらい経ったのか、分からない。

 一瞬だったのか、数分なのか。

 目をぎゅっと閉じた瞼の向こうで、光が消えたことが分かった。

 おそるおそる目を開けると、赤い魔導灯が照らす上のドームだった。


「戻ってきた……?」

 

 床に刻まれた魔導陣は、神の魔導陣ではない。

 アイカが頭を上げて唸り出した。

 ドラグが息を呑む音が聞こえた。


「何が、起きたんですか……?」

「我らに必要なもの……あれじゃ」

「?」


 エフロシーニャは天井を見上げながら言った。

 そこには黒い何かが、吊るされていた。

 赤い魔導灯の光に照らされ、細長い卵のような形が浮かび上がった。

 よく見るとゴツゴツとして肋骨のような構造が表面に走っている。


 それは、生き物の死骸のようなものでもあり、神話時代の魔獣のようでもあった。


「あれは、なんですか?」

「伝承通りじゃった……」


 エフロシーニャの目が潤み、声が震えた。


「空船じゃ……」

「!!」



第三章ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ヴェーラたちは、ついに神話の遺産、空船へと辿り着きました。


第四章『コルジキの約束』では、王都編に移っていきます。王都への帰還、オルロフとの直接対決。物語は大きく動いていくことになります。


少しだけ準備期間をいただいたあと、また投稿を再開していきます。

ブクマ、いいね、感想などいただけると励みになります。


引き続きよろしくお願いします。

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