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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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52話 本質


——お前、分かっているのか?


 ドミトリ所長に最初に会った契約局研修の魔導部屋。

 所長の干渉魔導を、契約で封じたとき。

 初対面の私に所長は、そう言ったのだ。


 その前に、確認するように私の名を聞いた。

 エフロシーニャの孫が、あんなポンコツだとは思わなかったのだろう。

 今となっては、恥ずかしい。


 ようやく、分かりました。


 所長……


 ヴォルトの系譜、神の魔導陣。


 神の魔導陣については、どこまで所長が知っているかは分からない。

 でも、キリルの報告を聞けば、思い当たったのではないか?

 

 温かい浴槽に浸かりながら、顔の半分をお湯に沈める。

 久しぶりのエフロシーニャの薬湯は、身も心も体の底から温まる。


 村では浴槽がある家は、師の治療院だけだった。

 学院の寮もアパートも契約局の宿舎でさえ、シャワールームしかなかった。


 所長……絶対に助けに行きます……


 久しぶりの入浴でさっぱりしたあと、魔導師のローブに着替える。

 私に合わせて下に着るチュニックも用意してくれていた。


 フードの留金のプレートは、無専門を表す紋章なしだった。

 契約魔導師の紋章が懐かしい。


 部屋に戻るとスヴェトラーナも起きていた。


「スヴェトラーナさん、お体は大丈夫ですか?」

「体がまだ重いです……」

「エフロシーニャ師の薬湯に入れば、楽になりますよ。浴室にスヴェトラーナさんたちの着替えも置いてありました」


 その言葉にスヴェトラーナの目が輝いた。


「……ヴェーラ師の顔も輝いてますね。ありがたくいただきますわ」


 スヴェトラーナが立ち上がろうとして、ふらついた。

 慌てて手を出して支え、寝台に腰掛けさせる。


「大丈夫です……ヴェーラ師は、すごいですわね。あの魔導瞑想……あのとき私は意識がなくなりかけていたのです。ですが、ヴェーラ師の白い光が私を守ってくれたのです」


 スヴェトラーナが寝台に座って青白い顔で私を見つめた。

 そのとき、扉がノックされた。


「ヴェーラ? いるか?」

「イリア……起きたのですね」

「食堂に食事が用意してある。エフロシーニャ師が呼んでる」


 その声に、はっと顔を上げた。


「スヴェトラーナさん! エフロシーニャ師が、王都に行く作戦を立ててくれます!」

「まあ!!」


 スヴェトラーナの顔も上がった。

 ぐっ、とその腕に力がこもった。


「イリア。手伝ってください」


 スヴェトラーナに肩を貸し、歩くのを手伝った。


「スヴェトラーナ。顔色が悪いぞ」

「早く、ドミトリさまを助けに行かなければ……大丈夫です」


「ああ」とイリアが呟いて、スヴェトラーナをかかえるようにして食堂に向かう。

 食堂はドームの入り口近くにあった。

 そこでエフロシーニャが食事を用意してくれていた。


「お前たちは、丸一日寝ていた」

「!」


 スヴェトラーナの顔がさらに青ざめた。

 丸一日……


「あれから、また観測した。古の魔導陣が起動したからの……」

「エフロシーニャ師……あれだけの魔導反応を出したら、魔族や軍に見つかるのでは?」


 イリアが疑問を出した。


「見つかっていたら、観測など出来るわけなかろう。この場は強力な断絶魔導で守られておる」


 魔導反応は漏れないとエフロシーニャは続けた。


「何か、分かったのですか?」

「まずは、薬膳を食べてからじゃ」


 そう言ってドラグに大陸語で話しかけると、奥から湯気を立てる鍋を持って現れた。

 濃厚な緑黄色の粥状のものだった。

 大地の匂いがした。

 私は立ち上がって、ドロリとした粥を椀によそった。

 ポットからお茶を注いでイリアとスヴェトラーナの前に置いていく。


「スヴェトラーナさん。味はともかく元気は出ます」


 ハーブやスパイス、薬草の匂いがきつい。

 私が料理嫌いになった理由だった。


 幼いころ、あまり体が丈夫ではなかった私はエフロシーニャの薬膳をよく食べさせられていた。泣きながら食べたのを覚えている。


「いいなあ」


 イリアがドラグの皿を見ている。

 ドラグの皿には、大きなシルニキが盛られていた。


「……シルニキ」

「いただきますわ」


 スヴェトラーナは躊躇なくその薬膳カーシャを口に運んだ。

 しかしすぐに口を押さえ、たまらずお茶を飲み、さらに顔をしかめる。


「うっ……」


 イリアも途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ドラグは手づかみであっという間にシルニキを食べ終わった。


「これは、すごい味だ……」

「でも、なんだか元気が出ます……」


 目を白黒させてスヴェトラーナが飲み込んで言った。

 黙々と緑黄色の粥を啜る。

 懐かしい薬草の苦味とえぐみ、鼻をつくハーブの刺激。


 私の料理音痴は絶対にエフロシーニャ師のせいだ、と改めて思う。


 でも、体の芯から、じわじわと細くなっていた魔導が流れていく感覚があった。

 食べ終わる頃には、スヴェトラーナの顔色は幾分か良くなってきていた。


「さて……」


 エフロシーニャも同じ薬膳カーシャを食べ終わり、お茶を飲んで顔をしかめて言った。


 やっぱり、自分も美味しくないんだ……


「ドミトリ師が捕まってから、少なくとも三日は経っておるが……」

「……はい」

「奴はまだ無事じゃ……」


 ほっとしたため息が、私とスヴェトラーナの口から同時に漏れた。


「グロモフ局長は?」


 イリアが口を出した。

 イリアにとっては、所長よりグロモフ局長の安否の方が気にかかるのは当然だろう。


「……分からぬ。じゃが、契約局は軍に接収されているようじゃ」

「……」


 パーヴェルやセレブロのことが心配になった。

 イリアの眉間に皺が寄った。


「グロモフ局長は、今回のこと、どこまで掴んでいたのでしょうか?」


 Bー88、今のドラグにシルニキの魔導をかけたとき、グロモフは「均衡を壊す存在だ」と言った。局長は「軍は禁忌を犯した」とも言った。


「魔導拒絶反応の強い蛮族を、短時間であれだけ捕縛することなど、通常不可能だ」


 イリアは考えながら話し始めた。


「だが、魔族と繋がっているなら話は変わってくる」

「やはり、局長は禁忌を犯したことを知っていた……魔導十戒の第八戒、神域の戒め……」


 それは魔族の使う侵蝕魔導に関わる禁忌。

 国家魔導師にとって、到底許されないものだった。


「魔導師ではないオルロフだからこそ、そこに踏み込めた?」


 イリアが低く呟いた。


「オルロフ大佐の部下の幻惑魔導師の中に魔族がいた?」


 蛮族の集落を襲ったときに、もし魔族が幻惑魔導師の中に紛れ込んでいても、その魔族の支配下にあるなら表には出ない。


 独り言のようにそう呟き、イリアは頷いた。

 

「そうだな。最終的に魔族は蛮族の強制契約を書き換えて、寝返らせるつもりだったのではないか……?」

「!!」

「だが、ヴェーラのシルニキで書き換えることが出来なくなった」

「そうですわ。ヴェーラ師自身でも解除できなかったくらいですから」


 そう言ってスヴェトラーナは微笑んだ。


「……あっ」

「つまりヴェーラは、知らないうちに魔族の計画を止めていた」


 イリアはそう言って、空になったお椀を押しやった。


 だから、これ以上シルニキの契約をされないように、私を殺そうとした?

 そして私にそのシルニキを解除させようとする魔族の一派もいる?


 蛮族への強制戦闘奴隷の運用は、それ自体が人、魔族、蛮族の「均衡」を壊し、魔族をさらに北の地に閉じ込める手段となった。


 そして、それが新たな均衡となった。

 Bー88、ドラグはその「均衡」を壊す?


「推測をいくら話し合っても、意味はないやね」


 黙って聞いていたエフロシーニャが切り捨てた。


「そうだな、それが真実だとしても、今は告発する手段も証拠も、オルロフをひっくり返す術もない」


 イリアも首を振って認めた。


「王都になんとかして戻らないと始まらない。ドミトリ師も、グロモフ局長も助けないと」

「戻ると言っても鉄道の各駅には、きっと軍の検問が敷かれています」

「ヴェーラが捕まったら、大量の蛮族が我々に牙を剥く……」

「魔導電話もきっと監視されています。連絡手段もありません……」


 エフロシーニャが私たちの会話に割り込んだ。


「ドミトリのやつは、一人でもなんとかするじゃろ」

「?」


 そして、エフロシーニャはドラグを見た。

 巨体の蛮族戦士は、静かにこちらを見返した。


「根本的な問題は、何か?」

「……蛮族?」


 その私の言葉に、エフロシーニャは頷いた。


「そう、蛮族の解放じゃ」


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