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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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51話 真相


 エフロシーニャはゆっくりと立ち上がった。

 その膝は震えていた。

 私も立とうとして、前のめりに床に突っ伏した。


 イリアは両手を後ろについたまま荒い息を吐いている。

 スヴェトラーナも、ぐったりとうずくまったまま動けない。


「バウ……」


 アイカが私のもとにきて顔を舐めた。


「アイカ……」


 私たち三人は誰も動けなかった。

 古代の魔導陣を起動させるには膨大な力が必要だった。


 ヴォルトは、これを一人で……起動した?


 通路からエフロシーニャが、トレイに丸薬と水差しを乗せて戻ってきた。

 その後ろに、ドラグが包帯を巻いたままの姿で現れた。


 さすが南方の巨人、回復が早い……


「まずは薬を飲んで、今日は休みなさい」

「……分かりました。エフロシーニャ師」


 エフロシーニャはイリアに丸薬を飲ませた。


「手伝っておくれ」


 次いでドラグに声をかけスヴェトラーナを起こし、丸薬を飲ませる。

 私の前にもコップと丸薬が置かれた。


 なんとか飲み込む。

 次第に体が怠くなってきた。


 ドラグはぐったりとしているスヴェトラーナとイリア、そして最後に私を抱きかかえて、それぞれの部屋に運んでいった。その頃には私の意識は朦朧としてきていた。


 所長……


 どうか、どうか無事で……


 早く助けに行きたい。


 でも、体が言うことを聞かなかった。

 再び意識が途切れた。


 目が覚めた。

 夢も見ずに寝ていたようだった。


 魔導灯の薄暗い灯りの中、隣の寝台にスヴェトラーナが眠っているのが見えた。

 私は重たい体を起こす。


 あの丸薬は子どもの頃に怪我をするたび、風邪をひくたびに飲ませられていた。

 いくつか種類があるが、基剤は同じで苦味と体が怠くなるのも同様だった。


 初めてあれを飲んだら、しばらくは動けない。

 だから瀕死の怪我を負ったドラグが薬を飲んで歩くなんて、信じられないことだった。


 所長……私が、助けにいきます。

 私は寝台を降りた。

 体はまだ怠かったが、動かすことはできる。

 部屋の隅で丸まっていたアイカが頭を上げた。


 部屋を出て、何を考えるでもなくドームへ向かった。

 アイカが後をついてきた。


 途中、扉の隙間から灯りが漏れている部屋があった。

 ノックをすると中からエフロシーニャの声がかかる。


「ヴェーラかい? お入り」

「エフロシーニャ師……」


 そこはエフロシーニャの自室のようだった。

 見たこともない魔導書が部屋中に積み重なっている。

 

 そのうちの一つをエフロシーニャは熱心に読んでいた。


「エフロシーニャ師……神の魔導陣とは何ですか?」


 私は気になっていたことを尋ねてみた。


「百年に一度、現れる。我らの系譜の秘密じゃ……」


 エフロシーニャはメガネを上げて答えた。


「ドミトリ所長も、同じ系譜ですか?」

「王都に移った一族じゃ」

「神の魔導陣なんて、私は初めて聞きました」


 エフロシーニャはため息をついた。


「知っておろう……ヴォルトの悲劇的な最期を」

「……はい」


 百年前、魔族との戦いに勝利したあと、ヴォルトは暗殺された。


 王国解放作戦での王とヴォルトの英雄譚は、今も魔像劇場や歌で語り継がれている。

 西の島国で起きた魔導革命の後押しを受けて、魔導を使えない多くの民が王に率いられ魔導銃や魔導戦車で魔族との戦いに従事したと学院で教わった。


「ヴォルトは魔族の侵蝕魔導をかけられて……時の王に殺された……」

「それは、通説じゃ……」

「侵蝕魔導って、何ですか?」


 侵蝕魔導。

 人の精神や魔導陣を書き換える、支配の魔導と講義で習った。


 でも、実際に私が見た魔導は、干渉魔導に近かった。


「干渉魔導ではない。似てはいるが……」

「はい……」


 あの干渉魔導のような爆発する魔導。

 ドラグをも浮かび上がらせる力。


「あれは、空間そのものを侵蝕し、書き換えておる……」

「そんなことが……」

「それが出来るのは、かなりの上級じゃ……」


 魔族の詳しい魔導や戦い方は、軍に入ってから学ぶ。

 回復魔導医が魔導医学院に進むように、軍属の魔導師も研修後に軍へ入り、魔導士官学校に通う。

 だから、学院では詳しいことは習わない。


「そして契約魔導も書き換えられる……」

「だから、悪魔化禁止の魔導陣を抉ることができた?」

「聞いておる……」


 エフロシーニャは目をつぶり、メガネを外した。


「でも、魔族が王都でそんな魔導を使ったら、すぐに分かりますよね?」

「……行方不明になったという契約魔導師」


 その言葉にマリーナの手紙を思い出した。


「まさか、その契約魔導師に、魔族が侵蝕魔導をかけた……?」

「それしか、考えられんわな」


 拉致した契約魔導師の魔導を侵蝕魔導に書き換える。

 魔獣ペットにかかった悪魔化禁止の魔導陣の書き換えは人では不可能だ。

 でも、抉るくらいだったら、侵蝕魔導でできるのだろう。


 あの魔熊への強制契約も、そうだったのか……


 それだったら、魔族の魔導反応を出さずに目的を遂行できる。

 

 もし王都の魔獣ペットがいっせいに悪魔化したら……

 寒気が走ったのは、気のせいではない。


「でも、それが出来るなら、なぜ、今なんですか?」

「……蛮族への強制契約じゃ」


 エフロシーニャは立ち上がった。

 魔導書の山を通り抜けて、一つの魔導具を棚から取り出す。


「わしは、反対したのじゃ……」

「やっぱり。ゾロトワ大佐の提案を……」


 それは魔導具ではなく、エフロシーニャが作ったまじない道具の一つだった。


「強すぎる敵は、相手をさらに強くさせる……」

「……でも、故郷はそれで平和になった、と」

「だが今、大佐がやったことを魔族がやろうとしておる。魔獣を使ってな」


 そのときエフロシーニャは私の前にその魔道具を掲げて見せた。

 あの夢で見た、白く光る石のついたペンダント。

 心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。


「それは……?」

「ヴェーラの錠前じゃ」

「それで解錠できる……?」


 エフロシーニャは首を振った。


「鍵は、ヴェーラの中にある」

「それは、なんですか?」

 

 エフロシーニャは「はあ」とため息をついた。

 

「ヴェーラは、すでに持っておる……」

「持ってる……?」


 私には見当もつかなかった。

 その表情を読み取ったのか、エフロシーニャは杖で私の頭をこづいた。


「ほれ、これを持ってろ」

「……はい」


 その杖の先にかかったペンダントを手に取り、首にかけた。


「それが分かったとき、神の魔導陣が本当の力を持つ」

「本当の力……?」

「ヴォルトはそれを見失った」


 さらに分からなくなった。

 あの伝説の魔導師が、見失う?

 エフロシーニャは私の顔をじっと見て、呟いた。


「……支配しようとした瞬間、神の魔導陣は壊れる」

「……?」


 支配……?

 

「それと魔導師のローブを準備しておいた」

「!」

「魔導師がローブを着ていないなぞ、ありえん」

 

 契約局で、アイカと朝の訓練をしていたままの狩猟の格好だった。

 もう一週間以上も着替えてもいないし、シャワーも浴びれていない。


「ここには浴室もある。早く風呂に入って着替えてきなさい」

「はい」

「着替えたら、王都に行く作戦を立てようぞ」

「はいっ!!」

「バウッ!」


 アイカが私を見上げた。

 私はエフロシーニャに浴室の場所を教えてもらい、浴槽に湯を張った。

 薬湯の匂いが浴室に満ちていく。


——待っていてください、所長。


 必ず、助けに行きます。

 

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