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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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50話 観測魔導


「百五十年前に魔導革命が起きてから、こうした古い魔導陣は今や誰にも使えなくなってしまった……」


 エフロシーニャはドームの魔導陣に私たちを連れ出して、そう呟いた。


 魔導革命——


 魔導機関の発明は、人々の暮らしを一変させた。


 魔導鉄道、魔導車、魔導銃、魔導電話……

 魔導が使えなくても、人々はその恩恵を受けることができる。


 神話時代の古代魔導帝国では、船が空を飛び、建物は摩天楼のごとく聳え立ち、魔獣を使役し、この世の楽園を築いていたと言われる。


 世界中から珍味を取り寄せ、魔獣を戦わせ見せ物にし、人々は魔導を失い怠惰に堕ちていった。


 しかしその堕落が、侵蝕の魔導師の離反を招き、獣化の民を自然に返し、古代魔導帝国の滅亡のきっかけになった。


 魔導革命は、その古代魔導帝国の失われた魔導文明を復活させるきっかけになると熱狂的に受け入れられたのだ。


 それまでは出来なかった魔導機関による魔導具の大量生産、大量消費の時代が始まった。


 それは魔族支配からの脱却を決定づけ、魔族を北へ追いやる原動力ともなった。その一方で、相対的に魔導師の力が落ちていったのは皮肉な歴史の繰り返しの結果でもある。


 魔導歴史学の講義で、魔導教員がそう言っていたのを思い出した。


「六十年前までは、まだこの魔導陣を扱える生き残りがおったものだが……」


 エフロシーニャは巨大な魔導陣の前でため息をついた。

 広いドームを魔導灯の灯りがぼんやりと照らしていた。

 見上げると、ドームの天井には何かを吊り上げるための鎖が垂れ下がっていた。


「わし一人では、起動せん……」

「ではどうやって、魔族が本格的に動き出したことが分かったのですか?」

「あれだけ大きな魔導反応が立て続けにあれば、わかるわい」


 エフロシーニャは私を睨んだ。


「我々が手伝えることは?」


 イリアが声をかけた。


「この魔導陣を起動させれば、もっと詳しく分かるはずじゃ」

「あっ……私の神の魔導……」


 そう言いかけたとき、エフロシーニャの杖でお尻を叩かれた。


「神の魔導?」

「さあさあ、魔導瞑想じゃ」


 イリアの疑問に被せるようにエフロシーニャは手を叩いた。


「魔導の流れをこの魔導陣に集める。その手助けをしてくれればよい」

「私、魔導瞑想は苦手です……」


 はあ、とエフロシーニャは首を振った。


「よく、学院を卒業できたの……」


 そして、また睨まれた。


「落ち着いたら、村に戻って来なさい。みっちりと仕込む必要があるな」

「……はい」

「ヴェーラ、大丈夫だ。魔導銃のときと同じだ」

「……あっ」


 イリアが瞑想用の魔導座を組んで私に話しかけた。


「そこではない」


 エフロシーニャが、イリアに次いでスヴェトラーナにも杖を向けた。


「私もですか?」


 スヴェトラーナが首を傾げた。


「もちろんだとも。四人いれば場は安定する」


 エフロシーニャがスヴェトラーナの灰色のローブを見て、頷いた。

 エフロシーニャは魔導陣の中央に座り、それを囲むように指示をする。

 私たちは指定された場所で魔導座を組む。


 学院では早朝から夜半まで続く魔導瞑想は苦行そのものだった。

 魔導の流れがまず分からなかった。


 鍵をかけられていたからと、今は納得出来るが、集中が乱れると教員の杖が容赦なく肩を強打する。魔導瞑想の日はいつも憂鬱だった。


「まずは、ドミトリ師の所在からじゃ」

「はっ!!」


 そのエフロシーニャの一言に一気に集中が高まる。

 一晩休んで薬を飲み、二度寝した私はだいぶ回復していた。


 魔導の流れを研ぎ澄ます。

 全身の感覚が透明になっていく。

 血管、神経、そして魔導の流れ。


 皮膚を駆け巡る魔導が左手から魔導陣に吸い込まれるように流れていく。

 冷たい青い流れはイリア。

 赤い小さな流れはスヴェトラーナ。

 そして真ん中に渦巻く金色に輝く流れ。


 それらが混ざり合い、星の運行のように、魔導の流れが鮮明な軌跡を描いて魔導陣の周囲を巡る。


 その瞬間だった。

 私の白い魔導が、他の流れを包み込む。

 星のように巡っていた流れが、一斉に魔導陣へ収束した。

 目を閉じていても古の魔導陣が脈打つように起動したのが分かった。


 エフロシーニャが何やら詠唱を始める。

 それは長い詠唱だった。

 一節ごとに魔導陣に文言が浮かび上がっていく。

 最後の一節を唱え終わると、観測魔導が発動した。

 そして脳裏に映像が飛び込んできた。


「所長……!!」

「ドミトリさま!!」


 ほんの一瞬だった。

 所長の姿が、脳裏に浮かんだ。


 そして、その姿はたちまち小さくなっていった。

 いや、離れていく?


 あれは? 王都?


 地下室の一室から、貴族の館、貴族街、尖塔が聳える夕闇の王都へと視界が広がっていく。まるで飛行魔導で急速に飛び立つように空に舞い上がり、それは不意に途切れた。


「……」


 エフロシーニャは荒い息を吐いていた。

 スヴェトラーナがぐったりと突っ伏し、イリアが魔導座を崩す。


「今の……」

「王都じゃな……」


 私は地下牢に入れられ鎖に繋がれた所長の姿が脳裏にこびりついていた。

 その傍らにオルロフと黒いフードの魔族がいるのも、確かに見た。

 そして黒フードから覗く褐色の目と、確かに視線が交差したのも……


「!!」


 見られた……?


「早く……助けにいかないと……」

「今は……まだ無理じゃ」


 エフロシーニャは疲れた顔をして首を振った。

 魔導素低下症とは違う脱力感が、全身を襲う。


「……軍に捕らえられた訳ではないな。オルロフが私的に捕縛している?」

「……」


 イリアが呟いた。

 干渉魔導を解放した状態で軍に捕まったら、下手をすれば処刑の可能性がある。

 だからといって、オルロフに今すぐ殺されないという保証はない。


「ドミトリさま……それでも私が、助けに行きます」


 スヴェトラーナが立ち上がろうとしたが、腰は上がらなかった。

 魔導陣に魔導素を一気に吸われた気がした。


「この魔導陣……下手すると、死ぬわな……」


 エフロシーニャも青白い顔を上げた。


「昔は九人で、やっておったからの……」

「!?」


 そしてエフロシーニャは私を見た。


「……じゃが、かのヴォルトは一人で立ち上げたと言われておる」


 そんな伝説の人と一緒にしないで、と思ったが私には神の魔導陣がある。

 青ざめた顔でイリアとスヴェトラーナが私に目を向けた。

 ヴェーラなら出来そうだ、と顔に書いてある。


「……だけど、所長の場所が分かりました」


 私は息を整えてエフロシーニャに言った。


「分かったところで、どうにも……」


 エフロシーニャは首を振る。


「今のお前たちでは、辿り着く前に死ぬ」

「ドミトリさま……私は、行きます」


 スヴェトラーナが、手をついて腰を上げようとした。

 私も同じ気持ちだった。


「感じなかったのかい? あそこには何かがいる……」

「!!」


 あの黒フードの褐色の目を思い出して、寒気が走った。

 契約局を襲った魔熊。

 魔獣ペットの悪魔化を抉った犯人。

 魔族の侵蝕魔導……


「……何が、いる?」


 イリアが絞り出すようにして呟いた。


「分からぬ……観測魔導が破られたからの……」


 だけど、私の心はもう定まっていた。


「助けに行きたいです。エフロシーニャ師、協力してください!」


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