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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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49話 魔導神


「昔、昔、はるかな大昔。魔導神さまがこの世界を創りました。魔導神さまは、最初に魔獣を生み出しました……」


 幼い頃、エフロシーニャ師の治療院で神話を聞くのが好きだった。


「なんで魔導神さまは、魔獣を生み出したの?」

「使い魔にしようと思ったからです」

「なんで、人を作らなかったの?」

「人は弱くて、すぐに死んでしまうからですよ。ヴェーラ」


 魔導神の聖典の挿絵に、火を吐く獅子や大きな翼を持つトカゲが描かれている。


「でも、魔獣は争いばかりをして、どんどん強くなっていきました……」

「魔獣が言うことを聞かなくなった?」


 エフロシーニャは微笑んで続けた。


「そう。だから、次に魔導神さまは自分に似た人を創り、魔導を与えて魔獣に言うことを聞かせようとしました……」


 それは幼い頃の記憶だった。

 夢のような、記憶のような、ふわふわした気持ちだった。

 外は吹雪いていた。


「おばあさま?」

「名前でお呼びなさいね。ヴェーラ」

「はい、エフロシーニャ師」


 エフロシーニャ師の治療院で、いろいろな神話を教えてもらっていた。


「まず十人にそれぞれの魔導を与えました。干渉、召喚、付与、回復、幻惑、解析、刻印、断絶、観測、契約……」


 分厚い魔導書には色インクで重厚な魔導神や魔導師の挿絵が描かれていた。


「エフロシーニャ師? たくさんあるのですね?」

「そう、魔導が使える人間には、それぞれ自分に合った魔導があるのです」

「魔導陣?」

「そう、一人一人違うのです」


 そう、指紋のように、とエフロシーニャは説明した。


「私にもあるの?」

「もし、ヴェーラの魔導抵抗が下がれば、発現するかもしれません」


 幼い頃は、悪い魔導から身を守るために魔導抵抗が強い。

 十二歳ごろに、徐々に魔導抵抗が下がると魔導が発現する。

 だから十三歳で学院に入学するのだと、後で習った。


 でも、そのときの私は、それぞれの魔導を描いた挿絵に目を奪われていた。

 エフロシーニャは神話の話を続けた。


「それで、かんしょうまどうしが魔獣をやっつけた!」


 エフロシーニャは首を振る。


「でも、魔獣は強すぎました」

「やられちゃったの?」

「そうです。そこで魔導神さまは、さらに二つの魔導を与えました」

「二つ?」

「それが、侵蝕と獣化です」

「しんしょく、と、じゅうか?」

「そう、魔族と蛮族のもとになった魔導です」

「……魔族。……怖い」


 エフロシーニャは私の背中を撫でた。


「侵蝕を与えられた人は、その強すぎる魔導に心を呑まれ、闇に堕ちたのです。それが魔族です」

「蛮族は?」

「蛮族は、大地に、自然の中で生きることを選びました」

「……おうちはないの? 寒くはないの?」


 冬になると雪で覆われるこの世界で、自然の中で生きるなんて可哀想と思った。

 温かな暖炉にあたりながら、人で良かったと心から安心したのだ。




  *




 診察室の硬い寝台で、目が覚めた。

 治療院での幼い日の記憶が夢に出てきた。


 でも毛布のぬくもり、慣れ親しんだ薬草の匂いが、一気に現実に引き戻した。

 あれから、また寝てしまったらしい。


 診察室には、エフロシーニャはいなかった。

 ドラグはまだ寝ていた。


「ヴェーラ師……目が覚めたのですね」


 スヴェトラーナが扉を叩き、部屋に入ってきた。

 その表情を見て、私の胸が縮んだ。


「所長は……まだ来ないのですね……」

「きっと、大丈夫です」


 スヴェトラーナの碧色の瞳に影が差した。


「オルロフ大佐の陰謀の鍵は、何か分かりましたか?」

「……まだ、分からないのです」


 スヴェトラーナはさらに眉を曇らせ、首を振った。


「エフロシーニャ師は、何も言っていなかったのですか?」

「師は、ずっと観測魔導陣の真ん中で瞑想をしています」

 

 魔導瞑想……学院でもっとも苦手だった修練だった。

 胡座をかくように魔導座を組み、自分に流れる魔導と魔導抵抗を観測しながら魔導係数を高める。

 そして大きな魔導を展開する前にも瞑想を行うという。


 そのとき、扉がノックされた。

 声をかけるとイリアが入ってきた。


「ヴェーラ。顔色がよくなった」


 ほっとしたように言って、トレイに乗せたカーシャとお茶をサイドテーブルに並べた。


「イリア師が作ったのですよ」


 スヴェトラーナが微笑んだ。


「ありがとうございます」


 カーシャを口に運ぶと、どこの町の食堂で食べたカーシャよりも美味しく感じられた。


「美味しいです……」

「ヴェーラ師は詠唱がレシピになるくらいです。さぞかし、お料理はお上手なのでしょうね?」


 昨晩の師との会話は、スヴェトラーナたちには聞こえていなかったようだった。


「……逆です」


 そう言って詠唱がレシピになった理由について話した。


「苦手なものか……」


 そう言ってイリアは考え込んだ。


「私が作れるのは、モルスくらいです……」

「まあ! でもイリア師がお上手なら、何も問題はないですね」


 意味はよく分からなかったが、完全に私とイリアの関係を誤解しているようだった。


「朝もイリア師が料理を作ってくれました」

「苦手なものを克服できたんだな。ヴェーラは」

「……まだまだです」


 いや料理は克服していないけれど、魔導は使えるようになった。

 神の魔導陣については、話さない方がいいと思った。


 それよりも、今後をどうするか。

 私の視線に気がついたイリアが首を振った。


「エフロシーニャ師は、あの古い観測魔導陣を動かそうとしているようだ」

「あんなに大きくて複雑なのに……あれは起動できるのですか?」


 遺跡には古い魔導陣が遺されていることも多いが、発動したという話は聞いたことがなかった。


 それほどの魔導陣なのに、まだエフロシーニャの魔導反応は感じない。

 もし展開したら、その魔導圧はどれだけになるのか想像もできなかった。

 

「神殿自体はかなり古いが……この辺りが最前線だったころの施設だろう、ここは」

「では、百年くらい前……?」

「いや鉄道が敷かれたのはまだ六十年ほど前だ。それまでは使われていたのだろう」

「……」

「でも、あの魔導陣はまるで魔導書の神話に出て来るような……」

「神話時代の大いなる魔導陣か……」


 イリアが寒そうな顔をした。


「それにしてもヴェーラ師がエフロシーニャ師のお孫さまだったなんて、知りませんでした」


 スヴェトラーナが話を変えた。


「きっと、知られないようにエフロシーニャ師は考えてくれていたのでしょうね」

「おばあさま……」


 私の知らないエフロシーニャ師……


 確かに魔族の魔導をも無効化する断絶魔導。

 ゾロトワ家やグロモフ家との繋がり。

 さらにはヴォルトの縁者……


 ただの村の灰色魔導師だと思っていたのに……


 私でさえ、軍や解析局に追いかけ回されている。

 山奥に身を隠していた理由が、ようやく分かった気がした。

 そして私の魔導に鍵をかけ、記憶を消したのも頷けた。

 

 そのとき、扉が開いた。

 エフロシーニャの小さな体が姿を現した。


「おばあさま……」

「名前で呼べと言っておろう……」


 エフロシーニャはため息をついた。


「ここ数年、魔族の連中が不穏な動きをしておったのじゃが……」


 そこで口を閉じて私たちを見回す。


「いよいよ本格的に動き出したようだ……」

「!?」


 魔族が……?


 悪魔化禁止の魔導陣を抉った犯人、そしてオルロフ大佐と繋がっているかもしれない、あの魔族が……


 

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