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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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47話 森の魔女


 爆風で薙ぎ倒された山中に、焼けた木々の匂いが漂っていた。

 その中央で、なお立っていたドラグの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。


 ドラグの体から放たれた魔導陣が、私たちを守っていた。


 うずくまったまま動けずにいるドラグの顔を、アイカが舐めている。

 アイカをも庇ってくれたようで、その背中は血に塗れていた。


「ドミトリさま……」


 スヴェトラーナが天を仰いで呟いた。


「……ヴェーラ。もう、最後の一発だ」


 イリアが魔導銃を見せた。

 昼間、吹き飛ばされた魔導銃をイリアは回収していた。


「……出来るか?」

「……分かりません」


 昼間、体の中の魔導素を放出したあと、また一過性の魔導素欠乏症で意識を失った。

 あの魔導医にもらった薬は持ってきていない。

 この逃避行で疲れはすでに限界だった。


——体力がないから……


 イリアはしゃがみ込む私の後ろに回って、魔導銃を持たせた。


「だが、やるしかない……」

「……はい」


 私は目を閉じた。

 深呼吸をして魔導の流れを研ぎ澄まそうとした。


 しかし、それはちょろちょろとした頼りのないものだった。

 指先まで氷のように冷たくなっていた。

 魔導が、流れない。

 それをイリアも感じたようで大きく息を吐いた。


「大丈夫だ……」


 イリアは左手に魔導を強めに込めて、私の握った魔導銃をそっと覆った。

 その温かさに、はっと目が見開いた。


「……ドラグ」


 なんとか起きあがろうとしたドラグに、黒フードの一人が上空から降りて来る。

 その左手から魔導陣が開かれるとドラグの体は宙に浮いた。


「攫われてしまう……」


 ドラグも昨晩の戦いから、昼の襲撃と今の戦いでかなり疲弊していたようだった。

 そして、四つの影が音もなく私たちの前に降り立った。


「この女は連れていく。他は死ぬ」

「……やめて! 何でもするから!」


 私の叫びを無視して、黒フードは私に向かって魔導陣を開いた。

 その口から聞いたことのない詠唱が始まる。


「ドミトリさま……」


 スヴェトラーナが絶望した声を出したのが聞こえた。


「ヴェーラ、……撃つぞ」

「……はい」


 イリアの声が掠れ、魔導銃を持つ手が小刻みに震えていた。

 魔導の流れは停滞したように動かない。

 四人の黒フードの詠唱が大きくなる。


「……む、無理です」


 四人の黒フードが魔導陣の詠唱が終わったとき、山全体が別の魔導陣に包まれた。


 ドラグの体が浮かび上がった空から、どさっと落ちた。

 目の前の黒フードの魔導陣が霧散する。


「だ、断絶魔導……? 広範囲……すぎる」


 イリアが呆然としたように呟いた。

 その瞬間、犬の遠吠えが響いた。

 多数の犬が吠えたてながら、こちらに疾走してくるのが見えた。


「……魔犬!?」


 魔犬はドラグの側にいた黒フードに次々と噛みつき、残りは私たちの前にいる黒フードに飛びかかった。


 黒フードたちは私たちの分からない言葉で短く会話を交わすと、ふわりと浮き上がった。遅れて、ドラグを連れ去ろうとしていた黒フードも魔犬を振り払い飛び立った。


「無詠唱……?」

 

 気がつくと焼け野原になった山の中で巨大な魔導陣が、光り輝いていた。

 黒フードは北の空に姿を消していった。


「……助かったのか?」

 

 周囲は魔犬で溢れていた。

 ドラグの周りにも魔犬が取り囲み、ドラグの傷口を舐めている。

 アイカもいつの間にか魔犬の群れに溶け込み所在が分からない。


 私の全身の力が抜けた。

 手に持つ魔導銃が滑り落ちる。


 イリアが息を吐いて、私に被さるようにもたれかかった。


「今度こそ……死ぬかと思った」

「イリア……重たいです」

「……本当に仲がよろしいのですね」


 スヴェトラーナが私たちを見ながら微苦笑を浮かべた。


「お羨ましいですわ」と寂しげに続ける。


 それに気力を振り絞り否定しようとしたとき、魔犬の群れが割れた。


 巨大なシカがこちらに向かって歩いてくる。

 首を下げたシカの背に乗っているのは、懐かしい師の小柄な姿だった。


「おばあさま……」 


 安堵と疲れで、知らずに声に出た。


「おばあさま?」


 イリアが間の抜けた声を漏らした。

 しかしそれを聞いて、ジロリとその小柄な人影は睨んだ。


「名前で呼ぶように言っておろう……」

「はい……エフロシーニャ師」


 ため息をついてエフロシーニャは私を見た。


「おかえり。ヴェーラ」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものがようやく切れた。

 私の目から涙が溢れる。


 帰って来られた……ようやく……


 エフロシーニャはイリアとスヴェトラーナを品定めをするように、じっと見つめた。

 イリアは慌てて私の背後から立ち上がった。


「ただいま、戻りました」

「契約魔導の資格を取ったと聞いて、こうなるかも知らんと危惧しておったが……」

 

 エフロシーニャは首をすくめた。

 その小さな体でシカの背に立ち、辺りを見回した。


「やれやれ、魔族と軍と蛮族……?」


 私の知るエフロシーニャと口調も態度も全然違っていることに戸惑いを覚えた。

 

「あの蛮族に、わしの精魂込めて作った断絶魔導陣が破壊されたときには、寿命が縮んだわい」


 それを知ってか知らずか、そう言って笑った。

 

「本当に、エフロシーニャ師ですか?」

「断絶魔導が使える……?」


 信じられないという顔をしていたのだろう。

 エフロシーニャは笑ってウィンクをした。


「本当は軍が来る前に断絶しようとしたのじゃが、あの蛮族に吹き飛ばされたわ」

「……!!」


 局長すら超える断絶魔導。

 その魔導陣を吹き飛ばしたドラグの力に、寒気がした。


「さあ、わしの隠れ家に案内するかの」


 エフロシーニャはシカの頭を杖でコツンと叩いた。

 魔犬の群れが私たちの周りに集まる。


 そこにアイカも紛れて私を見ている。


「可哀想に、この馬はもう助からん」


 馬は私たちの盾となり、爆風で太腿と前脚に大きな傷を負っていた。


「ここにいては、獰猛な魔獣に怖い思いをする」


 そう言ってエフロシーニャは懐から短剣を取り出した。


「ほれ、ひと思いに、この短剣で苦しまずにしてやってくれ」


 そしてイリアを呼び寄せて渡した。


「……分かりました。エフロシーニャ師」


 イリアは短剣を受け取り、私は目を背けた。


「それと、あの蛮族……」

「蛮族ではありません。ドラグです」


 私はエフロシーニャに訂正を求めた。


「ほほう……薬がある。まずは飲ませてくりゃれ」

「ありがとうございます!」


 目を細めてエフロシーニャは私に丸薬を渡した。

 スヴェトラーナから水筒をもらい、ドラグの元にふらつきながら駆け寄る。

 それを心配そうに、アイカが後ろからついてきた。


「ドラグ……薬……飲む」


 拙い大陸語でドラグに話しかけた。

 ドラグは荒い呼吸を繰り返して、うずくまっていた。

 体に刻まれた魔導陣は消えて、代わりに全身に火傷と深い傷を負っている。

 血がまだ流れ続けていた。


「ドラグ、飲める?」

「うぅ……」


 ドラグの大きな手に水筒を持たせる。

 その手を口まで運ぶ手伝いをする。


 大半は口からこぼれ、ドラグは激しくむせ込んだ。

 呼吸が落ち着くまで待って薬を口の中に入れる。


「エフロシーニャ師の薬です。良く効きますから、飲んで」


 ドラグは丸薬を噛み砕くようにして水で飲み込んだ。


「そこの蛮族……いや、ドラグとやら、この傷では動かせんし、その体格では運べもせん。この断絶魔導は明日までは効いておる」


 エフロシーニャが魔犬を従えて、私とドラグに向かってきて言った。

 その後ろにイリアとスヴェトラーナが徒歩で付き従っていた。


「魔犬をつける。死んでなければ、明日治療してやる」

「エフロシーニャ師?」


 エフロシーニャは大陸語でゆっくりとそうドラグに話しかけた。

 その言葉にドラグは首を振り、よろめきながら立ち上がる。


「ほう……歩けるか……ならば、着いてこい」


 あの丸薬を飲むと、口の中が苦くなって、体が怠くなって動けなくなるはず。

 私には経験があった。


「ヴェーラは……今、飲むと動けなくなるわな」


 そう言って私にシカに乗るように指示をした。

 あぶみもない裸のシカ。

 イリアに持ち上げてもらってシカの背に何とか乗る。


「では、行こうぞ……」


 魔犬のリーダーを先頭にドラグ、アイカ、私とエフロシーニャを乗せたシカ、イリアとスヴェトラーナが続いた。


 魔犬に囲まれながら月明かりの下、エフロシーニャの隠れ家へと向かう。


 シカの背に揺られながら、エフロシーニャの変貌ぶりとその魔導の力に愕然としていた。


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