46話 三つ巴
気がついたとき、私はドラグの腕の中にいた。
イリアとスヴェトラーナがそれぞれの馬に乗っていた。
アイカが私を見上げて小さく吠えた。
薄暗い森の中。
鳥と獣の鳴き声が騒がしい。
「っ!」
体を動かそうとすると、あちこちが痛んだ。
「ヴェーラ。起きたか?」
「イリア……魔族は? 魔族はどうなりました?」
「怪我を負って、逃げたらしい」
「らしい?」
「ああ……ドラグがそう言っていた」
「ドラグ?」
私を抱き運ぶドラグの顔を下から見上げた。
「ドラグ、ありがとう……」
私が拙い大陸語で話しかけると、ドラグが驚いたように立ち止まった。
「ヴェーラを、守る。それが勤め……」
訛りの強い大陸語で短く、ぼそっと答えた。
「ドラグ……」
「蛮族」と私たちは言っているが、ドラグたちも生活があり家族がいる。
私たちとは敵同士だけれど、共存の道があるのかもと、ふと思考がよぎる。
私の声が自然と情を帯びた。
「蛮族って、言っても……」
「ドラグには三つの契約魔導がかかっている。我々とは相容れない」
イリアがため息をついて私の言葉を遮った。
「変な同情は持つな」
「これは戦争です」
イリアとスヴェトラーナが首を振った。
「だが、ドラグのおかげで助かった。礼を言う」
イリアも大陸語でドラグに話しかけた。その言葉にかすかにドラグは頷いた。
「所長は?」
「……まだですわ」
スヴェトラーナが首を振った。
所長がいないことは分かっていた。
不安が募った。
私たちにはドラグがいたけれど、所長たちは……
シルニキを解放したあと、魔族に襲いかかったドラグを思い出す。
確かに昨日の晩、魔族相手に大立ち回りしたというドラグの実力の一部を垣間見た。
だけど……
「ドラグのこの魔導反応……どうしたら?」
ドラグの書き換えられた拘束契約——シルニキのレシピの魔導反応は強くなっていた。
「まあ……時間の問題だな……」
「また魔族が来るのですね」
スヴェトラーナの声が震えた。
「なぜ、あのとき、拘束契約の文言がレシピに書き換えられたのでしょう? イリアは分かりますか?」
「ドラグに聞いてみたが……本人にも分からないらしい……」
「また、解除しますか?」
でも、返事は分かっていた。
「解除しても、また書き換えられる。それにもう、あの時からその魔導反応は垂れ流しだ……」
「そうですよね……」
もし今、襲撃に遭えばシルニキを解放したドラグの力は頼りになる。
できるだけ時間を稼いで、所長の合流を待ちたい。
「……それにしてもドラグ。その魔導反応はなんとかならんのか?」
イリアは大陸語でドラグに問いかけるが、返事はなかった。
もしかしたら、魔導反応をなんとかするという発想がないのかも。
でも、これだけの強い反応があれば、所長は迷わず戻って来られる。
「ドラグ、降ろしてください」
「もういいのか?」
イリアが驚いたように声をかけた。
私はドラグに地面に降ろしてもらった。
少しふらついてドラグの手が慌てて背中を支える。
「もし魔族が来たら、私を抱えているとドラグが動けませんから」
「分かった……ヴェーラはスヴェトラーナと乗ってくれ」
「ドラグ。お願い」
私はドラグに鞍まで持ち上げてもらった。
イリアは器用に馬を操っていた。
「六日も乗れば、さすがに慣れる」
イリアは手綱を捌いて見せた。
「お上手ですわ。イリア師は飲み込みが早いですわね」
イリアは旅の途中、スヴェトラーナに乗馬を教わっていた。
なかなか、美男美女のカップルだとその様子を見て思っていたのだった。
そのとき、スヴェトラーナが言った。
「イリア師とヴェーラ師はお似合いですわね」
「!!」
「なっ……?」
「昼の射撃で、息の合ったお二人だと思ったのですよ」
と、スヴェトラーナはまったく悪意のない様子で微笑んだ。
——先に言われた……
「スヴェトラーナ……今はそれどころではない」
「そうですわね。急ぎましょう」
私はスヴェトラーナの後ろで、何も言えずに固まっていた。
ただのバディです……
でもそれを言ったら、さらに微笑まれてしまいそうだった。
気を失っていた時間は数時間ほどだったらしい。
やがて太陽が西に傾き、肌寒い風が吹いた。
魔族の魔導反応がいつ来るかと緊張しながら進む。
誰もが無言だった。
アイカが私を見上げ、ドラグが馬の隣を歩いていた。
「そろそろ、野営の準備をするか……」
「そうですわね……」
私たちは大きな岩のある開けた場所で食事を取ることにした。
馬を休ませないといけないし、暗くなったら道に迷う。
魔族が先か、所長が戻って来るのが先か。
焚き火を囲み、干し肉を食べ、お茶を淹れた。
「食料も残り少ないですわ……」
「明日にはエフロシーニャ師のところに着かなければ」
アイカが、もっとくれというように私を見上げる。
ドラグはゆっくりと干し肉を口に運んでいた。
食べ終えたときだった。
進行方向から突然、複数の魔導反応が現れた。
「この、魔導反応……」
「西から……?」
アイカが唸り、ドラグが立ち上がった。
所長だったら南から、魔族は北東から来るはず。
ということは……?
「軍の魔導師……」
「オルロフ大佐のところの……?」
私の故郷の方向からだった。
じゃ、所長は?
「軍が故郷に先回りしていた……?」
「ドラグの魔導反応で実力行使に来たか」
イリアが魔導銃を手に立ち上がった。
私とスヴェトラーナは馬を引いて岩の窪みに身を隠す。
アイカとドラグが西へ向いて身をかがめる。
ドラグの魔導反応がまた大きくなった。
そのとき、北の方角から新たに大きな魔導反応を感知した。
でもそれとは別に、大地に懐かしい魔導反応が脈打つのを感じていた。
——何? 気のせい?
イリアは気がついていないようだった。
北からの魔導反応は、瞬く間に近づいて来る。
——魔族……? このタイミングで?
やがて軍の干渉魔導師と魔族、ドラグの魔導反応で空間が埋め尽くされた。
「……魔族も」
「最悪だ……」
イリアが岩場の影に身を隠す私たちの前に身をかがめて、首を振った。
馬を座らせ、それに身を隠すように魔導銃を構える。
オルロフ大佐の軍は確実に私たちを殺しにくる。
私を狙撃し、悪魔化した魔熊を契約局に放つくらいなのだ。
昼の魔族は、少なくともすぐ私を殺すつもりではなかった。
魔導銃をぶっ放すまでは……
次にどう出て来るかは、分からない。
「イリア師……」
「ヴェーラとスヴェトラーナは、ここで隠れていろ」
「来ます……!!」
そのとき軍の干渉魔導師の魔導陣が上空で展開されるのを感じた。
問答無用で……抹殺……?
接触もなしで?
「……嘘だろ」
イリアの声が緊張を帯びた。
「ドラグ!!」
ドラグの体から、びりびりとした魔導圧が放たれていく。
軍でも魔族でもない。
ドラグの反応だけが異様に膨れ上がった。
ドラグの体に刻まれていた魔導陣が、光りながら浮かび上がる。
契約局で、消したはずなのに……
「伏せろ!!」
イリアが叫び、ドラグのその口から詠唱が紡がれ始めた。
「シルニキッ!!!」
最後にドラグが叫ぶのと同時だった。
上空が、カッと白く爆発した。
「きゃ……」
「ヒヒーン!!」
爆風が岩や木、土を巻き上げ、私たちを叩きつけた。
背後の岩にヒビが入り頭上から割れた石が落ちて来る。
「……イリア!」
「ヴェーラ……無事か」
イリアは馬の影に隠れ、半ば押しつぶされていた。
「ドラグは? アイカはッ!?」
視界が戻って来ると、周りの木々は吹き飛んでいた。
その中央にドラグがこちらを向いて立っていた。
ドラグの体の周りには濃い魔導反応が陽炎のように揺らぎ、ドラグの足元にアイカが伏せをしているのが見えた。
ドラグの体は干渉魔導師の火に焼かれ、皮膚が焼け爛れ、全身が血に塗れていた。
ドラグの体に刻まれた魔導陣が薄れていくと思ったとき、ドラグは膝をついた。
「……ドラグ」
「魔族が、来る……」
イリアが馬の下から抜け出して言ったとき、上空に魔族の影が現れた。
そして上空の干渉魔導師と魔族の交戦が始まった。
魔族の魔導反応は五つ、干渉魔導師は六つ。
夜空に光が次々と瞬いた。
軍の魔導師が火に包まれ、森へ堕ちていく。
爆風が、そのたびに私たちを襲った。
決着はあっという間についた。
干渉魔導師の魔導反応が三つほど消えたところで、残りの干渉魔導師は離脱していった。
魔族の五つの影が上空から私たちを見下ろしていた。
ドラグが立ち上がろうとして、崩れ落ちた。
「……ドラグ」
——所長! エフロシーニャ師!
助けて!




