44話 ヴォルトの系譜
六日目の朝。
昨晩は何事もなく過ぎたけれど、寝不足だった。
大きな魔導反応を感じるたびに目が覚めた。
魔族が所長を追撃している。
そして、いつ魔族が現れるかと思うと寝た気がしない。
所長の安否が気に掛かり、夜半過ぎには目が覚めてしまった。
隣でスヴェトラーナも眠れないようで寝返りを繰り返していた。
やがて魔導反応は遠ざかっていき、私ではもう感知できなくなった。
夜の異変に、獣たちも静まり返っているようだった。
——多分、アイカとドラグがいるから魔獣と獣には襲われない。
夜明け前にはみな起きて、出立の準備を始めた。
すっきりとしない頭で、簡単な食事を摂る。
スヴェトラーナの顔にも疲れが見えた。
「かなり、北にきているな……」
周囲は針葉樹と苔がむし、初夏だというのに肌寒かった。
「ドミトリ師によると、明日にはエフロシーニャ師の隠れ場所へ着くそうだ」
イリアが出発前に地図を見せながら言った。
森を抜け、川を船で進むことでかなりの時間の短縮になったらしい。
馬にはスヴェトラーナと同乗し、イリアは一人で馬に乗り、ドラグが馬の轡を取った。
「ドラグ……頼む」
「……」
ドラグは無表情で言葉はほとんど発しない。イリアが馬に乗ると、その高さは三メールト近くになる。いくらドラグが巨体でも、馬上のイリアはドラグを見下ろす形になった。
「さすがに、旧街道に出ると進みやすいですわね」
近隣の集落をつなぐ街道は、馬車が通れる道幅があった。
だけど、集落には立ち寄れなかった。
——エフロシーニャ師……久しぶりに会えると思うと胸が高鳴った。
学院の卒業時に六年ぶりに帰郷したけれど、そのときは師は変わらぬ笑顔で迎えてくれた。あのときは、なんとか卒業できた安堵で、私の魔導係数や魔導陣におかしいところがあるなんて思いもしなかった。
その後の二年間の地獄の研修があるとは知らずに、無邪気な笑顔を見せていたと思う。
エフロシーニャ師と会って、私の魔導係数とレシピ詠唱について聞けばわかるだろうか。
でも、それでオルロフ大佐の陰謀が分かるの?
所長にその話をすると、はぐらかされていた。
干渉魔導を封じるためとはいえ、なぜ所長はエフロシーニャ師に会いにいった?
もしかしたら、ゾロトワ大佐とエフロシーニャ師が繋がっていて、それでゾロトワ大佐から所長が聞いて?
「スヴェトラーナさんは、エフロシーニャ師のことは知っていましたか?」
「ええ。お父様とは古い友人と聞いています。蛮族の戦闘奴隷に関して、助言を受けたとか」
スヴェトラーナに聞くと、あっさりとそう答えた。
「師が、蛮族の奴隷契約に関わっていた……?」
「……それは、分かりません」
まさか、あり得ない。
いや、きっと反対したんだ。
でもそのとき、ふっと思い出した。
契約局で、魔狼に悪魔化禁止の魔導陣をかけて倒れたときに見た、鍵がかけられたような夢。
鍵……
魔導係数は11.2に、ということにしておきましょう……
あのとき、そう言っていた。
あの夢の中にいた私の背後の人物は、もしかしたら、ゾロトワ大佐……?
「もしかして、私の魔導学院の入学に関して、ゾロトワ大佐が関わっていることはないですか?」
「いいえ。それは、知りません……」
スヴェトラーナが私の前で首を傾げた。
師には毎月手紙を出していた。
大半が愚痴だったけれども、研修で契約局に行くことは伝えていた。
それを伝え聞いた所長が、研修中の私のところに来たのだと思っていた。
でも、ゾロトワ大佐が私の、いや私というより私の魔導係数の真実を知っていたのなら、私の動向を逐一把握していたのかもしれない。
それでゾロトワ大佐は、娘を所長の事務所に送り込んだ。
全部、繋がっている?
いや、それは私の妄想かもしれない。
黙り込んだ私にスヴェトラーナが声をかけた。
「……ヴェーラ師。……お父様はヴェーラ師のことは知っていました」
「それは、所長の干渉魔導を封印した前から、ですか?」
私の存在が軍に知れ渡ったのは、所長の干渉魔導を封印したときらしい。
次に目立ったのが、蛮族に最初にかけたシルニキ。
そして悪魔化した魔狼への強制契約。
スヴェトラーナは珍しく口ごもった。
「ええ、そのようです……」
「……やっぱり」
あの夢の中の人物は、おそらくゾロトワ大佐……
「ヴェーラ師、知っていますか? 疾風ヴォルト」
「はい、もちろん。伝説の干渉魔導師の……」
スヴェトラーナは話題を変えた。
「疾風ヴォルトの一族の出自は、ヴェーラ師の故郷だと聞いています」
「……え?」
初耳だった。
出身地は、王都だったはず。
魔導係数9.58は、いまだ人類の最高到達点とされている。
最大魔導係数は瞬間的には9を切ったとも言われている。
冷たい風が吹いた。
日はもう登っている。
「疾風ヴォルトって、もう百年以上前の偉人……その先祖って……」
「私は、ヴェーラ師の故郷に"鍵"があると思っています」
「……鍵?」
その言葉にドキッとした。
「オルロフ大佐の陰謀の鍵です」
「……どうしてそう思うのですか?」
スヴェトラーナは推理し始めた。
「お父様が始めた蛮族の運用。それは絶大な効果を上げました」
「……はい」
それは知っている。
「南部は蛮族の襲撃に、なす術がなかったと聞いています」
蛮族を殺すと、使役していた魔獣が悪魔化し被害が増える。
南部の都市は蛮族の掠奪に長い間苦しめられてきた。
蛮族奴隷の運用は、南部の解決と北部の魔族との戦いに一石二鳥だった。
「蛮族に刻まれた魔導陣を解除することで、魔獣の悪魔化を防げるようになった……」
「そうです」
魔導係数に優れる蛮族に、強制契約魔導はかからない。
それを使えるように編み出したのがゾロトワ大佐だった。
「そのため、オルロフ家は軍部の主流からは外れました」
「……」
オルロフ家の復権のため? でも、魔族と手を組むなど危険なことをするだろうか?
「オルロフ家は、魔族にも長期的に契約魔導をかける術を編み出したのです。蛮族の捕虜にしたように」
「でも、魔族の捕虜は、どんな上級魔導師でも短時間しか契約魔導はかからないはずです」
そのため魔族を捕虜にすると、魔導陣に文言を刻めないように両指を切り落とし、契約魔導で情報を取ったあと、火炙りで処刑すると聞いていた。
それだけ魔族への恨みと恐怖は強いのだと思うけれども、その慣習には嫌悪感があった。
もちろんその処刑の現場を見たことはなかった。
「魔族が王都にいたら、魔導反応ですぐ分かってしまうのでは?」
イリアが隣から口を挟んだ。
「むしろ、強制契約で縛るよりも自主的に魔族が協力している可能性——」
イリアが理屈っぽく語り出した。
「であれば、魔導反応を抑えることが出来る。人の社会に紛れて暮らし、軍の有力者と繋がり、軍の一派に魔族の魔導を伝え、悪魔化禁止の魔導陣を抉る術も……」
「……!」
「表向き軍に協力しているように見せかけて、内側から混乱させる」
「……イリア師、それではオルロフ大佐の立場が悪くなります」
スヴェトラーナが首を振った。
旧街道は集落の跡地を通り過ぎた。
かつて戦いがあったのだろう。
焼け爛れて朽ちた民家が点在していた。
「……逆か。オルロフが魔族に利用されている?」
「……!」
冷たいものが背中を走った。
もしそうならば、所長に助けられなかったら、いずれは殺されていた……?
アイカが私たちを見上げて吠えた。
ドラグが立ち止まる。
その体から突然、激しい魔導反応がほとばしった。
次の瞬間、私は別の凄まじい魔導反応を感じた。
——え? なに?
ドラグの魔導反応に反応した?
魔族がこちらに向かって来ている?




