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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
一章 ブリニの従順

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4話 三つ目の魔導陣


「一つ、チーズと粉を合わせて丸め、弱火で両面を黄金に焼き上げよ!(一つ、この者の身柄の拘束をヴェーラの名において契約する)」


 朦朧とする意識の中、最後の詠唱をやり遂げた。

 香ばしい匂いが留置部屋に漂った。


 その直後、蛮族の詠唱が途切れ、その体に刻まれた魔導陣が消失した。

 同時にぐったりと蛮族の頭が落ちる。


 それを確認すると私の膝が崩れた。


——もう限界……


 所長が私の体を受け止める。


「よく頑張った」


 噛んだのに……?

 なんで、成功した?


「魔導拒絶反応の高い個体だったな……よくやった」


 初めての所長からのねぎらいの言葉だった。

 

「なぜ? ……私、詠唱を噛みました」


 蛮族は黄色い牙を剥き出したまま、泡を吹き出していた。


「噛んだ? いつも通りのレシピだったぞ?」 


 そのとき扉の魔導陣が解除され、人が入ってきた。


「間に合ったか……この部屋……」


 そう呟いた男は上級解析魔導師の紋章をつけた男だった。


 護衛の衛兵を伴っている。

 魔導銃を油断なく構えている。


 解析魔導師は早速、魔導陣の解析を始めた。

 しかし、すぐにその動きが止まった。


「この拘束、誰がやった?」

「え?」


 最後に拘束した蛮族の魔導陣を見て、男は首を傾げた。


「この拘束の契約は?」

「はい……私です」


 私はふらつく足で一歩前に出た。

 上級解析の紋章をつけた魔導師は、まだ若そうだった。

 目鼻の整った秀麗な顔に、ぴくりと眉が寄った。


 別の蛮族の魔導陣を展開し、確認すると一つうなずく。


「こちらは、ドミトリ……中佐殿ですね」

「軍は辞めた。ドミトリでいい」

「ドミトリ師の魔導陣はさすが、剛健そのものです」

「そりゃ、どうも」

「……私の魔導陣に、何か問題でも?」


 私は自分の魔導陣について尋ねた。

 心臓がドクンと跳ね上がる。


——まためちゃくちゃと言われたら……


 最後、噛んだから?


 いつかの解析魔導師が言ったという言葉がよみがえる。


「この、魔導陣……」


 解析魔導師は、言葉に詰まった。


「下級魔導師には、まず読めません」


——やっぱり……


 解析魔導師は私にではなく所長に言った。


「ほう……?」

「やっぱり、私、詠唱を噛んだから……読めないんですね?」

「噛んだ? 詠唱を?」


 ありえないという顔をして首を振った。 


「本当に噛んだのなら、魔導陣は発動しません」


 首を傾げて魔導陣を展開する。

 それは三層になった。

 精密な魔導陣展開に私は息を呑んだ。


「見ればわかりますが、魔導陣解除契約、拘束契約は丁寧に刻まれています」

「本当だ……」


 まるで教科書で見るような魔導陣展開だった。

 思わず見入ってしまう。


 講義口調で、展開した魔導陣の解説を始めた。


「……ほう。実際はこう見えるのか」


 ドミトリが納得したかのようにつぶやいた。


「ご覧のように魔導陣が三つかかっています」

「なんで? 三つ?」


 私は二つしか、かけた覚えはない。


「それだ」


 ドミトリの口角が上がった。


「この一番上の魔導陣が下の魔導陣に張り付いている」

「……これは、なんですか?」


 見たことのない魔導陣だった。


「下級魔導師には、影になって全体が読めないでしょう」

「何が書かれている?」


 ドミトリが身を乗り出した。


「……読めません」


 男は悔しそうに言った。


「こんな魔導陣は今まで、見たことがない。私が読めないなんて、ありえない」


 一瞬その目が、人を殺しそうな光を放った。


「この魔導陣が下の魔導陣に干渉していることは間違いない……が」


 解析魔導師は展開した魔導陣を見ながらひとりごちた。


「レシピ……の詠唱の原因?」


 事務員が口を開いた。


——また、レシピ……

 うんざりする。


 だが、その声にドミトリが大きくうなずいた。


「だが、本人に自覚がない」

「私は文言通りに正確に詠唱しています」


 その言葉に所長は肩をすくめた。

 私には三人が話していることが、まったく分からなかった。


「つまり、ヴェーラ。お前の魔導陣はもう一つの謎の魔導陣が邪魔をしている」

「……もう一つの魔導陣?」

「俺にかけた干渉魔導の封印の魔導陣が消えない理由だ……」


 解析魔導師が同意した。


「聞いています。ドミトリ師の魔導拒絶反応を半年も抑え込める魔導師がいると」


 ドミトリ中佐の軍からの離脱は、衝撃をもって各方面に伝わっていたのは確かだった。

 軍の上層部の誰も、封印できるとは思っていなかったのだろう。


 まさか、それをこんな私のような駆け出しの契約魔導師が行えるなんて。


 解析魔導師の目が私をとらえ、そしてため息をついた。


 ありえない、とその口が動いた。


「この謎の魔導陣を解除できなければ、その下の本来の魔導陣が解除できないのです」

「つまり?」


 沈黙が落ちた。

 その秀麗な口から搾り出すような言葉が漏れた。


「読めなければ、誰にも……解除できない」


 その言葉に、留置部屋に冷気が入ってきたように感じられた。


「……誰にも? 解除できない?」


 それは魔獣への悪魔化禁止の魔導陣以外、聞いたことがなかった。

 なんだか寒気がする。


「王宮魔導師部隊の上級断絶魔導師でも、無効化できるか……」


 そのつぶやきは私の想像を超えていた。

 留置部屋の温度がさらに急激に下がった。


「王宮魔導師部隊……? 上級断絶魔導師でも?」


 そのとき扉の向こうから「キリル主任」と呼ぶ声があった。


「ああ、もうこんな時間だ」


 男は私たちを見回して、事務員にうなずく。


「私は解析魔導師のキリル。この部屋の契約魔導陣が問題ないことを確認しました。では」


 キリルは去り際に、私に鋭い視線を向けた。


「また近いうちに、お会いすることになるでしょう」


 その視線は、まるで実験用の魔鼠を見る研究者の目だった。

 私の足が凍りついた。


「では、書類の手続きを。報酬の支払いは所定の銀行で行います」


 事務員に促されて部屋を出る。

 やけに疲れていた。


 まだ体は緊張していた。


 三つ目の魔導陣……? そんなもの、私は知らない。


「じゃ、帰るか」


 私は長椅子にぐったりと座り込んでいた。

 いつの間にか所長は書類に記入していた。

 本当は私がやるべき仕事だった。


「お疲れさん」


 私は魔導バスでそのまま自宅に帰った。


 別れ際、所長は屋台でシルニキを買ってくれた。

 そして、日報は明日でいいと所長は言った。


 お腹が空いていた。

 朝から何も食べていないことに気がついた。


 部屋に帰るとシルニキの包みを解く。


 甘くてもちもちした食感に体が癒される。


 フォークに突き刺したシルニキを眺める。


——キリルさん。もしかしたら、あの人だったら……


 今まで私が、なぜ魔導陣の構築に失敗してきたのか。

 その謎を解き明かしてくれるかもしれない。


 ずっと謎だった。


 王宮魔導師部隊でも解除できない……?


 その断絶魔導師でも、無効化できない……?


 それよりも、なぜ、詠唱を噛んだのに成功した?


 留置部屋で感じた寒気は、まだ体に残っていた。



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