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契約魔導師のレシピ帖  作者: タキ マサト
三章 メドヴィクの解放

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37話 追撃

 

 装甲魔導車の中は、重苦しい沈黙が支配していた。

 年代物の車体は振動も騒音もひどい。


 その揺れの中、誰もが緊張し、言葉少なだった。

 王都の西の門を抜けたとき、ようやく誰もが小さく息をついた。


 狭い座席で、所長の左腕に力強く抱かれ、心臓がドキドキしてくる。


 こんなときなのに……


 顔が赤くなる。


「局長の断絶魔導が、時間を稼いでくれた……」


 イリアが呟いた。

 魔導電話も魔導無線も、干渉魔導師の飛行魔導も使えない。


「魔導駆動に切り替えられたのは、かなり離れてからでしたしね」


 スヴェトラーナが答えた。

 だけど、軍に逆らったグロモフ局長が心配だった。

 貴族ならば、即座に処刑にはならないだろうけれど……


「……所長? もし局長が断絶魔導を使わなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「ヴェーラに俺の干渉魔導を封じた契約を、解いてもらうつもりだった」


 所長があっさりと答えた。


「!!」


——所長の干渉魔導を、解放したら……


 それは、明確な反逆の意思。

 その場で撃ち殺されても誰も文句は言えない。


「もう、お尋ね者だ。変わりはないしな」

「だが今は、ヴェーラは絶対に魔導を流すな」

「……はい」


 イリアの声も、緊張を帯びた。

 オルロフ大佐の傍にいた魔導師を思い出す。


 観測魔導師の紋章をつけていた。


「魔導を流した瞬間、場所を特定されてしまう?」

「そうだ。もしすぐ捕まったら、グロモフ局長に申し訳ないな」


 イリアがうなずいた。


「……グロモフ局長は、どうなりますか?」

「身柄を拘束される」

「……」


 私の質問に所長が短く答える。


「グロモフ局長は、お父様が後ろ盾につくでしょう」


 スヴェトラーナは眉を曇らせているイリアに言った。


「イリア師、ヴェーラ師の頼れるバディとか。ドミトリさまから伺っております」

「ありがとう。……お父様って?」


 イリアが疑問を出した。


「ゾロトワ家です。元大佐の」

「……名門だ」


 イリアの声が驚きを帯びた。

 でも、田舎者の私にはどの程度の名家なのかは分からない。


「そうだ、スヴェトラーナさんは灰色魔導師だったのですね?」


 スヴェトラーナはため息をついた。


「……本当は学院に行きたかったのです。うちには優秀な兄が何人もおりますので、娘は私しかいませんから、お父様が寮に入るのを許してくれなかったのです」


 学院では十三歳から寮暮らしになる。

 それは貴族も平民も変わらない。

 親の反対で入学ができないという話はよく聞いた。


「それで我が家の国家魔導師に教わって、灰色魔導師のライセンスを取りました」

「そうなんですね……」


 専門が取れなかった魔導師は、街の私塾の講師になるか貴族のお抱えになる。


——じゃあ、あの狙撃犯は貴族に囲われた魔導師……?


 オルロフ家のお抱え……?


 いや、推測にすぎない。

 考えるのをやめた。


「それで、これからどうする?」


 イリアの疑問に所長が答えた。


「この車は目立つ。乗り換えだ」

「この先の集落に、うちの館があります」


 スヴェトラーナが話を引き継いだ。

 行く手に集落が見えてきた。


 行き交う魔導車が、この年代物の装甲魔導車に驚くように避けて通り過ぎる。

 セレブリャンカ川の支流に沿って走る街道。


「あの河原の藪の中に放置しよう。歩いて向かう」

「乗り捨ててしまうことになってごめんなさい。お父様」


 スヴェトラーナが謝ったとき、所長がサイドミラーを覗いた。

 後ろから軍の車が土煙を上げて追ってくるのがサイドミラーに映った。


「グルルル……」

「追いつかれるよな。そりゃ」


 年代物の装甲魔導車は、足が遅かった。

 後ろから猛スピードで四台の魔導車が迫ってきた。


「魔導砲の弾はあるのか?」


 イリアは上を見上げた。

 砲塔に上がる梯子があった。


「イリア師。……ありますけど、操作できますか?」

「……いや……魔導銃は?」


 イリアは首を振って、懐から魔導弾を取り出した。

 所長が、イリアに魔導銃を手渡す。


「これも、年代物……撃てるのか?」

「この車にあるのは、それだけだ」


 アンティークのような金の装飾がついていた。

 イリアはシリンダーを回し、グリップを確かめ軽く空撃ちした。

 そして魔導弾を一発ずつ薬室に込めていく。


 イリアが魔導を通し、「よし」と頷いた。


 そのとき、銃声が響き渡った。

 爆発音が響き、装甲が歪み、激しく揺れる。


「きゃっ!!」

「バウバウっ!」

「爆裂魔導弾だ……」

「お兄様の付与魔導がかかっています。頑丈なだけが取り柄です」


 スヴェトラーナは涼しい顔で言った。


「スヴェトラーナ。体当たりだ」

「了解しました」


 スヴェトラーナは急ハンドルを切り、前に回ろうとする一台の魔導車の側面にぶつけた。


「きゃっ!」


 衝撃のあと、軍の魔導車は街道から外れ、草原の中に飛び込んでいった。

 横向きの衝撃がかかり、所長が私の腰に手を回して支える。


「追ってくるのは普通の兵士だな」

「そのようだ」


 その情報にほっとした。

 干渉魔導師が来たら、装甲魔導車といえども吹き飛ばされてしまう。


 軍の魔導車が三台、追走してくる。

 爆裂魔導弾が装甲魔導車を襲う。


「魔導師じゃないものが撃っても、効かんな」

「足回りを狙っても無駄です」


 前に回りこもうとする車をスヴェトラーナが蛇行して防ぐ。

 そのたびに、私は振り回された。


「これ、どうやって開けるんだ!」

「ハンドルを回してください」


 イリアが後席で鉄板の窓を開ける。

 身を乗り出したイリアは、狙いを定めた。


「その弾は、何ですか?」

「闇魔導弾だ! 喰らえッ!!」


 並走した魔導車の窓から銃口が光る。

 次の瞬間、イリアの魔導銃が轟音を上げた。

 破裂音とともに悲鳴が上がった。


「やったか!?」


 後ろでブレーキ音が響き、道路脇の大木に激突するような音が響いた。

 その間、装甲魔導車は集落の中に入っていく。


 藁を積んだ馬車が道を塞いでいる。


「どきなさいッ!!」


 スヴェトラーナがクラクションを鳴らしながら荷台に突っ込み、視界が藁で覆われる。

 馬が暴れ、木片が車体を叩いた。

 軍の魔導車が一台、砕けた荷台と藁にハンドルを取られ民家に突っ込む。


 だが、まだもう一台が追いかけてきていた。


「しつこい」


 イリアがまた窓から身を乗り出し魔導銃を撃ち始めた。


「ゾロトワ家の館には、行けないな」

「仕方ありません。まずは逃げ切りましょう」


 集落を抜けたとき、イリアの魔導弾がもう一台に当たった。

 魔導車は闇に包まれ横転し、後方に消えていく。

 

 装甲魔導車は、北の山脈を目指し街道を北上する。

 ほっとしたとき、所長の顔色が変わった。


「干渉魔導師が来た……」


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