36話 突破
二人の下士官に両腕を抱えられ、半ば足が浮いたまま、引きずられるように連れて行かれる。
前後にも兵士が魔導銃を構えていた。
魔導車両が並んでいる方向に向かっていた。
「バウバウッ!!」
「ヴェーラ!!」
後ろから声がかかった。
グロモフ局長とともにイリアたちが天幕の外に出てきていた。
——イリア師……アイカ……
どうなっちゃうの、私……
心細さと恐怖で胸が張り裂けそうだった。
そのとき、俯いた私の耳に聞き覚えのある金属音が響いてきた。
そして呼び止める絶叫と銃声。
車両の間から魔導単車が飛び出した。
——あれって……まさか……
顔を上げた私の目に、魔導単車に乗る所長の姿があった。
「所長……」
「ヴェーラ!!」
「危ないッ!!」
兵士が所長に銃口を向ける。
干渉魔導師が所長に向かって魔導陣を展開する。
さらにそれとは違う低い詠唱と凄まじい魔導圧を感じた。
足元に巨大な魔導陣が刻まれていく。
それは広場全体、いや契約局を覆い尽くすほどの魔導陣だった。
——グロモフ局長の魔導だ……
所長の魔導単車が私の前にいた兵士を跳ね飛ばした。
銃口が向けられたとき、グロモフの魔導陣が発動した。
その瞬間、すべての魔導の感知ができなくなった。
干渉魔導師が開いた魔導陣が一瞬ですべて消失する。
局内に張られた魔導線がバチバチと音を立てて燃え尽きた。
——局長の、断絶魔導……?
「ヴェーラ!!」
「……所長……どうして?」
魔導単車は横倒しに滑りながら、私の左側にいた下士官を跳ね飛ばした。
飛び降りた所長は、もう一人の下士官を殴り倒す。
魔導銃を向けられた私はしゃがみ込んだ。
しかし銃口は沈黙したままだった。
その兵士を所長が蹴り飛ばす。
「魔導単車が動かん! ヴェーラ! 逃げるぞ!!」
「逃げるって、……どうやって?」
広場は軍で包囲されている。
「念の為、あいつを呼んでる」
「……あいつって……? きゃっ」
所長は私を抱え上げた。
「バウバウッ!!」
「逃すな! 捕まえろ!!」
アイカが駆けつけるなり兵士に噛み付いた。
魔導は使えない。
「殺しても構わん!! 絶対に逃すな!!」
号令が響き渡り、兵士が束になって押し寄せる。
「イリア師! ヴェーラを守れ!」
「分かった!!」
パーヴェルの鋭い指示が飛んだ。
イリアが走り寄り、兵士に飛び蹴りを喰らわせる。
「魔導師を舐めるな! お前らより鍛えてるわ!!」
イリアの長い足が別の兵士の顔面に炸裂する。
「魔導は体力勝負だからな」
所長がイリアの叫びに同意して、私を抱いたまま兵士に回し蹴りを決めた。
アイカが唸りを上げ、威嚇する。
「やっと来たなッ!!」
そう所長が怒鳴ったときだった。
軍の車両を突き飛ばすように一台の装甲魔導車が広場に突っ込んできた。
年代物のその車両は、突き出したエンジンルームから煙突のようなマフラーを突き出し黒煙を上げ、爆発するようなエンジン音を響かせていた。
混乱の中、所長と私を取り押さえようとした兵士たちを装甲魔導車が弾き飛ばす。
「局長命令だ。イリア師! ヴェーラ師の同行護衛を命じる!」
「了解ッ!!」
次いで、グロモフ局長のよく通る声が私の耳に飛び込んできた。
そして装甲魔導車の助手席のドアが開いた。
「ドミトリさま!! ヴェーラ師!! 乗って!!」
灰色のローブを身に纏うスヴェトラーナのよく通る声が響いた。
「スヴェトラーナ!! 良いタイミングだ!!」
「バウバウッ!!」
「ヴェーラッ!!」
イリアが群がってくる兵士を殴り飛ばした。
アイカが兵士に噛み付く。
私は所長に装甲魔導車へ放り込まれ、次いで所長も飛び乗った。
「スヴェトラーナさん? なんで?」
「ドミトリ師! 私もいいか?!」
所長とイリアの視線が一瞬、交わる。
「乗れッ!!」
「バウバウッ!!」
装甲魔導車に乗り込んだ所長がイリアに手を伸ばした。
アイカも飛び乗る。
「時間がないわ! 掴まってて!」
装甲魔導車は助手席のドアを開いたまま後退した。
所長の手を掴んだイリアに、兵士がしがみつく。
「うわッ!」
イリアが兵士を蹴り落とす。
イリアも振り落とされそうになったとき、所長に引き上げられた。
同時に、バタンとドアが閉まった。
「きゃ!」
それを確認するとスヴェトラーナはバックで急発進し、軍車両を突き飛ばしそのまま敷地外に出た。
去り際に一瞬、見えた。
グロモフ局長が、兵士たちの前に立ち塞がっているのを。
局長の魔導圧をビリビリと感じる。
スヴェトラーナはギアを入れ替えると切り返し、爆音を立てて装甲魔導車を走らせた。
一瞬の出来事だった。
何が起こったのか、理解ができなかった。
「所長……どうして? スヴェトラーナさんも?」
「無茶をする……」
イリアが呆れた声を上げ、アイカを抱き上げると後席に移った。
「パーヴェルとソコル少佐から連絡を受けた」
「なんで……私のために?」
所長に会えた嬉しさよりも、今後の先行きの不安が強くなる。
——軍に反逆した……所長、大丈夫なの……?
「オルロフ大佐に捕まったら、生きては帰れない」
「……え?」
厳しい顔で所長は言った。
「間に合うか賭けだった」
「……」
「助けられて良かった」
「でも、私のせいで……」
「ヴェーラのせいじゃない」
そう言って所長は私の頭を撫でてくれた。
「ソコル少佐から、オルロフ大佐が来ていると聞いて、駆けつけた」
「父が掴んだ情報では、オルロフ大佐が例の件に関わっている可能性があります」
スヴェトラーナが口を挟んだ。
「お父様も軍の行く末に憂慮しています」
「スヴェトラーナさん……灰色魔導師だったんですか?」
「詳しい説明は後です」
灰色のローブを見ると懐かしいエフロシーニャ師を思い出した。
スヴェトラーナはギアを入れ替え、石畳の道路を抉るようにハンドルを切る。
横向きの衝撃がかかり、所長がしっかりと私を抱えて押さえてくれた。
「この車は、……すごいな」
「お父様のコレクションの一つです」
イリアの感嘆したような声にスヴェトラーナが間髪容れずに答えた。
博物館の中から出てきたような年代物だった。
かつての西部の近隣諸国との戦いで使われた車両。
「追っ手は来ていません。あの断絶魔導でしばらく魔導は使えないでしょう」
スヴェトラーナがミラーで後方を確認して言った。
「それにしてもグロモフ局長の断絶魔導はすごい威力だ」
「局長は化け物だ」
所長が言って、イリアがため息をついた。
「なにせ、断絶魔導と刻印魔導と契約魔導の三つ持ちの異才だからな」
確かにあれほどの広範囲の魔導を断絶する魔導師なんて聞いたことはなかった。
「魔導単車が動かなくなったとき、肝を冷やした」
「一番、ごついのに乗ってきた甲斐がありました」
スヴェトラーナがハンドルを切りながら微笑んだ。
私だけが、その会話に取り残された。
「ヴェーラ。ソコル少佐の命懸けのリークだ。パーヴェルを通して局長も知っている」
「で、ドミトリ師。我らはお尋ね者だ」
イリアが口を開いた。
「このあと、どうする?」
「バウバウッ!」
所長は、一瞬の間を置いた。
「北のエフロシーニャ師のもとに向かう」
「!!」
スヴェトラーナが頷いた。
「オルロフ大佐の陰謀を暴くためにね」
「グロモフ局長を助けるためには、それしかないか」
イリアがつぶやいた。
年代物の装甲魔導車は速度を上げ、王都の街を駆け抜ける。
スヴェトラーナは断絶魔導の範囲外から出たことを確認すると、燃料駆動から魔導駆動に切り替えた。
ドミトリ所長……
私たち、この後どうなっちゃうの?
平穏な生活が、音を立てて崩れ落ちた。
激しい揺れで、また所長が支えてくれる。
——エフロシーニャ師……
エフロシーニャ師に会えば、何かがわかるかもしれない。
王都の石畳と尖塔が後ろに流れていく。
やがてセレブリャンカ川の橋を通り過ぎる。
私は、前を向いた。
もう、戻れない。
訂正とお詫び
34話でアレクセイ・ロマノフ大佐で伯爵家の紋章となっていますが、アレクセイ・オルロフ大佐、子爵に訂正するのを忘れていました。今後、オルロフ大佐で子爵になります。混乱させてしまい申し訳ないです。
引き続き、物語をお楽しみいただければ幸いです。




