35話 陰謀
天幕の中は、冷え切っていた。
魔導銃を提げた下士官が十人ほど入ってくる。
空気が一気に重くなる。
——連行って、何? 何の罪で?
違法な魔導弾……?
「ちょっと、待ってくれ! あの場で撃たなければ、我々は死んでいた」
「グルルルッ!!」
イリアが叫び、不穏な空気を察したアイカが唸り出した。
一歩踏み出したイリアの首筋に、ライフルの銃床が叩きつけられた。
「ウッ!!」
膝をついたイリアが組み敷かれた。
「イリア師!!」
「連れて行きなさい」
アレクセイが鞭を手に、静かに言った。
その目が私を見据えた。
「グルルル……」
「ダメ! アイカ……撃たれちゃう……」
銃口がアイカに向いた。
飛び出そうとするアイカの首根っこに抱きつく。
「納得いきません……」
私は最後の抗弁を試みた。
「なぜです? 私が撃たなければ……いえ、私一人では撃てませんでした」
「それは参謀本部の取調室で聞きましょう」
「撃たなければ、あそこにいた人間は全員、死んでいました!!」
その私の叫びは無視し、アレクセイは背中を見せた。
「連れて行きなさい」
「ヴェーラ!!」
私は下士官に両腕を掴まれ、引き上げられた。
そのとき、天幕の入り口で誰何の声が上がった。
ビリビリとした魔導圧を感じる。
何かがぶつかる鈍い音、呻き声が響いた。
そして入り口が開いた。
振り向いたアレクセイが目を細めた。
「これはこれはグロモフ長官……いや、今は局長でしたかな?」
「うちの局員に、何をする?」
グロモフは体を屈めて室内に入ってきた。
後ろからパーヴェルとセレブロが続いた。
グロモフは鬼の形相で室内を一瞥し、ため息をついた。
「アレクセイ大佐。……説明してもらおうか」
「ご覧の通り。ヴェーラ・クリューチナは、違法な魔導弾を使った形跡があります」
アレクセイはグロモフの魔導圧に恐れもなく、肩をすくめた。
グロモフの無言の圧力に、下士官は凍りつく。
「悪魔をも吹き飛ばすその力は危険です」
「それで、狙撃したか」
「なんのことです?」
「しらを切るか」
グロモフは私を拘束している下士官の一人の顔に、手のひらを向けた。
その瞬間、下士官は意識を失い崩れ落ちた。周囲の下士官もその魔導圧に耐えきれず膝をつく。
凄まじい魔導圧で、ビリビリと左手が震える。
「パーヴェルさん……」
「しっ!」
その隙にパーヴェルが私を引き寄せた。
アイカが私の足元で庇うように唸り声を上げた。
セレブロが、イリアを抱き起こす。
グロモフは魔導銃を向ける他の下士官に一瞥してから、アレクセイに向き直った。
「うちの局員を返してもらう」
「出来ぬ相談です」
アレクセイは顔色も変えずに一蹴した。
「今朝の狙撃、魔熊の悪魔化。軍が関わっていないとなぜ言える?」
「魔熊の悪魔化は、契約局で発生しました。狙撃は何かやましいことでもあったのでは?」
「ほう、契約局をすべての根源にするか」
グロモフの声が低くなった。
「それで、……ヴェーラ・クリューチナを名指しと聞いている。おかしくはないか?」
「ヴェーラ・クリューチナの魔導反応はこちらで把握しています」
当然といったようにアレクセイは冷笑を浮かべた。
「ヴェーラ・クリューチナの魔導は、監視対象ですからな」
傍に影のように従う魔導師がうなずいた。
——監視対象……やっぱり……
膝が震えた。
「そのような強大な魔導反応を持つものが、王都に存在するのは到底、認められるものではありません」
グロモフは沈黙した。
「いくつか間違っている。一つ、魔熊は契約局に存在しない」
「怪しげな魔導実験を行っていると聞いています」
アレクセイの目が光った。
「蛮族にシルニキのレシピを刻むとか……」
「軍の要請だ」
「魔熊で実験していなかったという証拠はあるでしょうか?」
しかし、グロモフは負けてはいない。
話を戻した。
「これは契約局の問題だ。軍に局員の拘束権はない。魔導銃の弾は通常弾と魔獣の捕獲に使うものだけだ。分かったらお帰りいただこう」
グロモフの体から魔導が、陽炎のように立ち上る。
部屋の空気が張り詰めた。
「それと……悪魔化は緊急事態だ。王都の魔導師部隊は、あと五分は早く駆けつけられたはずだ」
「初動が遅れたのは認めましょう。なにせ契約局で悪魔が発生するなど、想定外です」
二人の視線が交差した。
「率直に言おう。軍の一部がヴェーラ・クリューチナを狙撃し、失敗に終わるや魔熊を悪魔化させ、契約局ごとヴェーラ・クリューチナを亡き者にしようとした。違うか?」
——そんな? ひどい……
顔から血の気が引いていく。
イリアも息を呑んだ気配がした。
でもそのとき、かすかな違和感が私を襲った。
——飼育されていた魔熊だったの……
マリーナの手紙をふと思い出した。
軍が、いやアレクセイが飼育していた……?
しかし、その局長の決めつけにアレクセイは乾いた笑いを上げた。
「陰謀がお好きなようですな……失礼」
かすかな嘲笑が混じっている。
「だが、これは国家安全保障に関わる軍事案件です。干渉魔導師への攻撃と取られかねない魔導弾を撃った。……その場で射殺されなかっただけ、幸運だと思ってください」
一転してアレクセイは、子どもに言い含めるように丁寧に説明した。
グロモフの声が怒りを帯びた。
「それが、貴官の描いた絵か」
「なにを言っているのか」
そして話は終わったというように背中を見せた。
「ああ、グロモフ局長。この件で軍法会議にもかけられますので、支度をしておいてください」
「アレクセイ……」
「グロモフ男爵。貴族院にも招集がかかるでしょう」
「……」
「軍令第二十三条によりヴェーラ・クリューチナを拘束する」
うまく呼吸ができなかった。
疲労と緊張から、立っていられなかった。
両膝をつく。
「グロモフ局長。お引き取りを」
そして下士官に振り向いた。
「連れて行きなさい」
「ヴェーラ……」
「イリア師……アイカ……」
「バウバウッ!」
飛び出そうとしたアイカをイリアが首根っこを掴んで押さえつけた。
二人の下士官に両腕を取られ、無理やりに立たされる。
「待ってて……絶対に戻るから……」
私は二人の下士官に引きずられるように外に連れ出された。
天幕の外に出ると、初夏の日差しがまぶしかった。
正門前の広場は軍の関係車両でごった返している。
倒れた魔熊の下半身はまだ、そこにあった。
助けたのに……
どうして、私が……?
私が間違っていたの……?
契約局に来て、まだ二週間も経っていない。
せっかく局員のみんなとも打ち解けてきた。
イリア師とも……
ここから連れ出されたら、もう王都に戻れない気がした。
——所長……助けてください
契約局の本部を振り返った私の目から涙が溢れた。
足がすくむ。
そのとき、聞き覚えのある音が、かすかにしたような気がした。
はっとして振り返る。
その音は、聞き間違いではなかった。




