34話 理不尽
もう悪魔の魔導は感じなかった。
あの悪魔を駆除したのは、私一人の力じゃない。
イリアの魔導が私を導いてくれた。
魔導銃を撃つ直前、軍の干渉魔導師の複数の魔導陣が発動した。
たまたま、運が良かっただけ。
でも、撃たなければ、死んでた……
私の手から魔導銃が落ち、乾いた音を立てた。
イリアが拾ってマガジンを抜いた。
空だった。
あれが、最後の一発……
イリアは懐から魔導弾を取り出してマガジンに補充しようとしたが、少し考えて魔導弾をしまい、空のマガジンを魔導銃に戻した。
ぼんやりとイリアに寄りかかって、それを見ていた。
軍の誘導で避難した人々が、地上に戻っていく。
「イリア師……ヴェーラ師……助かったよ」
セレブロが汗をかきながら私たちの前に立った。
そのとき、初めて地下の室温が上昇していたことに気がついた。
「……はっ! イリア師。すぐどきます」
「なんだ、立てるのか? また抱っこしようか?」
イリアの声が残念そうな響きを帯びた。
「バウバウッ!!」
「……大丈夫です」
アイカが吠え、私はイリアの腕の中から這い出した。
「ヴェーラ師、気をつけろ。この男はな……」
セレブロがにやにやしながら言うのを、イリアが遮った。
「セレブロ師……被害は?」
なんとか立ち上がる。
ふらついた私をセレブロが支えた。
「おっと危ない。……資材棟は全壊だ」
「ヴェーラ、少し休め。……他はどうだ? 放送が途切れたのが気になる」
そのとき、見覚えのある魔導師が近づいてきた。
ソコル少佐……
「大きな魔導反応があった」
ソコルは首を傾げながらイリアに向かって問いかけた。
「さっきの爆発……爆裂魔導弾でも、撃ったのか?」
「少佐……ここは契約局ですぞ。そんな物騒なものあるわけないでしょう」
セレブロが首を振った。
そしてイリアがその先を引き取った。
「通常弾だ。ヴェーラ師が撃てば別物だ」
「……ヴェーラ師?」
ソコルはセレブロの影に隠れていた私に気がついた。
「……どうしてここに? 中佐殿の元にいるのではなかったのか?」
私は手短に契約局に来た理由を話した。
ソコルは考え込んだ。
「……なるほど」
その顔が険しくなる。
「何者かに狙撃された、という情報が入ったが、ヴェーラ師だったか……」
「ソコル少佐! 大隊長がお呼びです」
そのとき、別の魔導師がソコルを呼びに来た。
「分かった。すぐ行く」
そう言って、ソコルは私の方を向いた。
去り際、小声でささやいた。
「ヴェーラ師……軍にも色々ある。気をつけろ」
「……え?」
「あなたに何かあったら、ドミトリ殿にドヤされる」
ソコルは手を振って去っていく。
入れ違いに魔導ライフルを肩に吊った軍服の士官がこちらに向かって来た。
後ろに数人の下士官を連れている。
「グルルル……」
「ヴェーラ・クリューチナだな。参謀長がお呼びだ」
冷たい視線、表情のない顔、抑揚のない声で私に告げた。
魔導師ではない。
「ちょっと待ってくれ。なぜヴェーラがここにいる事を知っている?」
イリアが私の前に立った。
その声が鋭くなった。
「違法な魔導弾の取り扱いの可能性がある。事情を聴取する」
「どういうことだ?」
イリアがとぼけたように眉をひそめた。
「参謀長の命令だ。逆らうならば、強制的に連れていく」
軍服の士官が右手を挙げた。
「軍の横暴だ! ここは契約局だ! 軍の勝手にはさせない!」
「軍の命令に歯向かうか!?」
叫んだセレブロに、士官は一歩踏み出した。
「ま、待ってくれ。違法というならば、その魔導弾に私も関与している」
「バウバウッ!!」
イリアが叫んで私をかばうように身を低くした。
下士官が四人、私に向かって進み出す。
「ヴェーラを連行するなら、俺も連れて行け」
「貴様は?」
「ヴェーラのバディのイリア。契約局特別執行部のイリア・スミルノフだ」
「……よろしい。武装解除しろ」
イリアは私の魔導銃を懐から出し、ホルスターからリボルバーを抜いて差し出した。
「二人とも、連れて行け」
私の後ろに回った下士官が、ライフルの銃床で私の背中を小突いた。
「アイカも、……この軍用魔犬も連れていっていいですか?」
「グルルル……」
「私がいないと、きっと暴れます」
アイカは身を低くして唸っている。
「……軍用……魔犬?」
士官の声が緊張を帯びた。
「そうだ。アイカはヴェーラと従順契約を結んでいる。主人に何かあれば、アイカは魔導を使う。誰にも止められない」
イリアは両手を上げたまま冷笑を浮かべた。
「連れて行け」
私とイリアとアイカは軍の下士官に囲まれたまま地下を出た。
地上に出て、息を呑んだ。
資材棟は跡形もなく吹っ飛び、瓦礫が散乱していた。
そして、目の前に大きな黒々とした小山があった。
むせかえる血と臓物の臭いが焦げた資材と混じり合った。
黒い血が地面に染み込んでいる。
サイレンが鳴り響き、緊急車両が多数、停車している。
倒れた人々が、救急車両に担ぎ込まれている。
その周りを軍が取り囲んでいた。
その他の建物は、無事なようだった。
「酷い……」
「こっちだ、ついて来い」
「……はい」
ソコル少佐の言葉を思い出す。
——軍に気をつけろ? 色々あるって……何が?
ソコル少佐は、私が契約局にいることを知らなかった。
でも、参謀長は私を名指しで指名した。
なんで、知ってるの……?
ドミトリ事務所にいたころ、パーヴェルに言われたことを思い出した。
——軍が、私の魔導記録を調べている?
今朝の狙撃、魔熊の悪魔化……繋がってる?
やはり軍が、私を? ……なんで?
「この中に入れ」
契約局の入り口の広場に張られた天幕に、私たちは入れられた。
周りをライフル銃を下げた下士官で護衛されている。
奥にもう一つの入り口が見えた。
士官が声をかけると、中から「入りなさい」と丁寧な応答があった。
部屋に入ると大きなテーブルがあり数人の士官が椅子に座っていた。
「参謀長殿! ヴェーラ・クリューチナ、バディのイリア師を連行しました!」
「その犬は?」
「バウバウッ!!」
「はッ! ヴェーラ・クリューチナの軍用魔犬であります!」
参謀長と呼ばれた男は、上級士官の軍服と大佐の階級章を提げていた。
その上に輝く紋章は、伯爵家のものだった。
その傍にいる魔導師が嫌な視線を向けた。
「暴れたら、撃ち殺しなさい」
「はッ!」
丁寧な物言いとは裏腹に、その声は絶対的な権威を持っていた。
その視線が私を射抜き、体が硬直した。
「くうん……」
アイカもしっぽを垂らした。
息が詰まる。
誰もが物音一つ、衣擦れ一つ起こせなかった。
——貴族士官……? 魔導師ではない……
絶対的な権力を前にして、立っているのがやっとだった。
「私は、アレクセイ・オルロフ大佐」
アレクセイは立ち上がった。
白い手袋に鞭を持ち、白いマントを翻し私の前に立つ。
イリアと並ぶほどの長身。
その氷のような冷たい表情は、見るものの背筋を凍らせた。
「ヴェーラ・クリューチナ」
アレクセイは私を見下ろした。
「あなたは違法な魔導弾を用い、軍の干渉魔導師を危険な目に遭わせ、軍の作戦を妨害しました……」
まるで私を、人間として見ていないような目だった。
「干渉魔導師に被害が出ていれば、あなたは撃たれていたでしょう」
その声は冷え切っていた。
——その場で、射殺……?
なんで……どうして……?
それは、理不尽すぎる理屈だった。
でも、あのとき軍は間に合わなかった。
私たちが撃たなければ、全員死んでいた……
「よって、連行します」
「!!」




